第6話

 冬弥は左手首に嵌めたデバイスを摩りつつ、次に医務室へと向かった。


「こんにちはー」

「あ、冬弥くん!」

「お、冬弥! よく来たな!」


 そこにはまひると湖蝶院がおり、二人の前にはデスクの書類にペンを走らせる白衣の男がいた。


 タイラント・ベアに襲われたとき、湖蝶院は腕を擦りむいたのだ。


 学校に帰ってきてからそれに気づいたまひるが彼を医務室に連れて行くのを冬弥は見ていた。


「冬弥くん、技術開発部にはいけた?」

「おかげさまで。……なあ、草薙さんはどうしてそんなに気にかけてくれるんだ?」

「ぶぁーか、草薙はクラスメイト全員を気にかけてんだよ。勘違いすんなって」


 湖蝶院はなぜかまひるに向かってウィンクした。


 まひるもにこにこ微笑んでいる。


「なおさらなんで?」


 二人の謎のやり取りが気になったが、冬弥は一番大きな疑問を尋ねた。


「わたし学級委員なんだー」


 まひるは照れくさそうにいった。


「学級委員っていうと、クラスの最高権力者のことだよね?」

「うーん、間違ってないけどニュアンス的には大間違いかも。学級委員っていうのはそんなすごいものじゃなくて、単なるまとめ役だよ」

「そうなんだ……」


 アスダリアから聞いていた話と違い、冬弥は戸惑った。


「そうはいっても、草薙さんはよく働いているよ。僕のところに来る生徒はほとんど君が連れてくるようなものだからね」


 白衣を着た男がいった。


「あの、あなたは?」

「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね。僕は笠原上之助。この学校の医者さ」

「保険室の先生ってことですか?」


 冬弥が問いかけると、笠原は首を左右にふった。


「いや、僕は本物の医者であって教員ではないんだ。だから当然、教員免許ももっていない。ま、こんな世界で免許うんぬんなんかどうでもいいことだけどね」


 笠原は白い歯を見せて笑う。


 爽やかな人だな、と冬弥は思った。


「時々現場にも出る盗墓屋でもあるんだよな、笠原センセは」

「薬や医療器具は自分で探した方が効率いいからね」

「でも俺、センセが戦ってるとこみたことねーなー」

「ははは、ずいぶん痛いところを突くじゃないか。でもね湖蝶院。君よりは強い自信があるよ」


 笠原がにこりと微笑んで栗色の前髪をかき上げると、湖蝶院は、ひゅーう、と口笛を吹いた。


「いまにみてろ! 俺だって盗墓しまくってすぐに強くなるからな! よっしゃ燃えてきた!」


 湖蝶院は足早に保健室から出ていった。


「ちょっと湖蝶院くん!? どこいくの!?」

「特訓だよ特訓! じゃあな二人とも! よろしくやれよー!」

「よろしく……?」

「まったくもう湖蝶院くんってば! ……あ、そうだ冬弥くん!」

「なに?」

「まだこの学校のことあんまり知らないでしょ? 技術開発部は口頭になっちゃったけど、いまから校内を案内してあげる!」

「え? いや、別に……」

「案内してあげる!」


 糸目で微笑んだままなのに、なぜか妙な圧力を感じて冬弥は頷いた。


「草薙さんは働き者だからね。がんばれ新入生ルーキー


 笠原が笑って見送る中、冬弥はまひるに手を引かれて保健室を後にした。


「今日はありがとね」


 歩くたびに軋む廊下を進みながら、まひるはぽつりと呟いた。


「それって、スライムを倒したこと? それともタイラント・ベア?」

「どっちもだよ」

「気にしなくていいよ。俺も美味しい思いができたし。むしろ草薙さんにはお世話になりっぱなしだから、少しでも恩返しできたなら嬉しい」


 五年もまともなコミュニケーションをとってこなかった冬弥にとって、積極的に話しかけてくれるまひるの存在はとてもありがたかった。


 彼女がいなければそもそも今日の盗墓にだって行けなかったかもしれないと思うと、彼女には感謝してもしきれないくらいだ。


「そう言ってもらえるとわたしも嬉しいな。あとね、わたしのことはまひるでいいよ」

「名字で呼ばれるの、嫌いだったりする?」

「そうじゃないよ。でもさ、草薙ってなんだかお堅い感じでしょ? でもってまひるはちょっぴりのんびり屋さんなイメージでしょ? どっちもわたしらしいけど、冬弥くんとは緩い感じでいたいから名前で呼んで欲しいなってこと」

「じゃあそうするよ。まひる」

「うん! はい、握手!」

 

 まひるは左手を差し出してくる。


(あれ、握手って右手でするものじゃなかったっけ? アスダリアがそんなこといってたような……ああ、そういえばまひるは左利きだっけ……?)


