第48話 新しい魔王と新しい神さまの戦い(後編)
「そ、それじゃあ」
何が『それじゃあ』なのか。
我ながらもう少しましな言葉があっただろうと思いながらも、手を伸ばしてエイヴェリーの赤い髪をなぞりながら頭の後ろを抱えて引き寄せる。
(こんなに髪がサラサラだったのか……元々そうだったのかな)
頭に触れた感触に感動していると、エイヴェリーは僕の方をしっかりと向きながらそっと目を閉じていた。
頬は紅潮して、期待するかのように唇はわずかに前に突き出している気がした。
(可愛い。いや、これは単なる可愛らしい女の子というだけではない……そう神々しい。女性とか男性とかを超えた美しさが……)
このままずっと眺めて、気持ち悪い賛美を永遠にしてしまいそうになったけれど、クレイグやじいさんは今、まさに新しい魔王と戦っているのだった。
ためらったり、感動したりしている時間はない。急ぐんだとエイヴェリーの頭の後ろに回した手に力を込めた。
エイヴェリーの体はまだ簡易的なベッドに寝ていて、頭だけを起こしていた。
全裸の僕はそんなエイヴェリーの上から覆いかぶさっていく。
(変態みたいだけれど、もうプロポーズもして承諾してもらったし!)
さっきのことを思い出すだけで、自分への後押しも強くなり力強く唇を重ねていった。
(柔らかい。こんなに柔らかかっただろうか……)
ここで喜んでいる場合ではなかった。今するべきことは、ポロアさま御本人の魔力をエイヴェリーに与えることなのだ。
(落ち着け。以前にも口づけで魔力の補充はしているだろう。同じ様にすればいいんだ)
と思っても前回はエイヴェリーに吸われただけという感じだったので、自分からはどうすればいいのかを整理する。
覚悟を決めて、舌を伸ばしてエイヴェリーの唇を割って侵入しようとする。
びくりとエイヴェリーの体が震えた気がした。
(可愛い)
恥ずかしがりながらも受け入れてくれるエイヴェリーの可愛らしさに感激していた。
それどころではないと思いながらも、エイヴェリーをちょっと強引に攻めるのも楽しいなとか思ってしまった。
(そう。魔力を注ぎ込まなくては……)
と思うのだけれど、魔力をうまく操れないし見ることもできない僕は舌を深く入れて、可愛らしく舌で応じてくれるエイヴェリーと絡ませるくらいしかできなかった。
(よくやった。キーリー)
ポロアさまの声が聞こえた気がした。
魔力の補充は、うまくいったのだろうか。実感はなかったけれど、うまく受け渡せたのならよかったと思った。
(私はこの世界から消える。あとはこの娘を支えてやってくれ。今までありがとうな。)
「え?」
ポロアさまから軽い調子で、お別れの挨拶を言われた気がした。
思い出してみれば、確かにそんなことを言っていた気がするけれど、本当に『僕たちが信仰している神さまが消えてしまう』なんてことは起きないだろうとどこかで思っていた。
でも、ポロアさまの気配は弱く、とてもか細くなっていくのが分かった。
(人間は私のことを忘れるだろう。でも、お前たちだけ覚えてくれればそれでいい)
あっさりと。
ポロアさまらしくない爽やかな言葉とともに気配も消えた。
「ああ」
僕は嘆息しながら、洞窟の中から岩の天井を仰いでいた。
今、この世界は女神さまたちとも繋がりを絶たれて、ポロアさまも消えた。
僕たちの世界は、取り残されてしまった。
そんな思いに囚われてしまう。
神のいない世界で魔族と戦うことになるのだという絶望的な状況だけれど、それだけに足を止めているわけにはいかなかった。
「チェスラスを止めなきゃ」
でも、残念ながらポロアさまを失った僕には何の力もない。寝ているエイヴェリーをぐいっと引き寄せて座らせる。
もし、エイヴェリーがすぐには動けないなら、抱えて運ばないといけないと思ったところだった。
「ふふ。ありがとう」
エイヴェリーは、僕の腕の中で楽しげに笑った。
「え?」
さっきまでの魔力もなく、ずっと眠らされていて意識もはっきりとしなかったエイヴェリーとは明らかに違っていた。
「目が覚めた……だけでもないみたいだね……」
いつものリーダーらしい目の輝きを取り戻すと同時に魔力も充実していた。
でも、それだけではないのが抱きしめた腕からも伝わってくる。
「うん。なんだろう、これ……」
エイヴェリーは自分の体を確認するように、手を何回か握ったり開いたりしたあとで僕の腕から離れてすくっと立ち上がった。
「ああ、分かった」
エイヴェリーが何かに気がついたように顔をあげた。
僕にも分かってしまう。
これは単にすごい魔力が注がれたとかではなくて……エイヴェリーの中で再度作っているのだ。
そう、神さまを作り直している。
そんな状況なのだ。
「なるほど、これは、ポロアさまと一つになったのか」
暗闇になりそうだった世界に希望の光が差し込んだ気がしていた。
ただ、エイヴェリーのその言葉には、あのちょっと変態な僕らの神さまがエイヴェリーの中に入っていったみたいでちょっと頭が沸騰したような気持ちになってしまう。
いや、ポロアさまが、エイヴェリーの中に入っていったのはあっているのだけれど、ちょっと一つになったというのは認めたくない僕がいた。
「ふふ。とりあえず、あいつを倒してくるね」
そんな醜い嫉妬まみれの僕の気持ちをお見通しなように、エイヴェリーはウィンクしながら笑うとチェスラスに視線を向けていた。
「ふん」
気合いを入れるとエイヴェリーは、跳ぶように移動して僕の視界から消え去った。
『でも、武器が無いからどうしようか』と相談する前にエイヴェリーは、ネサニエルじいさんをかばい、チェスラスの懐に潜り込んでいた。
「危ない!」
