第45話 新たな神話を作ればいい

 エイヴェリーが連れ去られ、僕たちは意気消沈していた。

 ただ、遠くには行っていないことを確認し、一旦は、スレネスの町へと戻ることになった。

 町の中に侵入した魔族を掃討したあとは、休息をとりながら次の手をどう打つかを相談するためだった。

 僕は一人でも救出に向かおうと思ったけれど、マーロンさまに無謀なことはするなと熱く語られて、セスさまも心配だったので一度は町に戻ることにした。

 「おお、キーリーもマーロンさまも無事でよかった」

 「セスさまこそ。ご無事でなによりです」


 地下は崩れ去ってかなり大きな穴が空いてしまった教会だったけれど、建物は無事だった。

 大神官セスさまは、少し足を怪我してしまったようで、デクランさんとタイロンが支えるように付き添っている。

 ただ、自分の足で歩けないというほどでもないようなので、僕はその姿を見て安堵していた。


 セスさまだけでなく、兵たちも回復魔法では癒やせない。

 傷ついた人たちは、教会に運び込まれても、無理することもできず薬草からできた薬を塗って休む必要があった。


 教会の庭と地下以外は、町の損害も少なく見える。

 魔族に対して迅速な対応ができていたという証しだった。

 ただ、魔族も用意周到に情報を集めていて、最低限の力で最短の時間で目的を達成したのだということもよく分かってしまう。

 

「手強いな」


 いつも僕たちに対しては前向きな姿勢しかみせないマーロンさまが、うんざりした表情でぼそりとつぶやいたのが印象的だった。


 教会の中だったけれど、扉も開けて半壊した教会の庭を眺めながら、大神官セスさまも含めたマーロンさまとこの町の有力者の会談が始まっていた。

 なぜか僕たちもどういう立場なのか分からずに、同席させられていた。




「チェスラスは傷ついて、魔力も残っていないでしょう」

 マーロンさまは、現状を冷静にそう分析する。

「今は我が領内の兵を突破することもできないはずです」

「身を潜めて回復を待っている……ということですかな」

 大神官セスさまは静かに椅子に腰掛けると、この数時間で起きたことを確認しようとしていた。

「その通りです。やつは回復したら一気に飛んで逃げたいところなのでしょう。ですので、包囲できているうちに早く総攻撃したい」

 マーロンさまは、逃がすと面倒だと力を込めてそう言った。

 それは僕も同じ気持ちではあるのだけれど……。

「ですが、神による加護も癒やしもありません。我々はあまりお力にはなれないでしょう……」

 セスさまは、申し訳無さそうにそう言った。

 左右で控えているデクランさんやタイロンと言った神官を貸すことはできるけれど、神の加護もない今、大した役には立たない。

 それは僕も同じだった。

「やはり、セスさまでもそうですか……」

 マーロンさまは、予想はしていただろうけれど、改めてセスさまからその言葉を聞くと残念そうに肩を落としていた。

 軍隊の継戦能力を、神の奇跡に頼りすぎているとマーロンさまは以前に言っていた。その懸念通りの事態が今、起きていた。

 かなりの被害が出ても、強襲するしかないか。

 マーロンさまは、腕を組んで目を閉じてそう考えこんでいるようだった。

(マーロンさまからすれば、ここは見捨てる手もあるよね……)

 僕からすればエイヴェリーがさらわれてしまうのは大問題だけれど、マーロンさまからすればそうとは限らないだろう。

「我々とすれば、チェスラスが今すぐ攻めてはこない以上、ここは見逃す手もあります」

 マーロンさまは、腕を組み目をつぶったままでそう話しはじめた。

「継戦できるだけの体制を整えてから他の国と連携して戦ってもいいかもしれません。エイヴェリーさまは攫われてしまいましたが、花嫁にするというのなら命の危機はないでしょう」  

 その言葉に、僕はビクッとしてクレイグは気色ばんでいた。

「ですが、多少は無理をしてでもここは勝負を賭けたい」

 マーロンさまは、僕を安心させるかのように一度、こちらに視線を向けていた。

「エイヴェリーさまは、我々にとっても大事なお方。それにチェスラスが無理矢理にでもエイヴェリーさまを抱えて逃げようとしている今が好機」

 力強く言ったあとで、今度はちょっと申し訳なさそうに僕の方を見ていた。

「あと……万が一にも、エイヴェリーさまがチェスラスの嫁であることを受け入れて、堕ちてしまうと、我々にとっては恐ろしい敵が生まれてしまいます」

(い、いや、エイヴェリーがそんなことになるわけがないだろう!)

 僕はそう憤った。ただ、ここで見逃してしまったときのことを想像もしてしまう。

(でも、魔族の国に連れ去られて何年もの間、頼れるのがチェスラスのやつだけだったとしたら……?)

 さすがにエイヴェリーでも、なびくことがあるのではないか。

 いや、むしろエイヴェリーの性格からすれば、もし一度感謝するような何かがあれば、身も心も捧げて全力で力になろうとしても不思議ではない。

「身も心も捧げて……? ごふっ」

 勝手に自分が想像した光景に、僕の頭は焼け焦げるようなダメージを受けていた。


「大丈夫だ。私に任せたまえ」

 しばらくの沈黙のあと、僕は自信たっぷりにそう言いながらマーロンさまとセスさまの側に歩いていった。

(えっ?)

