第40話 『男に戻ってもいいか?』

 用意された家で過ごす初めての夜。

 僕はもう自分一人だけで使える部屋で眠れるのが嬉しくて、寝る準備を整えるとまっすぐ部屋に向かおうとしたところだったのだけれど……。

「キーリー。ちょっといいかな」

 廊下の奥から、エイヴェリーに手招きをされた。

 なんだろうと疑問を持ちながらついていくと、家の奥の少し突き出したテラスに出た。

「ああ、ここは涼しくていいところだね」

 ちょっと一息つけるいい場所だと思った。

 残念ながら、平凡な町の町外れの景色なので、夜だからと言ってとても素晴らしい眺めがあるわけではない。

 でも、僕の隣にいるエイヴェリーが寝間着ではないようだったけれど、いつもより薄着で髪が風になびいてる光景は何よりも素晴らしい眺めだと思った。

「キーリー」

「う、うん」

 真剣な雰囲気ながらも、エイヴェリーの視線が珍しく泳いで表情も少し照れているように見える。

「これは、わりと真面目に聞くんだけれど……」

(こ、これはもしかして……)

 愛の告白とか…。

(もし、そうなら……僕はどうする?)

 気持ちの整理が追いつかずに、僕は内心では動揺しまくっていた。何とか挙動不審にならないように頑張るけれど、もう手遅れな気がする。

「キーリーは、オレに男に戻って欲しいと思うか?」

「え?」

 ちょっと意外な質問に僕は、しばらく考え込んでいた。

「ええと。だってもう、スディニアちゃんは育ててくれる人が見つかったから……お、おっぱいをあげる必要もないし……女の体でいる必要もなくなったのだけれど……」

 エイヴェリーも話しながら、自分でもどうしたいと考えているのか一旦止まってから切り出した。

「キーリー次第で、戻るかどうか決めようかなと」

「なんで僕?」

 その問いにはエイヴェリーは答えてくれなかった。

(あれ? やっぱりこれは愛の告白なのだろうか……)  

 僕が好きなら、この姿のままでいてくれる?

 いやいや、そんなのはちょっと思い上がりすぎだろう。

 そんな言葉が頭の中で駆け巡っていた。

「え、ええと。そうだね。僕としては、そのままの姿でいて欲しいかな……」

 僕のその答えに、エイヴェリーの表情は一瞬で、ぱあっと明るくなった気がした。

「そうか。……そうか。そ、それってつまり……」

「い、いや、ほら……。その体の方が強いみたいだし……」

 嬉しそうに僕に近寄ってきたエイヴェリーが、僕の言葉で固まった。表情も氷のように冷たく、またじっとりとした蔑んだ目になっていく。

「あ、戦力としてね。ああ、そうですよね」

 目を逸して、徐々に僕から離れていこうとする。

「い、いや、あの……。せ、戦力ってだけってことはなくて……、ほ、ほらスディニアちゃんのためとか……」

「今なら、オレは男でもかなり強いと思うよ。ふーん。そっか、じゃあ、男に戻っちゃおうかな」

 エイヴェリーはもう僕の言葉は届いてないようで、ぶつぶつ言いながら、テラスから家の廊下に戻ってしまった。


 




 次の日、領主マーロンさまと大神官セスさまの会談が急遽、開かれることになった。

 

 僕は神官見習いでしかないのだけれど、セスさまにもマーロンさまにも特別についてくることを許された。

 僕たちパーティはセスさまの護衛という顔をしながら、お屋敷に入る。

 ただ、最初は、僕たちはもちろんマーロンさまの重臣も先日、食事をした部屋で待機させられ、マーロンさまとセスさまだけで話し合われていた。


(き、気まずい)

 なぜと言われてもうまく説明できないのだけれど、エイヴェリーとは昨晩から気まずい空気のままだった。

 露骨に避けられたり文句を言われたりとかはないのだけれど、微妙な距離感で僕に話しかけてくれたりはしてくれない。

  

