第39話 ポロアさまのお言葉

 つまり、新しい魔王に、前の魔王の血……というか魔力を引き継がせるとヤバいらしい。

 

 血筋ではなく実力主義な魔族は、普段は死に際に有力者に継承するものだけれど、今回はいきなり一人離れたところで死んだのでそんな余裕もなかった結果。次の魔王の座を争いが起きている。

 だから、先代魔王の最期の血を探している。

 いや、もう『探していた』なのか。


「そうは言っても、もう俺たちにできることはねえだろ」

 クレイグはぶっきらぼうにそう言っていた。

 褒められた態度ではなかったけれど、その通りだとは僕も感じている。



「そうですね。あとはマクワース国や我が軍の仕事です。あとはお任せください」


 マーロンさまもそう言ってくれたので、僕たちはマーロン領主のお屋敷をあとにして今夜の宿に向かっている。


「あのまま領主さまのお屋敷に住まわせてくれそうな感じだったけれど……」

「マーロンさまは色々と慌ただしいだろうから……それに、あらかじめ教会に泊めてくれる場所を用意してもらっていたから」

 エイヴェリーはスディニアちゃんの側にいなくて本当に大丈夫か、不安だったのようで、何度も領主のお屋敷を振り返っていた。


 数分後、町外れのあまり人通りもない場所にある家の前に僕たちは立っていた。

「おおー」

「結構、いい家なんじゃねえ」

 ネサニエルじいさんが珍しくいい反応をして、クレイグも同じ様に喜んでいた。

 古くはあるし、庭はほぼない中にある木造の平屋だったけれど、ちゃんとした一軒家だった。

 大人四人で暮らすには少し狭く感じるかもしれないけれど、無料で住ませてくれることを考えれば文句はなかった。

 魔法使いには、落ち着ける部屋が確保できることが重要なので特にじいさんが喜んでくれていた。

 

「キーリー、久しぶり」

「よく戻ってきたな。なんか都でやらかしたんだって?」

 後ろから、懐かしい声が聞こえてきた。

「タイロン! デクランさん! お久しぶりです」

 僕は両手を広げて二人を迎え入れようとしたけれど、二人はそんな手を無視して僕の頭を左右から抱えてくる。

「ぐええ」

 頭を揺らされて苦い声が出てしまったけれど、それさえも懐かしいと思ってしまう。

 隣でエイヴェリーもクレイグも、格好からして二人が僕と同じような若い男神官なのは分かるけれど、これは本当に苦しくて助けに入った方がいいのか、じゃれ合っているだけなのか判断しづらくて悩んでいるようだった。

