炎星の魔女

 炎の砲弾が、炸裂する。

 刹那、氷で作られた巨大な手が瓦礫の下から起き上がり、炎の砲弾を握り潰した。

 巨大な手は爆発四散し、飛び散った破片や大量の水が瞬く間に蒸発する。

 四方八方から生み出された水蒸気が退魔部隊の射線を覆い尽くした。

 水蒸気は風に流され退魔部隊に押し寄せる。

 サンドラは驚愕する。攻撃が完全に相殺された上に、利用されたのだ。彼女は目を見開いて後方に飛び退いた。

 セオドールは口元を抑え、眉間に深いシワを作る。

「水蒸気の煙幕……」

 サンドラは常に応戦できるよう右手を突き出し、前方から視線を逸らすことなく、セオドールに判断を仰ぐ。

「あたしの攻撃が利用されたぞ。想定より使いこなしている。どうする?」

「情報の更新が必要だな……全隊、下がれ! 遂に討伐対象が攻勢に転じた! 私とサンドラから離れるな!」

 退魔部隊は銃を構えながら後退する。

 間髪入れず、水蒸気の煙幕の中に、そびえ立つ人影が無数に出現した。

 それらは大股で軍隊に接近し、煙幕をかき分けて正体を露わにする。片腕を盾に変えたアイスゴーレムである。

「撃て!」

 セオドールの掛け声に応じ、退魔部隊は一斉に発砲した。

 発射された銃弾はアイスゴーレムに命中し、氷の体に傷を付ける。

 しかし、アイスゴーレムは歩みを止めない。たとえ態勢を崩したとしても、別のアイスゴーレムと一体化し、再び立ち上がって退魔部隊に接近する。

 セオドールは弾の無駄だと判断した。

「撃ち方、止め! サンドラも手を出すな!」

 しかし、シェフは中々銃を下ろそうとしない。

「た、隊長! まさか、接近戦で迎え撃つつもりですか!」

「まずは銃口を下げなさい。私に向けてどうする」

「す、すいませんでした!」

「シェフ。落ち着いてよく観察することだ。巨人の目的は我々への攻撃ではない」

 セオドールの言う通り、アイスゴーレムたちは退魔部隊を囲って動きを止める。

 隊員の一人が隙間を通り抜けようとすると、アイスゴーレムは盾の腕でその隊員を弾き返した。

 セオドールは納得しながらオールバックヘアーを撫で付ける。

「やはり足止めと消耗が狙いか……お次は氷の城壁でも建てるつもりかね。くそ、こいつは骨が折れる」

 セオドールは眉間を摘んで策を巡らす。

 部隊全体が剣呑な空気に包まれる中、サンドラは腕を組んでアイスゴーレムを見上げた。

「……あたしに同じことはできない」

 彼女の呟きは誰に聞かれることもなく、まるでろうそくの灯火のように、冷たい風に吹かれて消える。

「ときにサンドラ」

 セオドールは片眼鏡をかけ直しながら、サンドラのそばに近付いた。彼は他の部下に会話を聞かれたくないとき、こうして顔を近付ける癖がある。

「君が面倒を見ていた諜報員の……モーガンのことだが、彼は本当に死んでいたのかね?」

「何をいまさら……」

「言うまでもないが、事前の情報では暴走状態だったはずの敵が、明らかに理性的な戦略を組み立ててきている」

「……それで?」

「私は入れ知恵をした者がいると考えている。我々が攻め入るより前に、ここに近付いた人間はモーガンしかいない」

「……そうだな」

「彼は勤勉で優秀な若者だったと聞く。嘆かわしいことに、将来有望でありながら忌まわしい因習の餌食となってしまった。さぞかし帝国を憎んでいることだろう」

「……くどいな。何が言いたい」

「君は演技派ではない。勘付いているのだろう。氷の魔女とモーガンは、今、協力関係にあると」

「…………」

「モーガンならば、君が大規模攻撃を連発できないことを知っている。そう仮定した方が筋が通る。たった今、君が回復中であることも筒抜けというわけだ」

「もういい……あたしに何をしてほしいか言え!」

