第38話 マーロンさまの笑み
「気にすることはありません。遅かれ早かれチェスラスは魔族のトップに立っていたことでしょう」
あくまでも冷静にマーロンさまは、そう言って僕たちを慰めてくれていた。
「何が正解だったのかなど、誰にも分かりません。ただ我々はスディニアさまと出会えた。皆様とも出会えた。この時点で奇跡なのです。さあ、今夜は祝うべき日です。一緒に食事にいたしましょう」
適当なことを言って誤魔化しているのではと思いまだどこか落ち込んでいた僕たちだったけれど、目の前のテーブルに温かい食事が運ばれてきて、並べられていく。
旅で疲れていた僕たちには、少々の罪悪感など吹き飛んでしまうくらいのごちそうだった。
みっともなくかぶりつきたい気持ちを抑えて、何とか礼儀正しく領主さまとの会食の席を楽しむことにする。
「スディニアさまは、魔族たちの国から戻ってこられない未来もあったのです。いや、これもきっとポロアさまのお導きでしょう」
そう言って、マーロンさまは酒を掲げて上機嫌に僕たちを祝福してくれる。僕が神官だからとか信者が多いこの地方だからとかではなくマーロンさまは本当にポロアさまを信仰してくれているようだった。
(本当にポロアさまが何かしてくれたのかなあ)
僕はポロアさまのこの間の言動を知っているだけに、疑問に思ってしまう。
ただ、確かに将来、王になるなんて知るはずもないスディニア坊がいたあの馬車に乗って連れて帰れたのは我が主のお導きがあったのかもしれない。マーロンさまも祈って見守るしかなかったのだろう。今までと違い酒が入り上機嫌になっている気持ちも分かる。
「海賊どもがどうなろうと些細なことです。……ただ」
「ただ?」
「チェスラスはご執心らしいですよ。赤い髪の少女剣士に」
真剣な目をしていたけれど、マーロンさまは楽しそうに笑う。おそらくこの方は、困難な状況をも楽しめる人なのだ。
ただ、僕たちはそんな人間ができているはずもなく少々のことでは動じないエイヴェリーでさえとても嫌そうな顔をしていた。
「海賊の親分の仇ということでしょうか」
「そうですね。それだけではないかもしれませんが、」
マーロンさまはまた楽しげに笑みを浮かべながら、グラスに入った酒を飲み干していた。
「マーロンさま!」
もうこのまま、みなが良い気分になって会食も終わりだろうと思っていたところで、マーロンさまの家来らしき人が少し慌ただしげに近寄ると何やら耳打ちしていた。
「じいさん」
それと同時に僕たちのところにも魔法の鳩がもう眠そうなネサニエルじいさんのところに飛んできていた。
うとうとしているじいさんを支えながら、魔法の鳩がじいさんの肩に止まるのを確かめて足に結ばれていた手紙を受け取った。
「同じ内容ですかな」
「おそらく」
先ほどまでのほろ酔い気分だったマーロンさまは、まるで酒など飲んでいなかったかのようにはっきりとした言葉で、僕が持っている手紙に鋭い視線を向けながら聞いた。
「マクワース国のマリア姫さまからです」
手紙を広げながら、僕は分かってはいたけれど差出人を確認した。
ただ、その瞬間、お屋敷の従者たちから静かなどよめきの声が起きる。
そういえば、すっかり慣れてしまっていたけれどマリア姫さまは、マーロンさま以上の有名人だったのだと思い出していた。
ただ、マーロンさまはすでに予測していたのか、それとも僕たちの間柄は調査済みなのか落ち着いたままで、僕たちの次の報告を待っているようだった。
「魔族による国王陛下の暗殺未遂事件が起きたと……」
その言葉に、またお屋敷にいる領主の部下や家人たちがどよめいていた。ただ、マーロンさまはまた静かに聞いているだけで特に反応がないままだった。
「ですが、マリア姫たちの活躍で国王陛下も無事だったとのことです」