「あ、ええと。こちらはタイロンとデクランさん。僕と同じくポロアさまに仕える神官で……この街で一緒に過ごした兄弟子のような方たちです」

 僕の説明で、今にも割って入りそうだったエイヴェリーもクレイグも安心してくれたようだった。

「こっちは、一緒に旅をしているパーティの……エイヴェリーとクレイグ、そしてあそこにいる魔法使いがネサニエルさん」

 手荒い歓迎から開放されて、今度は僕のパーティメンバーを紹介する。

「え、あ、どうもはじめまして」

 弟が世話になっていますという兄のように、丁寧に挨拶をする二人だったけれど、分かりやすく二人はエイヴェリーを眩しそうに見て止まっていた。

「こ、こんな美少女と一緒に旅してるの?」

「一緒に寝泊まりしてるの? するの?」

 エイヴェリーの顔を見たあと、タイロンたちが自分でわざわざ手配してくれた家を見上げたりしながら、羨ましそうに僕の胸ぐらを掴んで問いただしてきた。

「キ、キーリー。だ、大丈夫か?」

「普段、お固い生活をしている反動なんだろ。男ばかりの集団で育ってきたんだろうから、ふざけているだけだって」

 エイヴェリーは自分が原因で、さっきよりも苦しそうな僕の姿を見てさっきよりおろおろとしていたけれど、その様子を見てクレイグは笑っていた。

 それはクレイグの言う通りなのだろうけれど、本当に一瞬、首が強く締まって意識が飛びそうになる。

「ぜーはーぜーはー」

「あっ、でもキーリーはまだ修行中の身だからな。駄目だからな! エッチなことは」

 やっと放してもらったら、二人はそんなことを言ってきた。

「あ、俺たちは正式に神官になりました」

「だから、嫁をもらってもいいんですぅー」

 何か、先輩二人が勝ち誇っている……。

「まあ、嫁になってくれそうな人には、全く出会えないけれどな……」

 でも、すぐに落ち込む演技で僕たちを笑わせていた。

「お嬢さん、いかがですか? よろしければ、私がこの街を案内いたしますが」

 デクランさんは、エイヴェリーの手をとりながらキリッとした表情を作ってそう誘った。

 冗談っぽい演技なのは誰にでも伝わるけれど、それと同時にあわよくば本当にお近づきになりたいという希望も透けて見えてしまっていた。

 クレイグは普段なら、エイヴェリーを口説こうとする男が現れると明確に邪魔したり威圧したりするのだけれど、『この神官どもは女を口説くことにかけては雑魚だ』と認定したようで、邪魔することさえなかった。

「あはは、大丈夫です。案内でしたらキーリーがおりますから」

 エイヴェリーは笑顔で傷つけないようにしながらも取り付く島もない態度で、軽くあしらっていた。

(すっかり慣れたものだなあ……)

 カッキーサの都にいたのは一月にも満たないのだけれど、それだけでもすごい数のお誘いを断ってきた結果かなり洗練されてきている気がした。もちろん、本人が自由に強いから、野暮で強引なお誘いも気にしないというのもあるのだろうけれど。

「くう。残念」

「お姉さんは、キーリーとはどんな仲なんですか?」

 もてない二人の先輩も悔しがったあとで、本当に聞きたいのはそこなんだろうなという質問をしていた。

 まさか、『あいつは神官見習いの身で美少女と交際していました。けしからんです』と密告したりするつもりはないだろうけれど、からかいたいであろう気持ちは大いに伝わってきた。

「私たち。どんな仲ですか?」

 エイヴェリーは可愛らしく首を傾けて僕を少し下から覗き込むように聞いてきた。

 ちょ、ちょっと可愛すぎ。反則でしょ。

『私』なんてエイヴェリーの口から初めて聞いて、明らかに動揺しまくった僕は、何とか冷静になろうと可愛らしい表情を見ないように目をつぶり、なんとかときめかない時のエイヴェリーの表情を思い出そうとしていた。  

「そ、その人は僕たちのパーティのリーダーだし、細く見えるけれどモンスターみたいに強いからね。あ、そう。この人は今は可愛らしい美少女の姿だけれど、本当は男だから」

 昔の姿を思い出しても、結構かわいいなという謎の感想になってしまったので、頭から振り払いつつ言葉にしつつ冷静になろうとした。

「ふーん」

 その結果、エイヴェリーはとても不機嫌そうにじっとりと蔑んだ目で僕を見ていた。

 ちょっとその蔑んだ目で見られるのもちょっといいとか思ってしまった僕はまた頭を振り払う。

「えっ、男?」

「そうですー。オレは元々男です。だから、キーリー君もオレに興味はないそうです。修行中なのでやましいことはしておりません。ご安心ください」 

 エイヴェリーは淡々と言いながらも、時々、棘がある声な気がした。うん、僕に対して。

 そのまま、驚いている先輩二人の横をすり抜けながら、離れていってしまった。

「男か……」

「いや、でもあれなら元が男でも全然いいな」

 一瞬、残念そうにしていたけれど、すぐにエイヴェリーの後ろ姿を……特にお尻から脚のラインを楽しそうに眺めていた。

「分かる分かるぜ。やるじゃねえか兄ちゃんたち」

 クレイグがエイヴェリーを褒められて嬉しいのか、大きくうなずいていた。

(ややこしくなるから、そこは仲良くならないでくれ!)

