第11話
パーティーメンバーがそろったので、冬弥はみんなをつれて校長室に向かった。
「それで、どういう割り振りなんだ?」
デスクの向こう側で、薔薇泉は紫煙を吐き出しながら問いかけてきた。
「ウルカがブレイバー。まひると吉田がサポーターです」
「ストレージはどうした?」
「俺がやります」
冬弥ははっきりと答えた。
けれどその答えが気に入らなかったのか、薔薇泉は半眼になって睨みつけてくる。
「どうやらわたしの意図が正しく伝わらなかったようだな。わたしはお前にリーダーをやらせようとしているんだ。わかるか?」
「わかってます」
「なら、なぜお前はストレージをやろうとしてる? もしこれがわたしへの挑発行為だというのなら、わたしはわたしの考えうるあらゆる暴力をもってお前を矯正せねばならんのだが?」
「俺は、ストレージでリーダーなんです」
冬弥が答えると、薔薇泉は少しだけ口角を吊り上げて「ほう」と呟いた。
「その心は?」
「ストレージは一番軽装で大量の荷物を持てる人が向いてます。このメンバーじゃなかったとしても、一番身軽で体力のある俺がストレージをやるのは妥当だと思います」
「ふむ……強者ゆえの不遇職、か。わたしは、強者は強者にふさわしい役目を担うべきだと思う。いっそ他の面子は全員ストレージで、お前だけが戦うのもいいと思うぞ?」
「それだと学べないと思ったんです」
「学びとは?」
「リーダーとしてみんなの長所を活かす采配を、です。それに、ストレージがリーダーをできないなんて掟はない。むしろ前例のないことをするのは、体験主義的だと思いませんか?」
冬弥はにやりと笑った。
「ふっ、まさかこんな駆け引きができるとはな。ただの野生児かと侮っていたが、これは予想外だったな」
薔薇泉は煙草を灰皿に押しつける。
「よかろう。このパーティーで特別盗墓に臨むことを許可する」
「ありがとうございます!」
冬弥たちは校長室を出た。
廊下に出るや否や、冬弥はしゃがみこんで息を吐いた。
「き、緊張した……」
「がんばったね! 冬弥くん!」
まひるが両手を握りしめて笑った。
純粋に労ってくれている明るい女の子、といった雰囲気だが、彼女のテンションが高いとき、それすなわち彼女の思い通りの展開になったときだ。
「あー、いや、まひるの台本のおかげだよ」
校長室を訪れる前、まひるはストレージがリーダーを兼任する事に対して薔薇泉が難色を示すであろうことを予測していた。
それこそまさに、さきほど薔薇泉がいったように「冬弥以外が全員ストレージ」という話になると考えたのだ。
冬弥はまひるの予想に半信半疑だったが、ウルカも吉田も恐らく却下されるといった。なぜなら薔薇泉は意地悪だからだ。日の浅い冬弥は知らなかったが、薔薇泉の性根の悪さはローカスト・ガーデンの常識らしい。
その対策として、四人はまひる主導のもと薔薇泉を説得させる台本を作ったのだ。
「借り、つくっちまったな」
「借り、つくっちゃったねぇ」
まひるはにこにこと無邪気に笑っているものの、ウルカも吉田もそんな彼女にじっとりした視線を送っていた。
「まひる。あまり無茶なことをいっては駄目ですわよ?」
「そうだよ草薙。君はうまいこと男子を騙せているけど、それだってなにがきっかけで瓦解するかわからないんだから」
「二人ともわたしを心配してくれるの!? ありがとう! ウルカちゃん! 吉田くん!」
まひるは手を組み合わせて感謝した。明らかに嘘のような気もするし、嘘と見せかけた本当のような気もする。
ウルカも吉田もそんな彼女を見てため息をついていた。
「そういや、なんでまひるは吉田のことくんづけで呼ぶんだ?」
「なるべく他の男子に女の子だって気づかれないようにするためだよ」
「………………そっか……」
自身の権力を分散させないためだと遠回しに言われている気がして、冬弥は背筋がぞわりとした。
吉田ほどの美少女が女子だとバレないのは、きっとまひるが他の女子を牽制しているからなのだろう。
「この子はこういう女なのですわ。まったく、どうなっても知りませんわよ」
「別に男と思われることに抵抗はないけど、そんな僕でも草薙に大きな借りを作るのは避けたいね」
「気にするなよ二人とも。まひるに助けられたのは本当なんだし、ちょっとくらい無茶な要求をされても俺は大丈夫だよ」
「むむむ、別にあなたを心配しているわけではありませんわ!」
「僕もシャンプーの伝手がなくなるのが嫌なだけだし」
「冷たいな、おい」
「大丈夫だよ冬弥くん。この借りはここぞというときまで大事に大事に取っておくからね」
まひるは冬弥の前にしゃがんで彼の手を取り、まっすぐ目を見て微笑んだ。
その穏やかな表情も、優しい声色も、なにもかもが怪しい。
きっとまひるはしめしめとおもっているんだろうなぁ、と冬弥は思い、ふと閃いた。
「いや、そんなに大事にしなくていいよ」
「えー? どうして?」
まひるはこてん、と頭を倒した。
「だってそうだろ。特別盗墓はまひるにとってもプラスなんだ。まひるの台本に助けられたのは本当だけど、俺がいなきゃそもそも特別盗墓に行くこと自体成立しなかったんだしさ」
そう、冬弥もまひるもどちらかが欠けても特別盗墓に挑戦することはできなかった。だから二人の立場はフェア。冬弥はわざと遠回しに伝えてみた。
するとまひるはうっすらと目を開き、口角を釣り上げた。
「ふーん……やるね、冬弥くん。わたし、冬弥くんとはいい関係が築けそうだよ」
それはこれまで見せてきた無邪気な笑顔とは明らかに違う、怪しさ満点の笑顔。でもこれが彼女の本当の笑顔のような気がした。
「どーも」
冬弥の胸にほんのりと熱いものがこみあげてくる。
長年一緒にいたアスダリアはエーアイということもあり、会話に駆け引きなんてものはなかった。
ウルカも吉田も思ったことをはっきりいうタイプなので、自然体で話すことができる。
けれど、まひるは違う。
彼女との会話は、気を抜けば背後をとられるような緊張感がある。
それは煩わしさであると同時に、ずっと一人で生きてきた冬弥にとって刺激的な会話であることもまた事実。なにより彼女から無茶な要求をされたのはウルカとの決闘だけで、むしろ学校のルールを教えてもらったりと世話になっている方が多い。
どちらかといばまひるは、頼りになる存在だ。
(いまのところは、だけどな)
気を抜くつもりはない。互いの利点を活かしあう距離感を保てば大丈夫。
冬弥は気を取り直して立ち上がった。
「よし、これで準備は整った。行こうか、特別盗墓!」
冬弥の言葉に、三人はそろって頷いたのだった。
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