強襲の刃

 ベアリの目元は鋭利な刃の切っ先となって、セバスに視線を突き付ける。

 悟りの研磨で磨き上げられた彼女の慧眼けいがんに、疑念の光と淡い期待が宿った。

「あなたはマファルダの計画も、私の具体的な作戦も聞かずに協力を約束したわ。それだけ、腕に自信があるということかしら」

 セバスはごもっともな指摘だと感心する。

 彼が二つ返事で約束した理由は、とても単純なこと。

 ベアリのことを信じたいという気持ちが疑念に勝ったからだ。

 セバスは返答代わりにテーブルを指差す。

「……あそこの、赤い果実を見てて下さい」

 彼の言う赤い果実は、積み上げられた果物の一番上にある。

 テーブルは大勢の人々に囲まれていて、セバスから十五メートルほど離れた位置にある。

 ベアリは首を傾げた。

「…………どうするつもり?」

 セバスは何も答えない。

 彼は右袖に忍ばせたナイフを指先で挟み、その手でフードを被り直そうと手を上げ――ナイフを投擲した。

 音もなく、予備動作もなく放たれたナイフは行き交う人々の隙間を縫って赤い果実に突き刺さる。

 果実がもう少し柔らかいものであったなら、果肉を貫いてさらに飛んでいってもおかしくないほどの威力だった。

 赤い果実はその衝撃で転がり落ちていく。

 突然の芸当に驚いたベアリは、口を小さく開けて唖然とした。

「今のは、一体……? ナイフはいつの間に?」

「皆さんのお手伝いをしている時に拾ったんですが、戻し忘れていてね」

「……盗んだの間違いではないのね」

 セバスは口角を覗かせ、笑みを浮かべる。否定はしない。

「腕に覚えはありますよ、ベアリさん。私は、貴女の証言を信じます。裏取りも自ら行いましょう。館の内部構造から敷地内の見取り図、地下通路への潜入ルート、トロールの行動パターン……貴女が知っていることを全て共有してください。一晩で叩き込みます。明日から動きましょう」

 ベアリはしばし呆気に取られ、鋭い目元を鞘に収めた。

 彼女の口から笑みが溢れる。

「ふふふっ」

 先刻と打って変わって、長いまつ毛は緩やかな曲線を描いた。

「ごめんなさい。悪気はないの。なんだかおかしくって」

 ベアリはそう言う傍ら、セバスのことを可愛らしいとすら思う。

 セバスは正体を隠し、出自を偽り、容易に潜伏できるほど隠密に長けている。それでも彼は、危険を承知の上でベアリに協力を約束し素顔を明かした。命の恩人に海を見せたいという、純粋無垢な動機で。

「充分よ。頼もしい味方が出来て心強いわ」

「それはどうも」

「でも、あなたが思うほど、私の頼みごとは多くない。単純なことよ」

「詳しく聞かせて下さい」

「ランタスタに、私の味方が潜伏しているの。ランタスタまで逃げ延びて、救援を呼んで欲しい」

「本当にそれだけで……?」

「ええ。私はレナードにマークされていて、下手にここを離れられないの。貴方は来たばかりで、まだ注目されていないはず。ルートを守れば、トロールの追跡も大丈夫よ」

「なるほど……レナードはマファルダの共謀者だからトロールに襲われない。自分も被害者を装って、迷い込んだものを館に誘う。それが本来の役割といったところですかね」

「私も同じ見解を持ってる。森を抜け出す方法も、彼から教わったものだから」

「え……」

「少し変わった方法で後を着けたのよ。それじゃ、私は地図を用意してくるわ。宴の後で合流しましょう。余計なお世話かも知れないけれど、うまくやり過ごしてね。あと……シヴィによろしく」

「分かりました」

 セバスと別れたベアリは、準備の最中にできたゴミを片付ける体で廊下に出る。

 しかし、歩みを進める先はゴミを燃やす焼却炉とは反対方向の自室の方角。

 彼女の足取りは些か軽やかだ。ようやく垣間見えた希望の光を前に、共に生活してきたネファル族の幸せを願う。

「お〜い。焼却炉はこっちだぞ。反対だ」

 まるで後ろ髪を掴むような声。

 振り向くと、残忍な笑みを浮かべたレナードが、ベアリの背後に立っていた。

 気配はおろか、足音すらしなかった。

 ベアリは警戒を強め、平静を装う。

「レナード……久しぶりね。親切にありがとう。あなたが運んでくれると、もっと助かるんだけど」

「ああ、構わないぜ。だが……まだ回収し損ねたゴミが残っててな」

 二人の間に剣呑な空気が満ちる。

「あなた、いつも森の見回りで忙しいでしょ? いいの、戻って来て」

「今日は大事な宴の日なんだろ。そりゃあ俺も参加しないとな」

「その通りね……それじゃ、私は行くわ」

 ベアリが歩き出そうとしたそのとき、レナードは左手を持ち上げ、後頭部を掻いた。

 刹那、何かが空を切り、ベアリの太ももに激痛が走った。

 刃渡りの長いダガーが、ベアリの太ももに突き刺さっている。

「…………!」

「いいねぇ、ベアリ。お前のそういう顔が見たかった……」

 ダガーはレナードが投擲したものだ。

 さりげない動作に紛れて攻撃を行う暗殺術――セバスが見せた芸当と同じである。

「聖女様のご命令だ。お望み通り、俺がゴミを運んでやる」

 レナードは口角を釣り上げ、歯茎を露わにしながら笑う。

 ベアリは突き刺さったダガーよりも遥かに鋭利な視線で彼を睨み、後退った。

「律儀なのね。でも、運ばれるのはあなたの方よ」

「フフフハハハハ。最高だ……強気な女をいたぶるってのは」

 レナードは両手を広げ、確かな殺意を込めた足取りでベアリに迫る。

「安心しろよ。殺しはしない。〝偉大なる母〟は、踊り食いをご所望だ……」

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