第36話 「おお、王よ」

「ん。そこのパーティ。ちょっと止まれ」

 もう目的地であるスレネスの町は目前というところで、衛兵に呼び止められた。

「僕がこの町にいた時には、衛兵さんたちも特に調べることもなく通してくれたんだけどね」

 何か不手際があったかと不安そうなエイヴェリーとクレイグに対して、僕はそう言って落ち着かせようとする。二人の警戒が解かれたわけじゃないけれど、僕たちは大人しく衛兵たちの出方を窺うことにする。

「ああ、あんたはポロア様の神官かい」

「はい。まだ見習いですが……あの、何かあったのですか?」

「ああ、いや、最近、魔族の動きが活発でね。こんな内陸にはこないとは思うんだけど、警戒しておくにこしたことはないからね」

 ポロア教の神官である僕の姿格好を見て、かなり和んだ雰囲気で衛兵は話してくれるようになった。

「別にあんたらを取り締まるわけじゃないよ。むしろ守ってやらないとね」

 衛兵は不安にさせないように笑顔を作りながら、僕が差し出した証明書を受け取った。僕はこの街の出身なのだから、別に見せる必要もないのだけれど、きっと見せた方が早いだろうと判断した。

「カッキーサの都から来たのか、しかも、この書類、王室発行か。すごいな。軍人な俺でも発行してもらったことないぜ」

 予想通り、マリア姫さまがくれた品の数々の効果はこんな田舎町には絶大で、あっという間に信頼してくれたようだった。

「でも、あんたら先の魔王を倒したっていうパーティじゃないよな」

 証明書を僕に戻しながら、衛兵はそう聞いてきたので僕はびくっとしてしまった。

「いや、次の魔王を狙っている有力魔族が血眼になって狙っているっていうからよ。そうだったら、領主さまにも話して警備を厳重にしないとな」

 僕たちを捕まえるとかいうことはなさそうな口ぶりだったので、『どうする?』とエイヴェリーに視線を送ったけれど、ただ軽く首を横に振って返してきた。

「ああ、そっちは女の子で……、お前さんが背負っているのは赤ん坊か。じゃあ、関係ないな。気にしないでくれ、スレネスの町にようこそ」

 衛兵は、エイヴェリーや僕の背中に背負われている赤ん坊を見て、勝手に納得したようでそのまま下がっていった。


「守ってもらえたかもよ」

 早足で歩くエイヴェリーに、僕は後ろから声をかける。

「魔族たちが、あんなに綺麗に人に化けられる以上、秘密にしておいた方がいいと思う」

 エイヴェリーはちらりと振り返りながらそう言った。

「変に巻き込んでしまうのもよくないし……」

「ま、そうだな。報酬をくれる相手でもなければ秘密にしておいたほうがよさそうだ」

 クレイグもちょっとつまらなさそうにそう言った。以前は、魔王を倒した勇者パーティとして、都でもちやほやされて女にもてまくる妄想をしていたのに、今はだいぶ現実を見てしまったようだった。

「いずれ、助けを求めることもあるとは思うんだけどね」

「その時がきたら、その時に改めてお願いをすればいい」

 僕の言葉にもエイヴェリーはそっけない反応だった。

『少数の魔族なら、オレたちだけで相手をしたほうが被害は少なくていい』と言いたいようだった。軍人さんが聞いたら憤慨しそうだけれど、実際のところそうなるだろう。

「それで、当面の宿はどうする? 教会に住まわせてもらえたりするのか?」

「そうだね。ずっとは難しいかもしれないけれど、とりあえずは泊めてもらえるんじゃないかな。聞いてみるよ」

「頼んだ。それに、あと……この子をひきとって育ててもらえるかを……」

 エイヴェリーは僕が背負っている赤ん坊をじっと見ていた。

「い、いや。ポロア教が腐ってないかをちゃんと確認してからだな」

「え、ええ?」

 そりゃあ、僕だって数年ぶりだから変わっている可能性はあるだろうけれど、信頼できるからこそ連れてきたというのにいきなり厳しいことを言う。

 確かに都にもかかわらず孤児院とかはかなり酷かったので、この子を任せる気にはなれなかった。実際に見てみないと分からないというのも理解できる。

(でももう、実際にはこの子に愛着ができて離れたくないんだろうな……)

 この赤ん坊と出会ってもう一月ほどになる。

 最初は、かなり弱っていたのが徐々に元気になり、今振り返っても笑った顔はとても可愛らしい。

 僕でさえ、何度ゲップをさせて、おむつを替えてあげただろうと数えてしまう。

 乳をあげて、夜中に泣いていたらあやしていたエイヴェリーなら愛着もなおさらだろう。

 そして赤ん坊って一月でかなり成長するんだなと、改めて不思議な気持ちになっていた。

(そうは言っても、稼がないわけにはいかないしな……)

 今は姫さまからもらった報酬もあるので、生活にはしばらくは困らないけれど、まさか今後もずっと子連れで冒険者をやるわけにはいかないだろう。

(いや、僕がこの町の教会で正式に神官になれば……。エイヴェリーとこの子を一緒に養って……)

 パーティは解散してしまうし、慎ましやかかもしれないけれど、僕はエイヴェリーとそんな温かい家庭を築く妄想をしてしまって慌てて頭から追い払った。


「普通の町だな」

「そうだな。普通だな」

「酒場くらいはあるんだろうな。……一応は、ありそうだな」

 スレネスの町に足を踏み入れると、特にこれといった盛り上がることもなく、クレイグとエイヴェリーは淡々と感想を言い、クレイグはただひたすらに遊ぶ場所を探しているようだった。

