第47話 新しい魔王と新しい神さまの戦い(中編)
(さて、ここが肝心だ)
僕はそう思いながら、魔族の足を一歩一歩前に進める。
「誰だ!」
洞窟の入り口を守るように立っている魔族の一体から、今にも飛び掛かられそうな態度で声をかけられた。
「チェスラスさまから、お前たちも前線に向かえとの命令だ!」
僕は羽つき魔族の体で、勢いよく威厳たっぷりに答えた。
(さあ、どうだ?)
もし、人間の体だったら顔中から汗が流れて挙動不審だったかもしれないというほど緊張していた。
反応次第ではここで戦うことも考えないといけない。
今はたくましい体に変化してはいるけれど、なかなか二体の魔族相手に勝てるイメージはできなかった。
(チェスラスらしき魔族は町の側で見たと聞いているけれど……)
もし、洞窟の中にいたらもうどうしようもない。
「ラフラムさま! ご無事で!」
今にも飛びかかりそうだった魔族の一人が、僕の顔を見て手をみせながら広げて歓迎していた。
たぶん、魔族にとっても敬礼のようなものなのかもしれない。
形式ばりながらも、喜んで迎え入れているようだった。
「うむ。急ぎ、前線に迎え! チェスラス様が危ない」
「はっ!」
どうやら、じいさんの見込みは正しかったらしい。
今、僕が化けている魔族はかなり偉い階級のようで護衛の魔族は緊張した態度で従っていた。
「人間の娘はどうされますか?」
「私が抱えて逃げろという仰せだ」
「なるほど。承知いたしました」
自然な流れで会話はできている気がしている。
魔族の方も聞いていた話とは違うなとは思っていそうだったが、それほど不思議な話でもなく納得したように護衛の魔族はチェスラスの元に急ぎ向かう姿勢をみせていた。
ただし、奥の方にいたもう一体の魔族はしばらく僕のことをじっと観察しているようだった。
(なにか……ばれたかな……)
大した時間ではなかったけれど、僕にとっては生きた心地がしないくらいに緊張した時間だった。
ただ、その魔族も結局、先の魔族に促されて、反論や疑問を言うこともなく一緒に町の方へと走っていった。
「ふううう」
僕は二体の魔族が去ると大きく息を吐いた。
(よし、これでもう大丈夫だな)
それまで息を潜めて大人しくしていたらしいポロアさまも、喜んでいた。
「まだ、洞窟内にいるかもしれませんから、あまりでてこないでくださいね」
(気配はしない。一体くらいいたとしても、私自らの加護を与えれば楽勝だろう)
「すぐにはっきりするとは思いますから……まだ大人しくしていてください」
今はたくましい体になっているとはいえ、自分が戦って勝てる気がしないので、できれば戦うこともなく終わりたかった。
洞窟は魔族も入れるくらいの大きさで特に入り組んだ様子もない。
少し進めば、おそらくと洞窟の全体がはっきりと分かるだろうと思っていた。
「ああ、エイヴェリー!」
読みは当たっていた。
すぐに洞窟の行き止まりが見えて、その下では土と草で作られたかのようなベッドにエイヴェリーが眠っているのが見えた。
僕は足を速めてエイヴェリーの側へと近づいた。
服装も攫われた時のまま、つまり少女剣士のような装備のままではあったけれど、まるで生贄に捧げられている少女みたいに、僕が大きな体で近づいても両手を胸のあたりで合わせて静かに眠ったままだった。
(大丈夫。魔法で眠らされているだけだ)
ポロアさまは僕の心の動揺が伝わったのか、安心させようとしているようだった。
(私の力で眠りから覚ましてやるとも)
魔族の体でポロアさまの奇跡が起こせるのだろうかと、不安だったけれどそこはさすが神さま自らの力で手をかざすとエイヴェリーは少し苦しそうにしながらも寝返りをうち動き始めた。
(この体も、もう元に戻していいだろうな)
魔族の体でいることは落ち着かないのかポロアさまは、変化を解除しようとした。
(待って)
しかし、僕たちは背後に気配を感じた。
振り返れば、そこにいるのは先ほどの護衛らしき魔族が一体静かに近づいてきている。
「どうした? なぜ前線に向かわない?」
危ないところだったと思いながら、威厳ある魔族の演技をして呼びかけた。
「いえ、そういえば、ここには罠を仕掛けてあったと思い出しまして」
「罠? どのような?」
ここに来るまでに何もなかったけれど、人間の姿だったらやばかったのか、それともエイヴェリーを運ぼうとすると発動したりするのか。
どちらにせよここで教えてもらえるなら好都合だ。
そう思って油断した。
「人間に味方する神を殺す罠ですとも!」
魔族は大声で叫ぶと、足元にあった岩を踏みつけた。
洞窟内が禍々しい光に満ちていった。
立って歩けないくらいの重さを感じる。
封印する類の魔法陣の更にすごいものなのだということを感じていた。
(これはまずい!)
ポロアさまが頭の中で叫んだ瞬間、魔族が一気に近づいてきていた。
刺された!
