第15話 矢継早家


 【side:殺】


 ダンジョンから出ると、先ほどののんきな男が私を出迎えた。


「矢継早踪弌そういち……」


「あ、どうも。どうでしたか、ダンジョンは」


「ま、まあまあね……。なかなかいいダンジョンじゃないかしら?」

「それはよかったです」


 正直言って、あのダンジョンはやばい。

 私なんかでは、ほとんど歯が立たなかった。

 そんなダンジョンを平然と攻略していた、この男はなにものなのだろう。

 矢継早踪弌そういち……今までまったくダンジョン探索者として無名だった男。

 彼はいったいどうやってそこまでの力を……?

 そしてこのダンジョンはなんなの……?


 とにかく、わからないことだらけだった。

 私は大人気ダンジョン配信者のAYAYA。

 実力もソロではほぼ日本一だと自負している。

 そんな私には、プライドがあった。

 私にこのダンジョンが攻略できないで、この男にはできるだなんて……。

 とにかく、なんとしてももっとこのダンジョンを攻略してやるという思いだった。


 帰ろうとすると矢継早は私を呼び止めた。


「あの、もしよかったら夕飯いっしょに食べていきませんか?」

「え……?」


「美玖があやめさんの分もつくったんですよ。おいしいですよ。もし、迷惑でなければ……ですが……」


 正直、そんなのは迷惑だと思った。

 私はずっと一人で生きてきた。

 食事をとるのも一人。

 誰かとなれあうのは嫌いだった。

 

 矢継早の後ろに、そのご飯をつくったという女子高生が立っている。

 彼女と目があった。

 すると美玖というその少女は、不愛想な私の顔を見て、にっこりと笑った。


「おいしいですよ。あたたかいうちに、どうぞ」

「え、ええ……いただくわ……」


 そんな顔をされると、断れない。

 私はしぶしぶ、食卓についた。


「殺さん、うちのダンジョンはどうでしたか?」

「まあ、なかなかの難易度ね……。私にとってはまあ攻略できないほどではないけれどね……」

「へえ、じゃあ、あやめさんは初心者さんなんですか……?」

「は……?」


 この男は、いったいなにを言い出すのだろうか。

 まさかこのAYAYAである私を知らない……?

 それどころか、この私を初心者呼ばわりするというの……?


「い、いや……私は初心者ではないけど……」

「え。でもうちのダンジョンかなり簡単じゃないですか? 初心者向けだと思うんですけど……」

「は……?」


 あのダンジョンが、初心者向けですって……?

 どうにも話がかみ合わない。

 あれほど難しいダンジョン、初心者なら即死だと思うのだけど……。

 もしかしてこの男、私をAYAYAだと知ってて煽ってきているのか……?

 そうに違いない、けっこう私アンチいるし。

 なんか、あんな簡単なダンジョンもクリアできないの? と煽られているようで腹が立つ。悔しい。


「そ、そういうあなたはどうなの? 動画、見たわよ。探索者歴はどのくらいなの……?」

「え? 俺ですか。俺はほんの一週間くらいですかねぇ……」

「は……?」


 ふざけているのかこの男は。

 あれだけの戦闘を見せておきながら、初心者だというの……?

 もしかして、おちょくられている……?


「あの……もしかして喧嘩売ってる?」

「えぇ……!? な、なんでそうなるんですか……!?」

「まあいいわ……実力で見返してやるんだから……!」

「は、はぁ」


 決めた。絶対にこのダンジョンをこいつよりもはやく攻略して、ぎゃふんと言わせてやる。

 そのために、もうしばらく京都に滞在しよう。


「それにしても……このスープおいしいわね……」

「あ、ありがとうございます!」


 私が褒めると、美玖が喜んだ。

 かわいい。女子高生って、若くて新鮮だな。こっちまで若返る。


 そういえば、誰かとこうしてご飯を食べるのは久しぶりだ。

 いつも私はひとりだった。

 東京じゃ、誰も私を誘ってなんてくれないし……。

 誘ってくれたとしても、みんなAYAYA目当てだ。

 求められてるのは動画のAYAYAで、あやめじゃない。

 AYAYAを知らない人とご飯をたべるのって、すごく久しぶりな気がする。

 それこそ、実家くらいなものだ。こんなの。

 なんだか、こういうのも、悪くない。


「ぐす……ぐす……」

「ど、どうしたんですか……!?」


 知らぬまに、気がついたら涙が出ていた。

 いつも気を張っていたから、それがつかれていたのかもしれない。

 田舎の人に優しくされて、気が緩んだ。

 矢継早踪弌そういち、抜けてるけど、どこか嫌いになれない、不思議な男だ。

 