 カッキーサの都みたいに、大きな城壁もなく高い見張り台もなく、立派な王宮もない。決して寂れているわけではないし、商店などはにぎやかな感じもある。ただ、台地にあるあまり目立つ高い建物もないそれなりの田舎の町だった。

「酒場はお姉さんをナンパする場所じゃないからな」

 エイヴェリーはクレイグに対して何度目かの同じ忠告をした。だからといって、酒場には行くなとも言えないし、他に人に声をかけるなとも言えない。だいぶ諦めたかのような口調で、大きなトラブルを起こさないことを願うのみだった。

  

「何だ?」

「敵ではなさそうだけれど」

 クレイグとエイヴェリーは鋭い視線で周囲を見回した。

 兵隊が町の中を歩いてくる音がする。

 最初は衛兵の交代か何かかと思ったけれど、音はこちらに向かってきていた。

 そして、はっきりと一部隊が姿を現すと僕たちの目の前で止まった。

「このスレネス領の兵です」

 圧迫する雰囲気はあるけれど、百人もいない。

 慌てていた様子もあまりないので、僕たちを捕まえにきたというわけではないのはすぐに分かったけれど、エイヴェリーたちを安心させるために僕の知っていることを説明した。

「え?」

「どうした?」

 僕が驚いたのを、不安そうにエイヴェリーとクレイグとネサニエルじいさんが覗き込んでいた。

「真ん中の人は、ここの領主さまです。マーロン・スレネスさま」

「おお。噂の領主さまか」

 兵たちに混ざり真ん中に立っていたのは、この町周辺の領地を治めるマーロンさまだった。エイヴェリーもクレイグも知っている有名人の登場に思わず驚きの声をあげる。

 まだ若く二十代前半だと聞いた。端正な顔つきで今は、鎧などは着ていないのだが護衛する兵たちと比較しても立派な肩幅でたくましい体つきだった。政治的にも有能で、今、このスレネス特区はあくまでもマクワース王国の一部であり、いわば属国。辺境の一領地でしかないのだけれど、あまりにも優秀すぎて最近ではマクワース王国や隣国カーシア王国にまで警戒されているという噂も流れるほどだった。

 そんな彼がゆっくりと僕たちに向かって歩いていた。元々はこの地方の人らしく白い肌なのだと思うけれど、体を鍛えあげた際に日焼けしたのだと思う肌はかなり小麦色に染まっていた。

 護衛の兵たちは、彼の背後で黙ってその様子を見守っている。

 こんな胡散臭い冒険者に近づくのにそれでいいのかとは思うのだけれど、はっきり言って武装していないのにも関わらず護衛の兵たちよりも強そうである。

「え?」

 僕たちの目の前で止まると、不意に彼は片膝をついて深く礼をした。

「おお、はじめまして、未来の我が王よ」

 その言葉と同時に、他の護衛の兵たちも一斉に同じような鎧の音を鳴らしながら片膝をついていた。

 逆にマーロンさまは頭をあげると大げさに両手を広げて、なにか大げさな芝居のような言葉を発していた。


 しばらく僕たちは固まっていた。兵たちも無言で、マーロンさまも少し間があったのでしばらくの間、謎の静寂があった。

 

「お、王?」

「やっとお会いできました。魔法使いに未来を視させてから数年、この日がくるのをずっと待ち望んでおりました」

 僕たちは、その光景に呆気にとられていたけれど、僕たちの疑問など気にしていないかのように挨拶らしき口上を続けていた。

「あれじゃないか、ポロアさまが気を利かせてここの領主の夢にでてお告げをしてくれたとかそんなことじゃないか」

「そう……か?」

 マーロンさまの目の前で、小声で僕たちはひそひそと話をする。

 ポロアさまが罪悪感を抱いて、気を利かせてくれた可能性はあると思ったけれど、この人は今、数年前から魔法使いに未来視をさせていたと述べたのだった。ポロア教の神官も近くにはいないので、その可能性は少なそうだった。


 それはまあ、いいのだけれど、いや、意味は分からないけれど、それ以上に気になったのはマーロンさまの向いている方向だった。

(エイヴェリーではなく……僕?)

 最近の人間離れした強さから、エイヴェリーに話しているのだと思っていたけれど、マーロンさまの視線は明らかに僕に向いている。

(いやいや、そんな。平凡な僕が……)

 そう思うので間抜けな感じはしたけれど僕は自分のことを指さして『僕のこと?』と確認した。

 マーロンさまが自分に酔いしれて、後世にも有名な出会いのシーンにしたいかのような流れをぶった切ってしまったかのようで恐縮したけれど、聞かないわけにはいかなかった。

「あ、いえ、陛下の義父君」

 マーロンさまも感激のあまりちょっと大げさで一方的だった台詞から、冷静になったように軽く手を振りながら僕と話をしてくれるようになった。

「義父君?」

「あ、もちろん、お二人の実の子ではないことは存じております」

 礼儀正しく普通に話をしてくれるようになったけれど、意味は分からない。

 そして、『お二人』のところで、エイヴェリーと僕を交互に見たのが気になった。気になったけれど、それは一旦置いておいて、冷静にマーロンさまの言葉をもう一度振り返って情報を整理する。

「えーと。つまり……」

 僕はゆっくりと顔だけ振り返り、背負っている赤ん坊を指さした。

「この子が……未来の王さま?」

「その通りでございます!」

 マーロンさまは先ほどよりも大げさで自分に酔いしれた感じで、ひときわ大きな声で宣言した

「新たな魔王を倒し、北の地に強大な帝国を作り上げるスディニア陛下その人でございます」

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