第10話

「ええと、吉田にはストレージを……」

「僕がストレージ!? はっ、悪いけどこの話はなかったことにさせてもらうよ」

「な、なんで?」

「見てわかるだろ。僕はか弱いんだ。重い荷物をえっちらおっちら運ぶストレージなんてごめんだね。もちろん、一番汗をかくブレイバーもいやだ」

「そこをなんとか」

「いやだ。僕はサポーター専門だ。それ以外はやらない」


 ぷい、っとそっぽを向く吉田。


 冬弥がどうしたもんかと唸っていると、後ろからウルカがやってきた。


「どうかしましたの?」

「あ、ウルカ。昨日は悪かった」

「き、昨日の話はやめてくださいまし! それより、質問に答えてくださらないかしら?」


 仄かに頬を種に染めて、ウルカは肩にかかった髪を払った。


 払うためにわざと肩に乗せているのだろうか、と冬弥は疑問に感じたが、野暮なこと聞けばまたビンタされると思って口をつぐむ。


「実は特別盗墓のパーティーが集まらなくて困ってるんだ」

「まぁ、それでしたらわたくしが入ってあげてもよろしくてよ? 無論、ブレイバーで」

「だよなぁ」


 冬弥はうすうす気づいていた。


 パーティー編成の時もっとも確保に手こずるのがストレージなのではないか、と。


 冷静に考えればそれも当然だ。


 先頭に立ちみんなを牽引するブレイバーは、なんといってもその派手さが魅力だ。


 大きな武器を振り回して戦う姿は、まるでモンスターパニック物の主人公にでもなったかのようで憧れる者は多い。


 次いでサポーターだが、デバイスを駆使した立ち回りはさながら軍師。知的でクールな司令塔的ポジションにつきたがる者も少なくはない。


 それに遠距離から一方的に攻撃できる銃火器をメインウェポンにする点も、直接戦闘が苦手な人からすれば魅力的だろう。


 そうして、最後に残るのがストレージ。


 ブレイバーやサポーターが活躍する中、せっせと物資を回収する地味な役目。武器はナイフや拳銃といったまさに護身用で派手さも利点もない、ただ貧弱なだけの装備だ。


 オマケにパーティーの荷物を一手に引き受けるという性質上、かなり体力が必要になる。


 地味でしんどくて危険。

 

 ストレージとはそんな役目なのだ。


「うーん、どうすっかな」

「あの性ワル女に頼めばよろしいのではなくて?」

「確かにまひるなら引き受けてくれそうだけど、そのあとどんな要求をされるかわからないから怖い」


 特別盗墓に誘うまでなら、彼女にもボーナスポイントが入るというメリットがあるのでそこまで酷い要求はされないだろう。というか無茶ぶりを断る口実にできる。


 けれど、そこが境目だと冬弥は思っていた。


 それ以上の頼みごとをするのは分が悪い。まひるを過度に頼るのは、はっきりいって悪魔と取引するようなものだ。


 冬弥の脳裏に、角と尻尾を生やしたまひるが思い浮かんだ。


「まぁ、それは正解だね。実際、僕も君と二人きりになりたいって頼まれたとき、面白い提案だと思った以前にシャンプーをもらった借りがあったからだし」

「シャンプー? 吉田はシャンプーを使うのか?」

「そうだけど、なにか文句でもあるのかい?」

「いや、水がもったいないなと思って」


 滅亡世界において水は貴重品だ。体を流した水でも煮沸消毒すれば発電機の冷却水や食器を洗う水にできる。


 ところがシャンプーの泡が混ざったら再利用は難しい。


 冬弥にとっては新鮮な水を一発で廃棄する非効率的な行為だと思えた。


「僕は君や湖蝶院と違ってきれい好きなだけだ」

「同じ湖蝶院でもわたくしは毎日湯舟浸かるくらいきれい好きでしてよ」

「ウルカはそうだろうけど、胡蝶院……タケルは、一週間に一度しか水浴びしないからね」

「俺でも毎日水浴びするのに……。まぁ、洗剤は使わないけど」


 それでも浴びないよりはマシだよな、と冬弥は自問する。


「って、それよりストレージをどうするか考えないと」

「いっそ君がやればいいじゃないか。もともとナイフ使いなんだろ? いいじゃないか、荷物持ちのリーダー。実に滑稽で」


 吉田は小馬鹿にするように笑った。


 けれどその言葉は、冬弥にとってまさに天啓だった。


「それだ!」


 冬弥は吉田の薄い肩を掴んで叫んだ。


「な、なんだい急に?」

「それだよ吉田! 俺が荷物持ちをやればいいんだ!」

「はぁ? でも君はリーダーをやるんだろ? 馬鹿なのかい?」

「いいんだよこれで! 助かった!」 

「わ、わぁ!」


 冬弥は吉田の体を引き寄せて抱きしめた。


 折れてしまいそうなほど華奢な体。


 なのに意外と肉付きがよく、痩せて筋張っていると思っていただけに冬弥は驚いた。


 さらに髪から放たれるシャンプーの香りが、鼻腔を通って脳を痺れさせる。


「お前……いい匂いするな」

「は、離せ馬鹿ぁ!」


 吉田は冬弥を両手でつき飛ばす。


 冬弥は尻もちをついて、打ち付けた腰をさすりながら「それにちょうどいい抱き心地だったぞ」と付け足した。


「なっ!」

「思ったより肉付きがいいんだな。健康的でいいと思うぞ」

「お、お前ぇぇ~~~~!」


 吉田は顔をゆでダコのように真っ赤にして、平手を振り上げた。


「へっ……? ぶへっ!」


 昨日の屋上と同じ音が、教室に木霊した。


「まったく、あなたはどうしてそうセクハラばかりするんですの?」


 左頬に紅葉を作って床に倒れる冬弥。


 そんな彼の顔を覗き込みながら、ウルカが呆れた様子でいった。


「せ、セクハラって……?」

「吉田は女子ですのよ」

「女子!?」


 勢いよく起き上がって吉田を見上げる冬弥。


 吉田は照れくさそうに前髪をいじりつつ、そっぽを向いた。


「ええと、吉田は、下の名前はなんていうんだ?」

あおいだ。吉田葵」

「なんで男子の制服を着てるんだ?」

「こんな世界で服装に男子も女子もないだろう。いや、世界が滅亡する前からか」

「それはそうかもしれないけど……。いやでも、やっぱり理由を教えてくれよ。こんな悲しい事件を繰り返さないためにもさ」


 冬弥は真剣な顔で尋ねた。


 それでも、彼の両頬にはなさけない跡が残っている。


 吉田は逡巡して、やがてぽつりと呟いた。

 

「…………スカートは、苦手なんだ……かわいいから……」

「吉田は恥ずかしがり屋さんなのですわ!」

「んだよそれぇ……」


 すっかり脱力した冬弥は、床の上で大の字に倒れたのだった。

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