 いや、僕はそんなことをしたいと思っていない。

 これはもしかして……。

(ポロアさまか!)

「どうされました?」

「キーリーさま。何かいい策が?」

 マーロンさまもセスさまも、不思議そうな目で僕のことを見ている。

「この世界との関係が希薄にはなっているが、直接、私が使うならある程度は問題ない」  

 自分の体なのに、自分でうまく動かせない。

 完全に乗っ取られてしまっていた。

 周囲の人間も、僕、キーリーがエイヴェリーが攫われておかしくなってしまったのかという目で見ている。

「セス。私だ」

「もしかして、ポロアさまですか?」

 さすがセスさまは、僕の変化に敏感に気がつき、そして雰囲気だけで何が起きているのかを察したようだった。

「……行き場を失ったポロアさまが、キーリーどのの体を借りているということですかな?」

 神官ではないマーロンさまにはピンとこない話だったのだろう。とても胡散臭そうな目で僕の顔をじっと見つめていた。まあ、それは当然の反応だろう。

「ふむ……。疑っているようで申し訳ありませんが、ポロアさまだと証明できる何かがございますか?」

「そうだなあ」

 僕の体なのに、僕の意思は全く関係なく動いていた。

 額に指を当てて、ちょっと考えているのが、普段は自分ではしないポーズなので新鮮といえば新鮮だった。

「そこにいるセスとは、もう四十年前からの付き合いになる……今はもうこんな髪も白いおじいちゃんだが、昔は美少年でな」

 僕の口から、甲高い笑い声が発せられていた。さっきのポーズとこの声も聞き慣れないので、他の人たちもどうやら本当に違う人っぽいということは納得してくれているようだった。

 ただ、セスさまは『何か余計なことを言われる』と思ったのか、とても嫌そうな目で僕のことを見ていた。

「女装が似合ってな。今もおそらくやつの部屋には、何故かちょっと背の高い女性向けの服が大切にしまったあるはず」

「ポロアさま!」

 ポロアさまの暴露に、セスさまが顔を真っ赤にして抗議していた。

 僕ももう十年近い付き合いになるけれど、いつも穏やかなセスさまがこんな大きな声をあげられるのを初めて聞いた気がする。

「む、昔の話でございます」

「だが、今も大事にしまってあるのだろう?」

「それは、いただいたものなので……そうですが」

 セスさまが顔を赤くしながら、困り果てていた。僕からすれば、これも珍しくてむしろ親近感があがる。

 周囲の人たちも、穏やかで真面目でこの町中の人からも慕われる大神官さまの昔の話に勝手な妄想をしてしまっていた。

「まあ、それは冗談だ」

 僕の口から、軽い笑い声とともにそんな言葉を言う。

 もう周囲の人は、セスさまの昔のお相手が女性なのか男性なのか、はたまた今回のようにポロアさまが乗り移ってなのかということを妄想したひそひそ話をはじめてしまっていた。

 今更、冗談と言われてもセスさまには、いい迷惑だろうとは思うのだけれど、そんな中で僕の体は、セスさまに近づき、先ほどの爆発で怪我した足に手をかざしていた。

「おお」

 昨日までなら当たり前のように行われていた光景だったけれど、今となっては貴重な癒やしの奇跡に周囲の人たちも驚いていた。

「……治った」

 見ていてすぐに分かるほど、初老のセスさまの足が綺麗に癒やされていた。

「おお」

 周囲の人たちも手を取り合って喜んでいた。

 特にマーロンさまは、楽しそうな笑みが戻り、立ち上がると僕に向かい合っていた。

「兵たちは、癒やして【祝福】と【加護】を与えてやる。それでどうだ?」

 僕の体で尊大に胸を張りながらマーロンさまに、そう言っていた。

「それで、いけます」

 マーロンさまは僕の体に向かって丁寧に頭を下げた。

 『いけます』というのは勝算がでてきましたということなのだろう。

 マーロンさまは力強い眼差しで僕を見つめていた。

 いや、僕ではなく中にいるポロアさまに言っているのは分かっているのだけれど、何か僕までマーロンさまに頼りにされているような気になってしまう。

「とはいえ、神官たちが癒やせるようになるというわけにはいかないのですな」

「そうだなあ。今は無理そうだ。人と神との繋がりが切られている」

「仕方ありませんな。ですが、十分です。ポロアさま自らの【祝福】と【加護】があれば何とかなりましょう」 

「このまま、自然に人と神の繋がりが戻るのを待ってもいいのだが……」

 また額に指を当てて、僕の体で少し考え込んでいた。

「この際だ。新たに神話を作った方がいいだろう!」

 いつの間にか僕の拳は握りしめられていて、前に突き出しながら力強く宣言していた。

 マーロンさまは頼もしくは感じているようだったけれど、ちょっと意味が分からないという感じで困った顔をしていた。

「ポロアさまが自ら何かをされるということですか?」

「そう。囚われのエイヴェリーを取り戻し、新たな人と神の結びつきを示すこととする」

「ほう」

 マーロンさまは、楽しそうな笑みだったけれど、まだあまり何をするのか分かっていなさそうだった。

 そんなマーロンさまを見て、ポロアさまは大きな声で言い放った。

「具体的にはエイヴェリー嬢とまぐわうのだ。なあ、キーリー」

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