 

 

「キーリー」

 若い男たちのむさ苦しくも楽しそうな騒ぎを見ていると後ろから声をかけられた。

「セスさま。お久しぶりです」

 よく知った声だったので、振り返って姿を確認するまでもなく僕は返事をした。

「久しぶりだな、よく帰った」

 そう言いながら、セスさまは僕を軽く抱きしめて歓迎する。

 僕の育ての親と言っていいセスさまからは、僕はいまだに小さな子どもの時と同じように見えているのだろう。頭を何度も撫でられてしまうとさすがに照れくさくなってしまう。

 背が高くスラリとしているのは昔のままなのだけれど、帽子から溢れる髪はかなり白いものが多くなっている気がした。

 昔は大きく逞しくも感じた体は少しやせていて、どちらかというとネサニエルじいさんに近い雰囲気になっていると感じて少し目頭が熱くなってしまう。

「お、その方は?」

 クレイグも少し離れていたエイヴェリーも興味を持って近づいてくる。

「セスさまです。この町の偉い神官で、僕の育ての親みたいな方です」

「それはそれは、いつもキーリーにはお世話になっております」

「お、お世話になっております。エイヴェリーと申します」

 紹介すると、クレイグもいつになく丁寧に挨拶し、エイヴェリーはぎこちなく緊張したように頭をさげていた。

「おお、君も可愛らしいお嬢さんも、キーリーを助けてくれてありがとうね」

 穏やかながらもセスさまの人徳ある雰囲気に、クレイグもエイヴェリーも姿勢を正して聞いていた。

 本当は昔、セスさまとエイヴェリーは会ったことがあるのだけれど、お互いに、特にエイヴェリーは容姿が変わっているので気がつかないようで初々しい挨拶を交わしていた。

「ですが……もう、この町の神官ではなく、大神官なのですよね?」

 西部を中心に大陸中を回っていると聞いたので、会えないものだと思っていただけに僕は驚いていた。

「そうなのだが……この町の危機かもしれないのでな。戻ってきた」

「この町の危機?」

 僕のために戻ってきてくれたわけではないことにちょっとがっかりしたけれど、この町の危機と言われれば緊迫した空気になってしまう。

(しかし、この町に何が……?)

 あらためて周囲を見回してみる。

 この町は、ポロア教にとっては聖地と言っていい場所らしいけれど、それ以外は本当に普通の町だ。強いていえば、最近話題のマーロンさまのお屋敷があるくらいだけれど、マーロンさまもこの領内に拠点はいくつもあってずっとこの町にいるわけでもない。

「キーリー。お前、ポロアさまの声を聞いたか?」

 『何があるのですか?』と聞こうとするまえに、セスさまにそう尋ねられた。

「え、あ、……はい。おそらく」

 話していいものなのかちょっと悩んだけれど、ポロア教の大神官で僕の育ての親に話さずに誰に話すのかと思ってうなずいた。

「そうか。お前には、どんな話をした?」

 セスさまは、僕にそう尋ねた。

 後ろでは、正式な神官なはずのタイロンとデクランさんが『本当にそんなことがあるのか』とざわついている。

「えっ、こ、この娘がお気に入りみたいな話ですかね」

 しばらく悩んでポロアさまの言葉を思い出そうとしたけれど、記憶にあるのはどうしてもそれくらいだった。

「ふむ、このお嬢さんは何か訳ありだったりするのかね?」

「訳あり……?」

 何が聞きたいのか分からずに、まっすぐ立っているエイヴェリーと一緒に悩んでいたけれど、ポロアさまの言葉を思い出していた。

「ええと、元々は男です」

「ちょ、キーリー」

 今はあまりバラして欲しくないのか、エイヴェリーはあっさりと僕がばらしたことに抗議していた。

「……なるほど、ポロアさまが好きそうだな」

 あ、それで納得しちゃうんだ。

 そう思ったけれど、つまりはセスさまもポロアさまの声を聞いて、この町に来たのだろうか。

「どうやら、本当に危機みたいだな」

 セスさまがため息まじりに言うのを聞くと、急に僕も怖くなってきてしまった。

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