そう叫んだけれど、エイヴェリーは腕を交差させると新しい魔王チェスラスの長い爪による攻撃を受け止めていた。
魔族の爪は、肉を斬り裂くことに関しては人間が使っている剣以上の鋭さがある。特にチェスラスの爪は別格の切れ味の鋭さがあるだろう。
でも、エイヴェリーの腕は傷ひとつついていなかった。
魔族の表情は遠くからだと分かりにくい。
ただ、チェスラスが驚愕したことだけはよく分かった。
すぐにエイヴェリーが反撃にでる。
武器はない。ただ拳だけがチェスラスのボディに放たれた。
「ぐっ!」
チェスラスは飛んで逃げていた。
すぐに連続した攻撃を受けないための判断だった。その迅速な判断は素晴らしいと敵ながらに思う。
ただ、一発だけだけれど確実にエイヴェリーの拳はチェスラスに腹に食い込んでいた。
結果、吹き飛ばされたようにさえ見えるその一撃だけで十分だった。
チェスラスは空中で血を吐いて体がぐらついた。ただ、さすがはすぐに意識を保つと戦う姿勢をみせる。
これはエイヴェリーの元々の戦闘技術に加えて、女性の体になっての独特の魔力による一時的な加速。それに加えて……ポロアさまの……いや、エイヴェリー自身が【祝福】を【加護】を使えるのだ。自らの意思で自分に対して。
「これは強い……」
僕と同じ思いをチェスラスが発していた。
「緒戦は最悪の結果に終わったということですね」
聖なる拳を受けた結果なのか本当に苦しそうな表情で、チェスラスは何度か大きく呼吸を繰り返す。
「だが、このままにはしておけません!」
呼吸が整い落ち着いた次の瞬間に、チェスラスは剣を抜いた。
「その剣は……」
チェスラスは、戦うだけなら自分で剣を振るうより爪で戦った方が強いのは明らかだった。
それまでは腰のあたりで飾られているだけだった剣には見覚えがあった。元々はエイヴェリーが持っていた剣だ。
「つまり、先代の魔王の血がついている剣……」
おそらくチェスラスの魔力が混ざることでこの世のあらゆるものの繋がりを斬れるものになっているふざけた剣だ。
「気をつけて」
「分かっている」
エイヴェリーも、あの剣についてすぐに理解しているようだった。
ただ、持っていればよかった剣をわざわざ抜いたのは、何か意味があると攻撃に備えていた。
とはいえ、もうエイヴェリーはこの世界でポロアさまと一つになっている。
それを斬れるものなのかという疑問は、僕だけでなくエイヴェリーも持っているようだった。
「斬ることができないのであれば、むしろ強固に結びつけてあげましょう!」
そう叫ぶと、チェスラスは渾身の魔力を含めた剣を投げた。
勢いよく放たれた剣だったけれど、エイヴェリーに当てる気は最初からなかったように見えた。エイヴェリーの近くの地面に突き刺さると振動とまばゆい光を放つ。
「くっ」
エイヴェリーは腕を交差させて、防御の構えをしていたけれどすぐにそれは失敗だったと悟った。
「逃した」
白くなった視界がはっきりと見えるようになるわずかの間に、チェスラスの姿はすでになかった。
残念そうにエイヴェリーは、ぼそりと一言つぶやいただけだった。
「派手に光ったのは、逃げるためのはったりだったみたいだね」
戦いは終わったらしいとは思いながらも、僕は、周囲を警戒してびくびくしながら、エイヴェリーに近寄っていく。
「でも、振動の方は意味があったみたいだ。守りを固めたのは失敗だったね。おそらく封じられた」
「封じられたって何? 魔力を?」
「いや、この土地に封じられた……かな」
「え?」
「この土地では強力だけれど、よその土地にはいけない体にされてしまったようだ」
「ああ、この土地の守護神みたいな存在……?」
大陸中に影響がある神さまになってしまうよりは、この周辺でだけ強力な信仰のある神さまにしてしまった方がましということか。
チェスラスという新しい魔王は、本当に色々考えて奥手の手を用意しているなあと敵ながらもう感心していまう。
「その呪いは……とけないのかな」
「なかなか難しそうだね。チェスラスを倒さないとね。」
エイヴェリーは、チェスラスが地面に突き刺した剣を拾い上げてじっくりと眺めて何かを確認していた。
用意周到なチェスラスの最後の備えに、感心しているようようだった。
「そうか……」
「まあ、オレはいいよ。キーリーは結婚してくれるんでしょ?」
エイヴェリーは突然、僕の方を振り返ると、物騒な剣を後ろ手に隠しながら、意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言った。
「……二言はありません」
僕ははっきりと言いきった。
プロポーズした時には神さまになるなんて思っていなかった。
色々と考えないといけないことはあるとは思うけれど、エイヴェリーのことをもう失いたくはなかった。
「え、あ、ああ、そうなんだ」
もう少し悩むかと思っていたのか、エイヴェリーは最初は驚いてはいたけれど、僕の言葉に嬉しそうにニッコリと笑っていた。
「女神さまの夫になるのは、ちょっと恐れ多いけれど」
「神さまか……。そうなのかな。うーん」
全然、実感がなさそうにエイヴェリーは首を傾げていた。
「でも、オレが神さまをやらないと、ポロア教の神官は路頭に迷っちゃうのか」
よく分からないけれど、困っている人がいるんだったらやらないとなといつもと同じようにエイヴェリーは言った。
「そうだね。僕が夫で、……そしてエイヴェリーの一番初めの信者だ」
その言葉にエイヴェリーは、満更でもなさそうな笑みで応じてくれていた。
ていた。
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