帝国軍退魔部隊

 氷雪の街が異様な熱気に包まれている。

 舞い上がる砂塵と水蒸気が晴れ、街全体に拍手の音が鳴り響いた。

 拍手をしているのは、帝国軍の先頭に立つ男。彼は焦げ茶のオールバックヘアで、片眼鏡をかけている。

「素晴らしい、素晴らしい。この精度、将軍の髭にボヤ騒ぎを起こせるな」

 片眼鏡の男――セオドールは拍手を止めて、自身のオールバックヘアを撫で付けた。

 男の隣には、赤毛と黒いドレスの女。

 彼女は右手の陽炎を振り払い、空虚な声で返事をする。

「……どうも」

 彼女の名はサンドラ。

 サンドラは帝国に仕える戦略級魔導士。この級位は、大規模破壊を可能とする者にのみ与えられる。

 街の一角を吹き飛ばしたのは兵器による攻撃ではない。化け物でも、ましてや天変地異ですらない。サンドラという一人の人間だ。

 これほど強力な魔導師を指揮下に置き、独断の軍事行動を許されているのは帝国内で五人のみ。セオドールはその五人の一人。役職は帝国軍退魔部隊の隊長である。

 現在、セオドールが引き連れているのは退魔部隊の先鋭四十名からなる小隊だ。

 セオドールは両手を滑らかに擦り合わせると、後方の兵士に視線を送る。

「さて、火の通りはいかかがね? シェフ」

「はい! 確認いたします!」

 丸顔の隊員が機敏に敬礼し、最前列の前に出た。

 彼は人肉が焼けた臭いや、焼死体の捜索に長けた斥候である。

 彼が入隊前に勤めていた職業も相まって、隊内ではシェフの通り名で呼ばれている。

 シェフは目を閉じて集中力を研ぎ澄まし、子豚のように鼻を尖らせた。

「香りはありません。おそらく無傷かと」

「ふむ、氷が威力を弱めたか……」

 セオドールは街の一角へ視線を移す。

 彼は右から左へ、左から右へ首を回し、直感を研ぎ澄ませた。

 すると、セオドールの目線が一点で止まる。ほんの微かに瓦礫が盛り上がっているところがある。

 セオドールは自身の直感に従い、そこに向かって攻撃の合図を送った。

「サンドラ。この方向だ。ここから先を吹きとばせ」

 実際、彼が示した先に、モーガンたちは隠れている。

 モーガンはその時、ようやくサンドラとセオドールの姿を確認した。

炎星えんせいの魔女に、セオドール隊長……! 退魔部隊だ……帝国は街を灰にする気か!」

 炎星えんせいの魔女はサンドラの異名である。

 モーガンはサンドラの力を間近で見たことがある。彼女の強大さも容赦のなさも、彼はよく知っている。

 対して、サンドラはモーガンがどんな価値観をもった人間なのか熟知している。シラハヤモリを召喚したのは彼女であり、監視役でもあったからだ。ゆえに、サンドラはモーガンの思考を先読みできる。裏切りが知られれば戦略面の勝ち目すらない。

 モーガンは半ば死を覚悟した。

「戦略級がくるなんて思ってなかった……ど、どうしたらいい……考えろ、考えろ……!」

 その間にサンドラは独特な呼吸を行い、魔力の回復を始めた。回復につれて、彼女の赤毛のボブヘアーが威圧的な灼光を帯びていく。

「まずい。早く……早く何とかしないと」

 モーガンは絶望感に打ちひしがれ、サンドラが力を蓄える様子を見つめることしかできない。

 すると、モーガンの左手が心地よい冷たさに包まれた。

 シヴィの手だった。

「ねぇ、モーガン」

「シヴィ……! ごめん、俺……」

「どうしたらいいか、私に教えて」

「え……?」

「私、自分の力は、人を傷付けることしかできないって思ってた。でも、モーガンの話を聞いて……そんなこと、ないんだって……」

 シヴィは瓦礫を支え続けるセバスを見る。

「ただ、どうやったらいいのか分からなくて」

「シヴィ……」

「私、この力でモーガンのことを助けたい。お願い。私に指示を出して、モーガン」

 シヴィは真っ直ぐにモーガンのことを見つめた。

 涙で氾濫していた彼女の瞳は、今は強かな意志と覚悟の光を宿している。

 モーガンはその光から、とめどなく勇気を貰った。

「わかった……ありがとう、シヴィ。俺を信じてくれて」

 モーガンは炎星の異名を冠する力を前に、シヴィと共に生き延びる策を、手繰って、手繰って、手繰り寄せる。

 彼はまず、意識を取り戻したときの状況を思い返した。自分は一体、どれほどの時間動けなくなっていたのか。なぜ、その間に帝国軍はさらに攻撃を仕掛けてこなかったのか。

 シヴィと旅の話をしながら考えていた作戦は、まだ使えるかどうか。

 形見のスカーフは帝国軍の方にはためいている。

 一方、サンドラの赤い頭髪が禍々しい光を帯びる。彼女の力は蓄えられた。

 同時にモーガンも妙案を捻り出す。

「よし……一か八かだ」

 モーガンは壊れたベッドの下からシヴィのコートを引っ張り出し、彼女に羽織らせて作戦を伝える。

 サンドラは投げ槍を構えるように右手を掲げ、手の平に炎の砲弾を作り出した。それから全身を躍動させて右腕を振り下ろし、炎の砲弾を発射する。

 それはまるで彗星のように、炎の衝撃波を発生させながら低空を飛ぶ。

 モーガンとシヴィは迫りくる炎の砲弾から目をそらさず、引き付けて引き付けて、タイミングを見計らった。

「今だ、シヴィ!」

「うん!」

 シヴィは生まれて初めて、自らの意志で、友のためだけに世界を凍らせる。

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