第44話 魔王の花嫁
「エイヴェリー!」
僕の声は、虚しく空中に響いただけだった。
(このまま君は新しい魔王にさらわれて、魔王の花嫁にされてしまうのか)
手を伸ばしてももう届かない。
ポロアさまの加護はあっても、飛んで逃げるチェスラスを止めることはできない。
(なんで、側にいなかったのか)
いつもみたいに隣にいれば、さらわれるのを防ぐことはできたはずだと絶望と後悔に胸が潰れそうになる。
「むっ」
「おっ」
僕がそんな絶望している中で、エイヴェリーを抱えたままのチェスラスの動きが止まった。さすがに人を一人抱えていると重いのか元々、飛ぶ速度は遅かったけれど、完全になにかの見えない壁にぶち当たったかのようだった。
「なんだ? 魔法?」
ネサニエルじいさんの方を見たけれど、特に魔法を唱えた様子もない。
今までに見たこともないので、少なくともネサニエルじいさんの得意な魔法ではない。
「大丈夫だ。ポロアさまの加護がある。射て!」
マーロンさまの声が林の中からした。
いつの間にか回り込んだマーロンさまの軍が現れると、動きの止まったチェスラスに向けて一斉に矢が放たれた。
「ちょっと、エイヴェリーに当たる」
僕は焦ったけれど、エイヴェリーにはポロアさまの特別な加護が効いていて矢は直前で弾き返されていた。
「そうか」
そのせいで矢はチェスラスにも致命的なダメージを与えることはできなかったけれど、マーロンさまお抱えの魔法使いによる見えない壁もあってかなり動きを封じることができて、足や羽には矢はかすってダメージを与えることができていた。
「さすがはマーロンさま」
頼れる援軍に僕は、感謝しても感謝しきれない。
(でも、これはもしかしてチェスラスをおびき寄せる囮にされたのでは……)
これだけ完璧な対応だと、僕たちというかエイヴェリーを囮にしてじっとこの事態になるのを待ち構えていたのではという気もしてしまうけれど、今は細かいことは気にしないことにした。
このまま、ずっとこそこそと隠れ続けているわけにもいかないのだ。
「ポロアさま。加護と祝福を!」
(任せろ。派手に行くぜ!)
エイヴェリーの危機だけに僕の雑な祈りにも、ポロアさまは気前よく応じてくれる。
クレイグだけではなく、マーロンさまの軍も全員、百人近くに一気に光り輝く加護と祝福が与えられた。
「おお」
この光景にマーロンさまだけではなく、敵のチェスラスも眩しそうにしながらも、じっと見つめてうっとりとした表情で感嘆の声を上げていた。
「これが人間と神々の結びつきによる力です」
マーロンさまは、自ら剣を抜いて前に出てくる。いくら強そうだからと言っても普段なら止めるところだけれど、今ならポロアさまの超強力な加護があるので大丈夫だろう。
「もう逃げ場はない。後顧の憂いは断たせてもらう」
「それはどうかな」
マーロンさまは、チェスラスと向かいあい。にらみ合っていた。
マーロンさまだけでなく、僕たちももう追い詰めて勝利を確信していたのにも関わらずチェスラスはまだ諦めているようには見えない。
そして、エイヴェリーはまだ片手でしっかりと抱きかかえたままだった。
(チェスラスが強いのは間違いないけれど、もう少々の攻撃ではマーロンさまにも攻撃は通らない)
気合いを入れた全力攻撃をしようとした時が、こちらの好機だ。一気に周囲の兵と共に攻めかかればもう止めることはできないだろう。
あと、チェスラスがやれることとしては、一か八かで見えない盾がなさそうな場所に飛んで逃げるか。
どちらにせよ、周囲の兵と一緒に攻め込むタイミングを見計らっていたのだけれど……。
「えっ」
大きな音がして振り返る。なにか大きな爆発があったかのような音だった。
見れば、スレネスの町から大きな煙が立ち昇っていた。
「あの方向は……もしかして教会?」
セスさまは大丈夫だろうかと心配になった。
その後も、何度も爆発音は続いた。