 まひるが差し出した手を握り返すと、彼女の視線は冬弥の左手首に注がれた。


「あれ、冬弥くんもうデバイスもらったんだ?」

「ああ、さっき女鹿島からもらったんだ」

「ほうほう、銀色でかっこいいね。そうだ冬弥くん! いまから購買にいこっか!」

「購買? でも俺、お金なんて……」


 たくさん世話になっておいて、まさか奢ってもらうわけにもいかない。


 冬弥が不安げに呟くと、まひるは両手を振って「違うよ違うよ」といった。


「盗墓で回収した物資って、学校に納品するでしょ? 持ち帰った物資によってパーティー全員にポイントが加算されるの。そのポイントで物資を買うんだよ」

「ああ、そういうこと。ん? でもどうしてわざわざ一回納品するんだ?」

「んーとね、例えば食料をいっぱい見つけた人と部品をいっぱい見つけた人がいるとするでしょ?」


 まひるは両手の人差し指を立てる。


「うん」

「片方は食物を余らせちゃうし、もう片方はお腹が空いちゃう。そういう偏りをなくすために、回収したものは一度納品して、必要な物を必要な分だけ手に入れられるようにこの制度ができたんだよ」


 まひるは、びしり、と左右の指を向けてきた。


「なるほど」

「よく食べ物を現地でそのまま食べちゃう人がいるけど、一度は納品しなきゃダメだからね。じゃないと盗墓先の取り合いになっちゃうし」

「わかった」


 乏しい物資を可能な限り必要な人のもとに届くように考案されたシステムのようだ。


 世界が滅亡しても社会はまだ残っている。冬弥は、なんとも奇妙な感じがした。


「ちなみにポイントはクラスの成績にもかかわってくるからね。あんまり無駄遣いはしちゃ駄目なんだよ」

「成績?」

「そ。三カ月に一度、クラスメイト全員の保有ポイントを合算するの。クラス単位で一定ポイント以上溜まれば、わたしたちは晴れてプロの盗墓屋として認められるってわけ」 

「そうなんだ」

「あんまり興味なさそうだね?」

「うん、まぁ。正直……」

「プロの盗墓屋になると、例えば人から物資回収を依頼されたりするんだよ。それで報酬をもらったり、依頼の特典としてボーナスポイントをもらうこともできるの。さっきもいったけどポイントがあれば学校で自由に買い物ができるから、ちょっと魅力的じゃない?」

「うーん」


 冬弥としては、ここに来たのはアスダリアを直すためだし、プロとアマチュアの違いもよくわからない。


 生きるためなら勝手に盗墓して自分に必要なものだけを回収してくればいいとさえ思う。


「いまはピンとこないかもだけど、そのうちこのシステムにも馴れるよ」

「そっか」

「それじゃあ気を取り直して購買にいこっか」

「あなたたち! ちょっとお待ちなさい!」

 

 後ろから声をかけられ、振り返る。


 そこには金髪縦ロールの女子生徒が腕を組んで立っていた。


 一見するとお嬢様風。身長は女子の平均よりもやや低め。ライトブラウンの瞳はつり目がちで気が強そう。首には赤いチョーカーを巻いている。


 髪の色や小柄な体形と相まって、冬弥の脳裏に威嚇する茶虎の猫が想起された。


 その容姿から察するに、とても荒事なんかできそうにない。なんならこの滅亡した世界にいること自体が稀有な存在。


 けれど彼女は確かにこの世界の住人なのだと冬弥は思った。


 なぜなら彼女の腰に巻かれたベルトには、血まみれの釘バットがぶら下がっていたからだ。

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