第42話 新しい魔王チェスラス

 マーロンさまもさすがに外で話すことでもないと思ったのか、お屋敷の中へと僕たちを招いてくれた。

「各地の魔族が、人類側の国に対して一斉に侵攻してきました」

 マーロンさま自身も興奮していたのか、いったん落ち着くためにお茶を飲んで一服する。

 お茶を片手に持ちながらゆっくりと話しはじめた。

 しかし、何だって僕たちみたいな冒険者をこうも丁重にもてなしてくれるのかは分からないまま、マーロンさま自らの説明を聞いていた。

「各地……。そんなにもう魔族は新しい魔王の元でまとまっているのでしょうか?」

「いえ、連携している様子は見られません。つまり、チェスラスの奴めがうまく他の魔族をそそのかして、人間側に攻め込むように促しているのでしょう。おそらく、次世代の魔族の地位をかけて」

 なるほど、魔族同士で争うの人間側の思うつぼなので、どれくらい人間の領地に攻め込めるかで競争しているということかと僕たちは納得した。

 魔王にはなれない。もしくは興味がない魔族であっても、新体制での発言力に大きく影響するのであれば、知らないふりはできないということなのだろう。

「賢いな。そして、人を……じゃなかった魔族を扇動するのが上手だな」

「しかし、ただ人間側に攻め込んでも被害がかなり出てしまうだけだと思うのですが……」

 エイヴェリーもクレイグも感心していたけれど、そんな一斉に攻めかかって何とかなるなら先代の魔王やもっと前の代からでもやっているだろうという気がした。もう何十年も魔族と人間は小競り合いを続けつつ現在の縄張りのままを維持しているのだから。

「そこなのです。何故、こんなにも強気に攻めてくるのかが分からなかった……」

 マーロンさまは、両手を目の前で組んで深く考え込むかのように、下を向いていた。

「何が……」

「今、この大陸中の女神と人間の繋がりが絶たれています」

「え?」

 僕たちはマーロンさまの言うことがすぐには理解できなかった。

 この間、ポロアさまについて言われたことがなければ、おそらくずっと理解できないままだっただろう。

「つまり、この土地の地下にあるというポロアさまの体みたいに、……例えばお墓を壊したとかそういうことですか?」

「そうです」

 マーロンさまは、本人が一番困っているという様子でうなずいていた。

「それだけのことで……」

「それが旧魔王と、チェスラスが持つ力をあわせた新たな力なのです。我々にも何か得体のしれない力があるとは思っていたのですが、まさかこんな力だとは思っておりませんでしたよ」

 マーロンさまは、困ったとか悔しいとかいう気持ちを超えて、また笑顔を見せていた。しかし、今回ばかりは『もうお手上げですよ』とでも言いたそうな雰囲気もある。

「……その御神体だか、なんだかを斬ったから、どうなったって言うんだ?」

 ずっと理解ができていなかったクレイグは、結局どうなったのかを忙しく聞きたがっていた。

「女神と人間の繋がりが絶たれた結果……【祝福】も【加護】も使えなくなりました」

「なぬ?」

 クレイグらしくないちょっとかわいらしい驚きの声だった。

「【祝福】も【加護】も人間の信仰に対して、神さまが応えてくれていたもののですが……チェスラスは、些細なきっかけから人間から信じる力を失わせてしまえるようです」 

「人間側の……信じる力……」

「つまり、今、王国の軍隊は、神官の祈りによって防御を固めることも、治癒で治すこともできなくなっています」

「……そりゃあ、大変だな」

 やっとクレイグは事態が飲み込めたようだったけれど、じゃあ、どうすればいいのかとしばらく腕を組んで考え込んでいた。

「人間は、曖昧な神様たちとの契約による奇跡に頼りすぎていたのかもしれませんね」

 マーロンさまは、笑顔のままそんなことを言う。

「人間の持つ治癒能力や、医者に診てもらうよりもお祈りで簡単に癒やしてもらえましたからね」

 神官としては、そんな簡単じゃないとか複雑な気持ちもあるけれど、エイヴェリーの言う通り、冒険者も軍隊も少し奇跡の力に頼りすぎなのではないかというのは分かる。

「マクワース国はキューティテの神官を雇っているだろ。カーシア王国はサーティテ。ウェルデン王国はセラーティア。ネンカは、星の女神の神官だっけか。わざわざ、お墓を暴いて壊したのか、御苦労なこった」

「いや、もっとも有名な女神さまたちは、この大陸の英雄との恋物語がありますから、英雄が祀られている場所か遺品さえ壊してしまえばいい」

「あー。それでいいのか。女神たらしの英雄さんのせいで魔族どもに楽させちまっているな」

 クレイグは、肩をすくめながらそう言った。神話時代の英雄さまもクレイグには言われたくないだろうと思う。

「神話の恋物語は、あとから付け加えられたものも多いと思います。ただ、人間側にちょっと不安を抱かせれば、そこにつけこんでくる能力みたいですからね。それで十分なようです」

「厄介だな」

「おそらく一時的なもので、放っておいてもいずれ元に戻るとは思いますよ。神さまの方が見捨てない限りはね。とはいえ、どれくらい続くのか分からないし、範囲が広すぎる。まさに厄介な相手です。今、未来が見えないのも魔法使いたちに『未来なんて見えるはずがない』と思わせているのでしょう」

