第46話 新しい魔王と新しい神さまの戦い(前編)

「エイヴェリー嬢とまぐわうのだ。キーリー」

 聞こえていないと思ったのか、ポロアさまは繰り返した。

 僕の口で何を言っているんだ。この神さまは……。

 呆れ返った顔をしようとしたら、少し遅れて顔が動いてくれた。

「なんですか、まぐわうって……」

「何って……エッチに決まっているだろう」

「言葉の意味が分からなかったわけではないです!」

 周囲の人たちには、何か下ネタの一人芝居をしているように見えるのだろう。

 それどころではないのだけれど、変な注目を浴びてしまって恥ずかしくて仕方がない。

「神話でもよくあるだろう。魔力の補充をするために、性行為をする話が」

「そんなに聞いたことがないですが……」

 と言いながら、僕は『もしかして、あの神話もそういう意味だったのかな』と色々意味ありげないくつかのお話を思い出していた。

「エイヴェリー嬢に魔力を与えることができれば、囚われの身ではなくなるどころか魔族を倒す貴重な戦力になる。……というお話でありましょうか?」

 マーロンさまは腕を組んで静かに考えながら、僕に向かってそう聞いてきた。もちろん、実際には僕ではなく、ポロアさまへ聞いているのだと分かっているけれど。

「そういうことだ。さらに、私の魔力を与えて神と人間の世界を繋ぐ新たな中継地点になってもらえれば、神官たちもまた奇跡も起こせるようになる」

「……なるほど、そのためには目立つ若い女性の姿がいいとそういうわけですか?」

 今度は、セス様が僕に向かって聞いてきた。

 少し呆れたような責めるような口調の様に聞こえてしまったので、僕が言い訳をしたくなってしまう。

「そうだ。私の神話には、いまいち華やかさが足りなかったからな。ここで、テコ入れをして信者数を増やすのだ。もう妹たちには負けない」

 僕の口からは、悪びれることなく開き直ったような言葉が発せられていた。

 (女神さまたちに比べると、地味で不人気なのを気にしていらっしゃったのか……)

 その点に関しては、見習いとはいえ神官の一人として、世間一般の人へのアピールが弱いことを申し訳ないとは思ってしまう。

 とはいえ、あまりにも嫉妬にまみれた発言なので僕もセスさまも『もう少し言い方を考えてもらえないかな』と引きつった笑いを浮かべていた。

「分かりました。まあ、ここはキーリー殿に一発やっていただきましょう」

 マーロンさまは、いつも通りの精悍な顔つきで割と真面目に、下品に聞こえることを言ってきたので僕は目を丸くしてしまう。

「しかし、キーリー殿に抱いて中に注いでもらうのには、まずエイヴェリー嬢を取り戻さないといけないな。困難な状況は変わらないままだな」

(え?)

「魔力を回復させるのには、とりあえず口づけでも構いませんでしょう。舌を入れて唾液を注ぎ込めば、完全に回復とはいかなくともかなり動けるようになるのではないでしょうか」

(え? ええ?)

 真剣な顔で、今後の動きについて悩むマーロンさまに、セスさまは的確なアドバイスを送っていた。的確……うん、的確なんだろうけれど……尊敬していて、育ての親と言ってもいいセスさまの口から聞くとすごいこそばゆい言葉だった。

「なるほど……確かに……キーリー殿に潜入してもらって、ぶちゅーとやってもらうか」

「そうですな。ここはぶちゅーと」

 尊敬する二人の偉い人が、真面目な顔で僕のエッチな行為について真剣に話しあっていた。

「えっ、あ、あの」

「どうしたかね? キーリー殿が嫌なら他の人にやってもらうが? ポロアさまが来てくれるなら私がやりたいくらいだ」

 こういうところは戦う男性の集まりならではのノリだった。マーロンさまの煽るような言葉に、クレイグが手を上げて大きな声で立候補しようとしたのを僕は遮って叫んだ。

「やります! 僕が! ぶちゅーっと!」




 