やはり、これは事故や苦し紛れの攻撃ではなくて、あらかじめ準備していた魔族が、マーロンさまの軍がここに集結したから、仕掛けたということなのだろう。
「やるな。だが、もうこのまま押し切れる」
マーロンさまは、わずかに顔を歪めていた。
散々、警戒していたのにも関わらず町に潜入を許したのが悔しくも、どこかライバルとの手の内あいを楽しんでいるようにも見える。
色々、備えていたチェスラスも、ここまで追い詰められるとは考えていなかっただろう。
チェスラスを倒し、エイヴェリーを取り戻す。
マーロンさまも、一部隊を町の中央に向かわせた以外は、動ぜずにチェスラスを追い詰めていた。
クレイグが放った矢が、チェスラスの羽に突き刺さり、さすがにチェスラスもこれには苦悶の表情を浮かべていた。羽を傷つけたからと言って飛べなくなるわけではないだろうけれど、魔力は下がった気がした。
『好機!』と思った瞬間だった。
(あっ、やばい)
ポロアさまの声が頭の中で響くと同時に、町中でさらに爆発と大きな地面が揺れる振動があった。
(俺の体……破壊されてしまったな……)
ポロアさまの悲しそうな声が聞こえてくる。
それと同時に、追い詰められたチェスラスが何かを仕掛けたのが分かった。
(これは各地の女神さまたちと人間との繋がりを切ったというやつか……)
不思議すぎる能力に僕は実感できずに戸惑っていた。
(そんなものに惑わされずに信じ続けていればいいんじゃないだろうか……)
(普通の人はそうもいかんよ。それは信仰自体がなくなってしまうということでもある)
ポロアさまの珍しく真面目な意見に残念ながら僕は諦めざるを得なかった。
「マーロンさま! 攻撃を中止してください。そして下がって!」
人と神を繋いできたものがなくなれば、加護も祝福もなくなる。
つまり、今、エイヴェリーを守っている加護も消えてしまい意識も失っているので矢を普通に受けてしまう。
「分かった」
さすがマーロンさまは、僕の言葉だけで事態を理解して手を上げて弓矢の攻撃を制止した。
「盾を構えよ! そのまま前進!」
マーロンさまの命令に、そんな訓練はしたことがないので戸惑う兵たちだったけれど、マーロンさまに近い部下たちはすぐに意図を察して隊列を整えた。
「チェスラスを逃がすな! 取り押さえろ。 エイヴェリー嬢を傷つけないようにな!」
飛ぼうとするチェスラスは魔法の盾で高度を抑えつつ、地面では盾を構えた兵たちが勢いよく突っ込んでくる。派手な押し合いを何回かした結果、チェスラスは揺らいでいた。
チェスラスと言えども、さすがに魔力が尽きた。
僕だけではなく、マーロンさまも兵たちもそう思った。
「魔族!」
その次の瞬間、数体の魔族が林の中から飛び出してきた。
「潜んでいやがったか」
クレイグもマーロンさまも、まさか本当に単身でここまで来ることはないだろうとは思っていたけれど、本当にあと一歩というところで出てきた敵の援軍に本当に無念そうな叫び声をあげた。
魔族は、ほんの数体。しかも一体は、チェスラスをかばいこの場を離れるように連れていこうとする。
それでも、ポロアさまの加護も祝福も、回復もなく。エイヴェリーの剣もない僕たちは、苦戦していた。
「待て! 逃げるな!」
僕は叫んだ。
意識を失っているエイヴェリーを抱えたまま歩いてこの場を去ろうとするチェスラスは、僕の方を一瞬だけ振り返って見た気がしたけれど、気にもとめない様子でそのまま林の奥へと姿を消していった。
もう、ポロアさまの声も聞こえない。
加護も祝福も与えられない自分は何の力もない。そのへんの町の男と変わらなかった。
魔族との戦闘ではただの足でまといだ。
「くそぉぉ」
僕は、エイヴェリーが連れ去られていくのを、マーロンさまの兵と魔族の戦いに阻まれてただ見ているしかなかった。
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