「スディニアは、どうですか? 泣いてませんか?」

 エイヴェリーは、その間に一人離れて、乳母さんに抱っこされているスディニア坊やの様子を見に行っていた。

 まだ一日も経っていないのに、エイヴェリーは会いたくて仕方がなかったようだった。

「おー。よちよち」

 僕はちょっと贔屓目なのかもしれないけれど、乳母さんに抱っこされているときよりエイヴェリーに抱っこされたときの方が、スディニア坊も落ち着いていて嬉しそうに見えてしまう。

 

 エイヴェリーがスディニア坊と乳母さんと楽しそうに過ごしているのを僕も少し離れたところから見て和んでいたけれど、マーロンさまとセスさまが話し合いを終えて戻ってくると一気に部屋の中は緊張した空気になった。

 普段は穏やかそうに見えるセスさまもマーロンさまも、僕たちを安心させようと静かに手をふりながら楽にしてくれと言っていたけれど、表情にいつもの笑顔は見えなかった。

「伝えるかは悩んでいたのだが、実は今朝から未来を見ることができなくなった」

 マーロンさまはそう切り出した。

 その言葉に、マーロンさまの部下たちが一瞬、騒がしくなった。

「残念ながら、この町だけではなく大陸中の各地で契約している魔法使いもおそらく同様のようだ」

「それは……我々に未来がないということでしょうか?」

 心配そうに武官らしき人が手を上げて聞いていた。

「さすがに、この一年で大陸が消滅したり、人類が消え去ったりということはないだろう。あくまでも未来を見ることを妨害されているようだ」

「妨害……大陸中で……なのか……」

 マーロンさまの説明に、僕の側にいたネサニエルじいさんやマーロンさまに仕える魔法使いが驚いたような反応をしていた。魔法使い的には、そんな面倒なこと考えもしなかったという驚きらしい。

「とはいえ、今までの未来視や各地の情報を集めた結果。おそらく魔族は近々、人間の国に大規模な攻撃をしかけてくる」

「攻撃ですか? 内輪もめをしている魔族にそんな余裕があるのですか?」

「後継者争いはもうほぼ終わった。しばらくはないと思って油断している隙をつこうというのだろう」

 マーロンさまと部下の武官の人たちは、部下の人たちはやはりそんな攻めてくる余裕などないのではという顔をしていたが、マーロンさまの今までの実績を信じて領主さまの言う通りにしようという覚悟があるようだった。

「承知しました。では、マクワース国を助けて借りを作る準備でもいたしましょうか?」

 そう言って部下たちは勇ましい態度を見せていたが、マーロンさまは両手を落ち着かせるように前に広げていた。

「いや、おそらくこの町も危機になる。うかつに戦力は割けない」

 マーロンさまはそう説明すると今度は変なざわめきが起きていた。

「この町が……ですか?」

 部下たちも首をひねる。

 この一帯の領土を治めるマーロンさまの直属の部下で、この町に滞在している部下たちだというのに、『こんな辺鄙で普通の町にわざわざ攻めてきたりはしないだろう』と思っているようだった。

 まあ、正直なところ僕もそう思う。 


「ポロアさまのお告げだ」

 マーロンさまの説明に、一同の注目はセスさまに向いたがセスさまが特に何か演説することもなかった。

「うーん。でも、この地方のどこをわざわざ攻めてくるんですかね」

「この町の教会の地下には、神話時代のポロアさまの亡骸がある」

 まだまだ半信半疑なマーロンさまの部下たちに対して、セスさまが口を開いた。

「ああ、この町に」

 神官はもちろん知っているけれど、神話を読んだり聞いたりしたことがある人なら、その話は有名だ。この周辺にポロアさまの信徒が多い理由とも言われている。

「おそらく、神々と人間の絆を断ち切ろうとしている」

 大神官セスさまは、そう言い切った。

 ただ、僕たちもだけれどマーロンさまの部下たちには、スケールが大きすぎて結局、何が危ないのかまだ分かりかねているようだった。

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