第13話

 彼女が手にしていたもの。


 それは、猫缶だった。


「ウルカがいってた有用なものって、まさかそれのことかい……?」


 吉田が信じられないと言いたげな顔で呟いた。


「そうですわ」

「ウルカちゃん、それをどうするの?」

「どうするって、食べるのですわ」


 ぱきょっ、と小気味良い音を鳴らして缶詰の封を開けるウルカ。


 常に携帯しているのかフォークを取り出して食べ始める。


「この仄かな塩味。最高ですわ」

「ウルカちゃん、美味しい?」

「ええ。まひるもどうですの? たくさんありましてよ?」

「んーん、いらない。それよりウルカちゃん、今食べてる分は今日の報酬ポイントから引いておくからね?」

「この味を一秒でも速く味わえるのならかまいませんわ。冬弥は? あなたは食べませんの?」


 いつのまにか名前で呼ばれるようになっていたが、そういえば自分も名前で呼んでいたことを思い出し、冬弥は指摘するのをやめた。


「俺も猫缶は好きだけどいまはいらない。持って帰れるだけ持って帰ろう。あとドッグフードと金魚の餌も」

「ですわね! 話わかりますわねあなた!」

「本気かい? なにもこんなものを食べなくても学校には食料があるよ。畑もあるし、家畜もいるんだから」

「こっちはずいぶん平和なんだな。食べられるものならなんでも確保しておいた方がいい。餓死してからじゃ遅いんだ」


 吉田としては動物用の食料を食べるのは抵抗があるようだ。


 かなり甘い考えだと冬弥は思った。


「さすが岩窟墓群級で暮らしていただけのことはありますわね。見直しましたわ!」


 テンション低めの吉田と対照的にウルカは鼻息を荒くしていた。


 どうも湖蝶院家には気に入られやすいらしい。


「吉田くん、いいんじゃないかな? もしも余るようならそれこそ家畜の餌にしちゃえばいいんだし」

「それはそうかもしれないけど……って、草薙。なんだいの茶色い土みたいなの?」

「土だよ? はい、冬弥くん。これも回収しよ」  


 まひるはあっけらかんと言い返す。

 

 その上、一袋十キロの肥料を二つも冬弥に渡した。


「これは、なにに使うんだ?」

「学校でお世話してる畑の肥料に使うんだよ」

「まぁ、食料に繋がるものならなんでもいいか……」


 冬弥は納得してバッグに詰め込んだ。


 缶詰と肥料で一気に重量が増したが、まだ問題があるというほどではない。


「やれやれ、二人とももっと高ポイントの物資にすればいいのに。これじゃ単に自分の欲しいものを持って帰るだけじゃないか……」


 吉田はぶつくさ文句を言っていたが、ペット用品売り場の奥にある家財売り場に通りかかったとき「あ、この座椅子いいな」といって冬弥に渡してきた。


「これは個人的に欲しいものじゃないのか?」

「これは僕以外にも欲しがる人がたくさんいるからいいんだよ」

「でも自分で買うんだよね? 吉田くん」

「まぁね」

「持ちにくさも重量もダントツですわよ、これ」

「……最近、読書用に使っていた座椅子がへたれてきてて……だから……」


 責められていると思ったのか、吉田の声が尻すぼみに小さくなっていく。


 服の裾を握りしめ、目にはうるうると涙が溜まってきた。


 怯えた小動物のような姿に、冬弥は胸がきゅっとした。


「お、オッケーオッケー。これくらい余裕余裕」

「ほんと?」

「任せとけ」


 冬弥は座椅子を体に縛りつけ、親指を突き上げる。


「……ありがと」


 本当は少し無理をしていたが、吉田からその言葉が聞けただけでも十分な価値があると思い、満足したのだった。


 それぞれ必要なものを選び、いよいよスタッフルームを目指す。


 棚を通り抜けて北側の壁が見えてきたところで先頭を歩いていたウルカが全員に止まるようハンドサインをだした。


 まひるもウルカの肩に手を置いて、棚の向こうに伸びている通路の様子を伺っている。


 その後ろにいる吉田が、無防備な二人の背中に無言のままサブマシンガンの銃口を向けた。


「………………え?」


 冬弥が呆気に取られていると、吉田は引き金を引いた。

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