第41話 平和な町への侵攻
「本当に……こんなところに、魔族の軍が攻めてきたりするのかね」
クレイグは、両手を頭の後ろで組みながら平和そうな町を眺めながら先を歩いている。
未来視がどうとか知らないこともあるのだろうけれど、人々の生活は穏やかで何も変わっていない。商店の周りだけが賑やかで、空き地では子どもが楽しそうに走り回っている。
会談は終わり、大神官セスさまを教会まで送り届けた僕たちは、家までの帰り道でこれからどうするかを決めかねていた。
いつもなら、僕が案を出してエイヴェリーが即決する流れなのだけれど……。
今日は朝からちょっと気まずい……。というか避けられている気がする。
「魔族の国からは結構、離れているし、山の上だしなあ。魔族の軍がここまで進軍してくるのは大変そうだけれど……」
エイヴェリーは、クレイグに対してはいつも通りという感じで会話していた。
「大事なものがあるのなら、それでも来るのかな?」
エイヴェリーは、教会を振り返りながらいまいち理解できていないような顔で呟いていた。
「そのポロアさまの御神体は、奪いに来るのか? 壊しに来るのか?」
「壊すんじゃないかなあ……」
僕の方もクレイグとは、普段通りに話せている。
なんとか自然にエイヴェリーに話しかけられるタイミングを伺っているので、先ほどからの話は上の空で聞いているだけだった。
「はっきりしねえな。そもそも、こんなマイナーな神さまとの繋がりを切ったところで大したことないだろ」
「お、おい」
さすがに、ポロアさまの神官としてその発言は見過ごせずに突っ込んだ。
少なくともこの領内ではポロアさまの加護がなければ大問題のはずだとちょっと小声になりながら説教する。
「一応、ルーシー姉さんには伝えておいたよ。マクワース国なら自分たちで異変には気がついていて、姫さまが動いてくれるとは思うけれど……。優秀とはいえ、姫さまもまだ子どもだしね」
エイヴェリーは、僕の方を振り返ったりはしてくれずにそう言った。
パーティ全員への連絡。特にクレイグを中心にというという感じだったのでもやもやしてしまう。
「領主さまの軍に加えてもらうか?」
僕も、なんとなくクレイグの方を向きながらそう提案する。ただ、これに関しては決めるのはリーダーであるエイヴェリーだった。
「そうだな。戦争で役に立てる気はしないけれど、羽つき魔族がふらっと襲ってくるんだったらオレたちほど頼りになるパーティはいないだろう」
エイヴェリーは自信たっぷりにそう言った。
僕の方は全く見ずにだったけれど……。
羽つき魔族を二、三体倒したことがあるだけといえばその通りなのだけれど、それだけでも貴重な実績で、なかなか同じだけのことをしたことあるパーティはいないだろう。
「よし、じゃあ、マーロンさまに売り込みに行くか」
エイヴェリーがそう決断すると、僕を含めパーティ一同は賛成して手をあげた。マーロンさまが僕たちのことをどれくらい知っているかは分からなかったけれど、昨日の態度からしても酷い扱いはされないだろうと思う。
それに今は対魔族で少しでも信頼できる戦力が欲しいに違いないだろうから、良い売り込みのタイミングだろう。
僕たちは高待遇で迎え入れられることを期待して、足取りも軽くとりあえずマーロンさまに会いに行くことにした。
「あ、すいません。マーロンさまにお会いしたいのですが」
僕たちはマーロンさまのお屋敷に戻ってくると、見知った顔の衛兵さんに話しかけた……のだが。
「先ほど、視察にお出かけになられました」
素っ気なくそう返されてしまった。
マクワース国で姫さまに会いに行くような大変さはないのだけれど、マーロンさまは忙しく色々なところを飛び回っている。今のところはあまり領外にでることは少ないようなのが救いだった。
「分かりました。また昼すぎにでもきます」
僕は言伝をお願いしつつ、また後で来ることにしていったんお屋敷を離れることにした。
「じゃあ、昼まで遊んでいていいか?」
「朝から酒飲んでお姉ちゃんに声をかけそうだから駄目だ」
すっかり緊張感のなくなったクレイグを、エイヴェリーがたしなめる。
「心細いから側にいて欲しいんだな。そんな可愛いリーダーの頼みじゃ仕方ないな」
「うるさい。この馬鹿。この狭い町で問題を起こすんじゃないぞ」
すっかり見慣れたクレイグと女の子になってからのエイヴェリーのやり取りなんだけれど、今朝は僕がこの会話に入りづらいからなのか、妙に二人で仲が良いように感じてしまう。
実際、肩にまわした手をエイヴェリーは払いのけようとはしない。
(うーん。いつもならすぐに引っ剥がしていた気がするんだけれど……いや、こんなものだったか?)