そう思ったけれど、体に痛みもダメージはなかった。
(ぐっ)
ただ、ポロアさまの苦しそうな声が頭の中で響く。
どういうことだ。これはと思いながら魔族を見ると実体の無い光だけの剣を握っていた。
「いつもは、神や精霊との繋がりを切っているが、今回はあえて強く結びつけて刺した。それだけのことだ」
「お前は……チェスラス?」
さっきまでは、確かにただの魔族だったはずだった。
しかし、今、目の前にいる魔族は人間に近い体で美しい羽を広げている。
「ふふ。変化が自分たちだけの技だなんて思ってたのか?」
そう言われれば、僕が変化している魔族も元々はマクワース国のメイヴェン伯爵に化けていたのだと思いだしていた。
「前線を放り出して、こんなところでこそこそしていたと?」
「この先、あの男との戦いは何十年も続くからね。まずは緒戦は彼が頼り神を殺すことだ。そして、将来のためにはエイヴェリーを我が花嫁に迎える」
チェスラスは、眠りから覚めようとしているエイヴェリーにうっとりとした視線を向けていた。
「彼女の子どもは、絶大な魔力を持って生まれることが約束されているからね。この戦いでの犠牲くらい安いものだ」
仲間の魔族に対して無慈悲なことを言うと、チェスラスは長い爪をこちらに向けた。
気がつけば、いつの間にか僕は人間の体に戻っていた。
さっきの光の剣のようなもので刺された時に変化も解除されてしまったのだろう。
あの長い爪で引っ掻かれるだけで、人間の体は簡単に腕くらいは引き裂かれてしまう。
逃げ場もない。
ポロアさまもとても加護なんて与えられる状況ではなさそうだった。
絶望の中にさすがに死を覚悟して目をつぶった。
「ヒゲ起動!」
だが、次の瞬間に洞窟の中を何かが転がってくる音がした。
そして、聞き慣れたネサニエルじいさんの声がしたので目を開けると魔法人形のヒゲが細長い槍を伸ばして、チェスラスの肩に突き刺していた。
「くっ、こんな玩具なんかに」
油断して傷を負ってしまったことを恥じつつ、チェスラスは魔法人形を片手で払いのけて、そのまま次はじいさんへと狙いを定めていた。
「残念だったな」
チェスラスは、じいさんに気を取られている間に、クレイグに接近されていたことに気がつかなかったようだった。
魔法人形のヒゲを払いのけようとした手を盾で止められてしまい、そのまま盾で押し込まれた。
「おのれぇ!」
それまでは余裕のあったチェスラスも、魔法人形を含めて二人と一体に囲まれてさすがに表情も険しいものになっていった。
「クレイグ!」
助けにきてくれたパーティメンバーたちに僕は感謝する。特にクレイグはそっけない態度だったので、エイヴェリーの救出はお前に任せたという感じなのだと思っていただけに嬉しかった。
「キーリー。早くエイヴェリーを助けろ!」
「お、おう」
僕は慌ててエイヴェリーの側へと駆け寄った。
チェスラスは強い。二人と一体と言ってもどこかを崩されてしまえばあっという間に崩壊してしまう。
なんとかエイヴェリーの力を取り戻して、最悪でも脱出をしなくては。
しなくてはいけないのだが……。
(キーリー)
「ポロアさま? ご無事で?」
ポロアさまの声が頭の中に響いた。
ただ、聞いてはみたけれど、もう存在自体が弱々しいのが分かってしまう。
「これは、消えてしまうのでは……」
(ああ、もう私は駄目だ……)
力なくポロアさまは返事をしてくれた。
エイヴェリーに魔力を注ぐどころではない状況ではなくなったのか。
あとは、僕の貧弱な魔力を注ぎこんでどれだけ意味があるか。
そう絶望していたけれど、ポロアさまの言葉は少し意外なものだった。
(だから、もう私はエイヴェリーに全てを託す)
「どういうことですか?」
(エイヴェリーと一つになる。とにかくキーリーのやることは変わらない。精一杯お前は魔力を注ぎ込め!)
そう言い切られても僕はまだ良く分からずに混乱している。
そんな中で、エイヴェリーは目を覚ました。
はっきりと目を開けると僕の方へ視線を向けていた。
「キーリー?」
まだ少し頭がぼんやりしているのか、僕の顔を見ながらも確認しようとしているようだった。
「ああ、そうだよ。目が覚め……」
「キーリー? うわ、何、その格好。えっ、オレに何をしてたんだ?」
そう言えば、魔族からの変化が解けた僕は全裸だったことを思い出していた。
これは格好悪いと思いながらも、僕は慌てているエイヴェリーに真剣な声で話しかける。
「エイヴェリー。落ち着いて。説明は後だ。とにかく、これから僕とポロアさまの愛をエイヴェリーに注がないといけない」
「ええ?」
少し説明を間違えた気がするけれど、そんなことはもう些細なことだった。
とにかくエイヴェリーと深く口づけをかわさないといけない。
でも、そのためにはどうしても一つ言っておきたいことがあった。
「その前に。エイヴェリー!」
「は、はい」
僕は真剣な表情でエイヴェリーの両手を握りしめた。
エイヴェリーからすればまだ体は寝ていて、頭だけ少し起こしたところに全裸の男が覆いかぶさるように手を握ってきたのだからさすがにエイヴェリーと言えども怯えたように返事をしていた。
「僕と結婚して欲しい」
エイヴェリーも何をいきなり言っているのか分からないようで一瞬固まっていた。
でも、僕の真剣な眼差し、そして洞窟の入り口で戦っているチェスラスとクレイグやじいさんの姿に視線をずらして一瞬で判断した。
「はい。喜んで」
こんな大変な状況の中でも、嬉しそうな笑顔を僕に向けてくれていた。
さすが僕たちのリーダー。いつだって、判断が速くて的確だった。
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