「い、いえ……なんでもないの……。ちょっと、ご飯があまりにおいしくてね……」

「ありがとうございます。おかわりもありますから、いっぱい食べてくださいね」

「うん、ありがとう。美玖ちゃん」


 そして――気がついたら、酔っ払っていた。

 ごはんがおいしくて、どんどんビールを飲んでいた。

 日頃のストレスが溜まっていたせいかもしれない。

 いつも会社から帰っては、一人の部屋に帰っていた。

 そして休日はダンジョンに一人で潜る。その繰り返し。

 私は東京でのそんな生活に、疲れていた。

 恋人もいないし、友達もいない。私はそんな寂しいOLだった。


 AYAYAとしては人気もある。

 だけど、どうしてもAYAYAとしての私に近づいてくる人々には、信用できなかった。

 それのせいもあって、私はずっとソロ冒険者だった。

 でも、なぜかこの矢継早家では気が緩む。

 どうしても、気を許してしまう。

 田舎の柔和な雰囲気のせいだろうか。

 少し、飲みすぎてしまったみたいだ。


「もう、ほんとに上司が最悪で……仕事がつらくって……」

「わかりますわかります。俺もずっとそうでしたもん……」


 踪弌そういちとの会話は、これ以上ないくらいにはずんだ。

 どうやら彼も最近まで東京でサラリーマンをやっていたみたいで、話があった。


「はぁ……ちょっと飲みすぎてしまったみたいね……。ごめんなさい」

「いえいえ、こちらも久しぶりに楽しかったですよ」


 少し時間も遅くなってしまった。これから泊まれるホテルはあるだろうか。

 ちらっと時計を気にする。


「そういえば、時間大丈夫ですか? ホテルとか……」

「そうね……。ホテルとってないの……」

「えぇ……!? じゃ、じゃあこれからどうするんですか……!?」

「じゃあ、ここに泊めてもらおうかしら」

「ふぇ……!?」


 我ながら、思い切った発言だと思う。

 いや、別に、矢継早踪弌そういちとどうこうなりたいとかじゃない。

 単に、このダンジョンをはなれたくないのだ。


「私、決めたから。このダンジョンをクリアするまで、東京には戻らない」

「えぇ……!? そ、そうなんですか……!?」

「もう仕事もやめる。ダンジョンでの収入が貯金してあるしね。しばらくは大丈夫」

「べ、べつにうちはいいですけど……50万ももらってますし、それを宿泊代ってことで」

「あ、それとね。ダンジョンの料金、50万じゃだめよ」

「え……? そうなんですか!?」

「あのレベルのダンジョンなら、少なくとも200万はとらないとだめね。相場破壊もいいとこよ」

「き、気を付けます……」


 そんな話をしていると、美玖が横から割り込んできた。


「ちょ、ちょっとまって……! あやめさんが泊るってことは……そ、その……夜二人きりってこと……!? そ、そんなのだめえええええ!」


 なにかこの子は勘違いしているようだ。


「大丈夫よ、私この男に興味ないもの」

「えぇ……そこまで正直に言わなくても……」

「で、でも……! お兄ちゃんとあやめさん二人きりはだめだよ! 絶対! 私も泊る!」


 美玖はそんなことを言い出した。


「えぇ……!?」

「だって、お兄ちゃん心配だもん。これからもっとお客さんも増えるかもだし……私ももっといろいろ手伝いたい! それに、お兄ちゃん料理もできないでしょ。不健康な食事ばっかしそうだもん。ね、いいでしょ?」

「そ、そりゃあもちろん俺は助かるけど……」

「はい、決まり!」


 ということで、何故か三人での共同生活が始まった。

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