「今の人は誰じゃ?」
悶々としていた僕にネサニエルじいさんが近づき尋ねてきた。
「誰って……マーロンさまに仕えているこの町の衛兵さんでしょ」
「昨日もこの町に入って来たときにお世話になったじゃないか」
大きな声ではなかったけれど、エイヴェリーやクレイグの耳にもちゃんと届いていて僕たちの方をちらりと見ながらそう答えていた。
「いや、昨日とは造形が違うな」
ネサニエルじいさんらしくなく、はっきりした声でそう言い切った。
「造形?」
エイヴェリーの足が止まった。
はっきりと僕たちの方を振り返り、驚いた目でじいさんを見ていた。そして、今度は相談したいかのように僕の方もはっきりと見てくれた。
「まさか……」
「いや、まさかね……」
「じいさんの目がますます悪くなっただけじゃねえの」
エイヴェリーと僕、クレイグもそれぞれ最初は笑い飛ばしながら、でも段々と深刻な表情になりつつ顔を突き合わせた。
「どう思う?」
「……オレは変化の専門家としての、じいさんの目を信じよう」
エイヴェリーは自分の胸に手を当てながら、そう決断した。
僕たちは、引き返しマーロンさまのお屋敷を物陰に隠れながら遠くから観察していた。
「他の衛兵さんもいるな」
それほど警備が厳重なわけではないけれど、正門だけでも衛兵が一人だけという時間の方が少ない。
それは領主のお屋敷としては当然で、むしろ田舎な町だからこそこれくらいの少ない警備なのだろう。
「じいさん、あっちの衛兵さんは不審なところはないか?」
「ああ、特に変化をしている感じはないな……」
「よし、じゃあ、オレがあっちの衛兵の注意を逸しておくから、三人は頼んだよ」
じいさんの返事を聞くとエイヴェリーは即飛び出していった。
少し回り込みながら、もう一人の衛兵さんに声をかけようとしているようだった。
「スディニア坊っちゃんに渡したいものがあるので、お屋敷の中に入らせていただけないでしょうか?」
エイヴェリーはそんなことを言っているようだった。
遠目から見てもちょっと胸を強調する姿勢で、上目遣いでお願いをする様子は可愛らしい。
素朴な衛兵さんは、分かりやすく照れていた。『中の人に許可をもらってきます』とでも言ったのか持ち場を離れて屋敷の中へと向かった。
(エイヴェリーは、そんなテクニックばかりうまくなって……)
ちょっと、いやかなりモヤモヤしつつも、それどころではないと気合いを入れた。
「よし、僕たちもいくぞ」
そう言って僕とクレイグとネサニエルじいさん。そして魔法人形を動かしつつ歩きだした。
一歩間違えれば、僕たちがマーロンさまの暗殺を企む一味になってしまう。
慎重にしなければいけない、でも迅速に行動しないと僕たちの方が危機になってしまう可能性がある。
「やあやあ」
クレイグと僕は、緊張しながらも陽気な声を出しながらフレンドリーに近づいた。
「そういえば、昨日のことなんだけれどさあ」
昨日も出会っている『はず』の僕たちに、どう反応するかを見ていたけれど衛兵さんは硬い表情のままだった。
身構えたりする前に、僕とエイヴェリーは歩きを止めずに左右に分かれた。それは逃さないためと同時に合図でもあった。
「じいさん!」
じいさんはすでに呪文を唱えていた。
簡単な短い魔法だ。
変化を解除する魔法が動けなくなっていた衛兵に当たる。
何もなければ、ちょっと光の玉が当たっただけで大したダメージもないはずだった……。
「きゃああ」
「ま、魔族!」
町の通りからその姿を見た娘さんの悲鳴があがっていた。
カッキーサの都ならともかく、魔族の国からも少し離れたこの平凡な町で、魔族がいることを想像したことさえもない人たちだった。
それなのに僕の目に前には、分かりやすく大きい体に立派な角の生えた魔族の姿があった。
「わあお」
隣で拘束していたつもりの僕とクレイグは、あまりにも強そうなその姿に転がるように逃げ出した。
「強い!」
クレイグも僕も意外な強さに驚いて何とか町へと向かったりしないように押し止めようとする。羽つきでこそないもののこんなにも力のある魔族がこの町にいることに驚いていた。
「ヒゲ!」
エイヴェリーの合図で、僕の足元から魔法人形のヒゲが前へと進み細長い槍を突き出した。
「とりゃあ」
衛兵だった魔族は、足元に注意をとられてしまった。その隙にエイヴェリーが斬りかかり、次の瞬間には首を落としていた。
「おお」
「すごい。何だあのお姉ちゃん」
鮮やかな手並みに僕もクレイグももうすっかり魔族キラーだなと見とれていた。町の人たちも大事になりそうだったのをすぐに解決してくれたことに、感謝をしてくれていた。ただ、あまりにも強いので称賛しつつも、少しエイヴェリーをも怖がっている空気さえあった。
「他は……大丈夫か?」
僕たちは、周囲を見回して、他の魔族が現れていないことを確認したけれど、ネサニエルじいさんにも他には怪しい人は見つけられないみたいなので一安心した。
「あとはマーロンさまにどう説明するかだけれど……」
そこは不安だったけれど、良くも悪くも見た感じいかにもな魔族だっただけに変な容疑をかけられることもないだろうと思う。
町の人もきっと証人になってくれるだろう。
そう思っていたところで、マーロンさまとその一団の姿が見えた。
マーロンさまをはじめ、先頭の数人の部下は、町の大通りを騎馬で駆け抜けてお屋敷前まで戻ってきた。
普段はのんびりと歩く人も多い町の通りを、土煙を派手にたてながら全力疾走する姿があった。
「あ、あの、これは魔族が人間に変化していましてですね……」
僕は、てっきりお屋敷前の騒動を聞きつけて慌てて戻ってきたのだと思って大慌てで一生懸命、説明をしようとする。
しかし、マーロンさまは先頭に立ち、僕たちを疑ってなどない態度を見せ、横たわっている大きな魔族の体でさえ一瞥したあとであまり興味がなさそうだった。
「エイヴェリー殿たち!」
マーロンさまの視線は、基本エイヴェリーに向いている。
剣を魔族の血で染めながらも、冷静な彼女に向かって、まるでマーロンさまがエイヴェリーに仕える臣下であるかのように下馬すると頭を下げながら大きな声で報告した。
「戦争です!」
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