その言葉に、僕たちも含めこの部屋中がほっとした雰囲気になっていた。
手紙ではマリア姫さまは、ルーシー姉さんの活躍を褒め称えていたけれどおそらくそれは姫さまの指示があってのことだろうと僕たちはうなずきあう。
それでもルーシー姉さんに対して、よくやったと僕たちも誇らしくなっていた。
「あの国王を討つことにあまり意味があるとは思えない。何か他に狙いがあったのでしょうか」
マーロンさまはあくまでも冷静に……というかかなりマクワース国の国王に対してかなり失礼なことを言いながら腕を組んで考え込んでいた。
スレネス領は自治を認められているけれど、事実上マクワース国の属国だった。対外的にはマクワース国の一部ではあるけれど、独立している。独立はしているけれど、経済的には依存している。
ただ、そんな微妙な関係もここ数年で変わりつつあった。経済的にも独立しつつあるスレネス領の優秀なマーロンさまにはマクワース国のことが無能で邪魔な存在に見えているのかもしれない。
「あとは……赤い髪の少女を探していたと……」
手紙の最後におそらくルーシー姉さんが、『注意してね』と付け加えてくれた報告があった。
その文言を見て、さすがにエイヴェリーも表情を硬くしていた。
「やはり、チェスラスの手下がすでに人間に扮してマクワース国に潜り込んでいるようですね」
マーロンさまはこれに関しても全く驚く様子もなく、腕を組んで狙いは何かを考えこんだままだった。相変わらず少し余裕のある笑みさえ見える。
「マリア姫さまも、ある程度は分かっていたのかもね」
エイヴェリーは、手紙を覗き込んでいた顔を上げる。僕と触れ合いそうなくらいに顔が近い距離で笑顔になりながらそう言った。
無能な国王陛下や偉い人を説得できずに都から僕たちを追い出さざるを得ないという態度をとっていたけれど、実際のところはそれに乗じて僕たちを逃がそうとしてくれていたのかもしれない。
(うーん。でも、それなら最初、僕だけをさっさと逃がそうとしていたということに……)
僕もまあ、海賊の親分の仇といえば仇ではあるだろうけれど……。
エイヴェリーは強いからそんなに心配していなかったということなのだろうかと思ったけれど、僕なんかを狙うことはないだろうにと、ちょっともやっとしていた。
「あと、エイヴェリーの剣が盗まれたらしい」
手紙の最後の最後にそんな報告が付け加えられていた。
「剣?」
もう手紙は読み切ったと思い、僕からも離れたエイヴェリーは『なんだったっけ?』という顔をしていた。
「先の魔王を倒したという証明に、マクワース国に提出してたじゃないか」
「ああ。そうだったね」
おそらく、もうマクワース国から恩賞が出たりはしないと思っている。もし恩賞が出るとしても、それはマリア姫さまが働きかけてくれたからということになるだろうから、もう証拠の品の存在は僕も興味をなくしていた。
特別な剣というわけでもなく、すでに新しい剣も手に入れて馴染んでいるだけにエイヴェリーもそれほど気にはしていないようだった。
「それはつまり、前の魔王の血がついている剣ということですか?」
しかし、 マーロンさまが、腰をあげて前のめりで尋ねてきたのが意外だった。
「はい。そうです」
海賊たちとの戦いでも使ってしまったので、もう魔王の血なんてついていないかもしれませんけれどと付け加えたが、マーロンさまは深刻そうな表情になっていった。
「なるほど……。チェスラスの狙いはそれですか……不味そうですね」
僕たちはそんなにあの剣に価値がないと思っていたのだけれど、マーロンさまは組んでいた腕を解き、テーブルに置いてじっと真剣な眼差しで前を見ていた。
今回ばかりは、困難な状況を楽しむような笑みは見えないのが怖かった。
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