「助けてくれ」

「は?」

「正直、想定外が続いて君の燃費の計算を誤った。一緒に作戦を考えて欲しい。なに、分かりやすい情報共有のつもりだったが」

 サンドラは俯いてため息をついた。

「氷の巨人を退かすのは訳ない……問題は敵の所在だろ」

 そう言ってサンドラは右手を振り上げ、指を打ち鳴らす。

 セオドールは行動の意図が掴めず、顎に手を添えて答えを待った。

「モーガンは死んでいた。あたしの報告は間違っていない。だがシラハヤモリが死んだとは言っていない」

 シラハヤモリはサンドラと契約した『魔』だ。極寒の環境下では活動を停止してしまうものの、死に至ることはない。

 サンドラの力と炎を受けたシラハヤモリは目を覚まし、彼女の意志に従って動きだす。

 セオドールは感心してうなずいた。

「なるほど、なるほど。お手柄だサンドラ。これならば幾らでも手を打てる」

 


 シラハヤモリは瓦礫と瓦礫の隙間を縫って、姿を見せない敵を――かつて旅を共にした相棒を探す。

 シラハヤモリは倒壊を免れた家の壁を這い上がり、屋根の上から街を見下ろした。

 シラハヤモリとサンドラの視界に、氷で作られた線路が映る。それはあちこちに向かって伸びていた。

 モーガンとシヴィは、街の東に向かって線路の上を滑走している。

 車イスの車輪は氷を使って整形され、線路は蒸気機関車のものと同様の構造をしている。

 モーガンの脚力を動力とし、シヴィの車イスは線路上を高速移動していく。

 モーガンの左足は靴底に付けられた氷で車イスに固定されていて、右足で速度を調整できるようになっている。

 モーガンが旅の話の合間に考えていた作戦がこれだ。

「ぷ……」

 サンドラは予想だにしない逃走手段の滑稽さに、込み上げてくる笑いを堪え切れなかった。

「どうしたサンドラ。君が笑うところを見たのは半年ぶりだ」

「……西だ」

「なに」

「西に向かって進んでいる。急いだほうがいい」

 サンドラは敢えてモーガンらと反対の方角を告げた。

 間髪入れず、セオドールは普段通りの威厳を発する。

「全隊に告ぐ! 討伐対象は西に向かって逃亡中だ! 幸いにも、こうしている間に蒸気は晴れた!追撃するぞ!」

「オオーーー!」

 次に、セオドールはサンドラに合図を送った。

「やれ、サンドラ!」

 セオドールの合図に合わせてサンドラは右手を握りしめる。

 彼女の手の中に、砂粒のような火球が無数に生まれた。それアイスゴーレムに向かって投げつける。

 アイスゴーレムたちは小さな爆発の連続によって粉微塵と化す。蒸発はある程度抑えられ、一体化もままならない。

 退魔部隊は雄叫びを上げ、セオドールの指揮に従って進軍を始めた。

 しかし、サンドラはなかなか歩き出さない。

 セオドールは足を止め、サンドラの方へ振り返る。

「サンドラよ。これは褒美ではないが、帝国に戻り次第、君の待遇改善を上に打診すると約束しよう」

「……それはありがたい」

「今はまだ任務中だ。ゆくぞ。君が居なくては暖が取れないものでな。私も隊員も凍り付いてしまう」

「……そうだな」

 サンドラは街の東を――モーガンの背中を見つめた。

 彼女は白い息に隠して、消え入りそう声を吐く。

「……すまなかった、モーガン」

 サンドラはモーガンのことを良く知っている。長く険しい旅を通じて、彼のひたむきさや優しさを、誰よりも間近で見てきたからだ。

 サンドラは内に秘めた想いを灰に変え、かつての相棒にきびすを向ける。

「さよなら」

 零れ落ちた別れの言葉は、冷たい風に吹かれて消えた。

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