 マーロンさまの説明にうなずきながらも、クレイグはにやりと笑った。

「とにかく、こんな今だからこそ。不人気でマイナーな男の神さまに仕える神官が大活躍なわけだな!」

 クレイグは、僕の方を見ながら親指を立ててそう言った。

「いや、ポロアさまは不人気ではないしマイナーでもないから……」

 僕はそう反論したけれど、各国が信仰する女神さまたちと比べてしまうとマイナーで人気がないのはその通りなので、段々と小声になってしまう。

「不人気かどうかはともかく、今、我々の存在は大陸中でも重要な存在になってしまったのは間違いがない」

 マーロンさまの言葉に僕たちやお屋敷にいる人たちも一気に身が引き締まる。

「そんな事を言っている私も、さすがにもう町に潜入されているとは思わなかったがね」

 自嘲気味に笑う。マーロンさまも優秀だけれど、魔族のチェスラスの素早い動きもやはり恐ろしいと思うしかなかった。

「ですので、どうか、エイヴェリーさまたちにはお力をお貸しいただきたいと思います」

 マーロンさまは、一介の冒険者である僕たちに丁寧に頭を下げて頼んできた。

 やはりマーロンさまも判断が的確で速い。エイヴェリーも頼もしそうにマーロンさまの手をとって応じていた。



 


「ま、当初の予定通り、マーロンさまに高待遇で雇われたってことだな。万々歳だな」

 僕たちは、マーロンさまに与えられた任務として町の周りを見回っていた。

 クレイグはいつも通りに軽口を叩いていたけれど、更に深刻になった事態にあまり楽しそうではなかった。

 思っていたよりも地味な任務になってしまったのが、つまらなさそうに見える。

「この町の警備は重要になっちゃったからね。魔族軍が攻めてくる可能性は少ないけれど、教会に侵入されるとかマーロンさまの命を狙われるとかあったら人類の危機だから」

 エイヴェリーは自分でもそう言いながら、ずっと緊張しながら普段は何もない町を怪しい人はいないか、飛んでくる魔族はいないかと見回るのはあまり性に合ってなさそうだった。

(それに、そういえば、チェスラスとかいう魔族は、海賊の親分の仇としてエイヴェリーにご執心なんだっけか……)

 まだ、この町にいることはばれてないのだろうか。何にせよ見回っているエイヴェリー自身も気をつけないといけないと、ちらりと前を歩くエイヴェリーの姿を見た。

「マリア姫さまやルーシー姉さんも大変だろうから、助けに行きたいんだけどね」

 僕はまだいいけれど、エイヴェリーやクレイグは国境に近いカッキーサの都にいたほうがいきいきしてそうだと思っていた。

「ま、マクワース国はでかいから、そこまで大ピンチにはなってないだろう」

 クレイグはちょっと楽観的にそう言う。

「そうだね。マリア姫やルーシー姉さんが心配だね。ふーん」

 エイヴェリーは一瞬振り返りつつ僕の顔に冷たい視線を向けていた。

「え、いや、あの、本当に心配だから、そう言った……」

 何に言い訳しているのか自分でも良くわからないまま、話しかけていたけれど、エイヴェリーはもう僕の方は見ずにすたすたと前に歩いていた。

(ええ~)

 不機嫌になるポイントが僕には分からずに困りながら背中を見つめていると、エイヴェリーに駆け寄り近づいていく人影があった。

「あっ、エイヴェリーさんですね」

「えっ、ああ、そうだけど……」

 前を歩くエイヴェリーに、少年が駆け寄り話しかけていた。十六、七歳くらいだと思うけれど、すらりとした体格であまりこの町にいなさそうな小綺麗な雰囲気だった。

 エイヴェリーは一瞬、身構えたけれど薪用の木を集めているような姿の少年に不自然なことはなさそうなので警戒を解いていた。

 強いて言えば、線が細そうな少年なのに一人でいるのが不自然といえば不自然だけれど、僕だってあれくらいの年には少しくらいなら町のはずれには一人で行っていた。そんなに違いはないだろう。

「この間の戦い見ていました。可愛くて綺麗なのに強いなんて最高です。握手してもらえますか?」

「あ、ど、どうもありがとう」

 少年はそう言ってちょっと強引にエイヴェリーの手をとり、握手を交わしていた。

 お屋敷前の戦いから、エイヴェリーを慕う町民が急増しているという噂だった。彼もまあそんな一人なのだろう。

 そうは言っても妙に綺麗な顔立ちの少年に握手されて、照れているエイヴェリーにちょっともやもやしてしまう。

「じいさん」

 僕は一応、横を向いて、じいさんに確認していた。

「変化ではない……」

 それなら安心だと思い、また前を向いて二人の様子を見ていたけれど、ちょっと歯切れが悪く考え込んでいるみたいなネサニエルじいさんが気になりはした。

「え」

 僕の場所からは、少年がエイヴェリーにキスをしようとしているように見えて思わず走り出すところだった。

 でも、キスしたわけではなくて、エイヴェリーの耳元で何かをささやいただけのようだった。

 エイヴェリーは後退り、しばらく少年の顔をじっと見つめて驚いている。

(なんだ?)

「変化ではないが……。誤魔化しているな」

 疑問に思っていると、ネサニエルじいさんが横でぼそりとつぶやいた。

「誤魔化す? 何を?」

 もう嫌な予感しかしなかったけれど、じいさんに確認する。

「羽じゃ」

「羽!」

 僕とクレイグは盛大に驚きの声を上げた。

 クレイグが全力で走り、飛びかかろうとする前に少年は後ろに飛んで逃げていた。

 そのまま、少年は空を飛ぶと空中に静止していた。

 羽をばたつかせているわけじゃないけれど、飛ぶことに魔力を使っているからだろう。今まで透明になっていて見えなかった羽や角が徐々に見えるようになってきていた。

「お前、あの海賊船にいた魔族」

 エイヴェリーは、上空に鋭い視線を向けながらそう言った。

 あまりにもあっさりと言うので、一瞬、間違いじゃないかと思ったけれど、それはつまり……。

「つまり、こいつが新しい魔王チェスラス」

 僕は驚きの声をあげた。

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