「魔族が増えてないか?」

 僕は、ネサニエルじいさんと二人きりで林の中に潜入している。

 町にいるマーロンさまの部隊に注目している間に、回り込んで背後からエイヴェリーを救出する機会を窺うという作戦だった。

 じいさんに弱っているながらもエイヴェリーのわずかな魔力を感知してもらい。当たりをつけてなんとかここまできたのはいいけれど……。

「あの洞窟にいるっぽいがの」

 じいさんが指さした洞窟の入り口には二体の魔族がわかりやすく門番のように立っていた。

 町に近いところには何体もの魔族が向かっているのは確認しているので、チェスラスの周りにいるのは一体くらいだろうと思っていたけれど、その読みは甘かった。

「全部で十体くらいはいそうだ」  

「仕方ない。今、売り出し中の魔族のボスなんじゃろ」

 羽つきを含めた魔族十体となると、かなりの戦力だった。正面からぶつかりあったとしても、王国の正規騎士団と互角に渡り合えるだろう。

 それよりも個別に素早い動きや空を飛んだりして、撹乱する戦いをされるのがやっかいだった。

「とはいえ、マーロンさまは慣れていそうですけれどね」

 マーロンさまは、かなり前からこんな事態になることを想定して魔族に備えた部隊を作り上げている。

 それはついこの間の戦いを見ても分かった。

 チェスラスが魔族たちの新しいリーダーなら、マーロンさま人間側の新しいリーダーになる人なのだと頼もしく思っていた。

(これで……ポロアさまの加護があれば)

 より効果的に魔族と戦えるのにと、責任のようなものを感じていた。

 

「仕方がない。マーロンが攻撃を始めた時の混乱に紛れて潜り込むしかないじゃろう」

 いつになく冷静で、的確な指示をくれるじいさんだった。いや、眠くなければ、普段からこんなものなのかもしれないけれど、いつもはもう昼すぎには眠そうなので新鮮だった。

「その時に備えて変化しておこうかの」

「え」

 僕に説明する時間も惜しいのか、ネサニエルじいさんは魔法をかけはじめた。

「お、おお」

 すぐに僕の体が変化していく。少し痩せている部類だったであろう僕の体は一気に筋肉に覆われたたくましい体になっていた。

「あ、やべ」

 ネサニエルじいさんは、ぼそりとこぼした。

 何が? そんな大変な呪いが?

 と僕も焦ったけれど、すぐにこぼした理由が分かった。


 一般的に魔族のサイズは人間よりも大きい。そして、今は特に大きいサイズの魔族の姿に変化しようとしていた。

 その結果、僕の着ていた服はちぎれて布切れになって地面におちていった。

「え、これは戻った時は全裸なのでは……」

「先のことなぞ心配している場合か!」

 じいさんは、余計な心配をしている僕に向かって喝を入れた。

 うっかり忘れていたのを誤魔化したいというのある気はするけれど、確かにまずはエイヴェリーを救出することだ。

 そのあと、ちょっと恥ずかしいくらいが何だっていうんだと気合いを入れなおした。

「羽つきなんだな」

 僕は大きくなった体を確認して、じいさんを見下ろしていた。

「マリア姫さまと一緒に戦った……あの伯爵だかなんだかに化けていた魔族を、コピーさせてもらったんじゃ」

「ああ、なるほど」

 納得はしながらも、僕には魔族の区別はあまりつかない。

「強そうなやつの方が偉いじゃろ。多分な」

 じいさんの方もあまり根拠はなさそうに、無責任な態度で言った。まあ、それでもありがたい。何となく飛べそうな気もしてしまうのは気をつけないといけないが。

「むっ、はじまったか」

 町の方から大きな音がして、僕とじいさんは振り返った。

「今しかない。チェスラスのやつも前線にいるようじゃしな」

「はい」

 僕は、じいさんの言葉に大きくうなずいて走りだそうとする。

「気をつけろ。あまり長いこと変化していると魂まで外見の魔族に引っ張られるからの。あとマーロンに討たれないように気をつけるんじゃ。エイヴェリーを助けたらさっさと変化を解除するから戻ってくるんじゃぞ」

 じいさんは、僕のことをかなり心配してくれているようで色々と忠告してくれていた。

 今までも色々と危ない橋はいっぱい渡ってきたのは、今回はそれだけ、じいさんから見てもエイヴェリーを取り戻すのは難しく見えているのかもしれない。

「分かった。じゃあ、行ってくるよ」

「必ず、エイヴェリーを取り戻してくるんじゃぞ」

 僕はじいさんがこんなに親身に心配してくれることに嬉しさを感じつつ、気合いをいれて洞窟へと向かった。

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