エピソード3 新しい魔王と女神編

第35話 「仕方がない。一緒に寝よう」

 僕たち四人パーティは、僕が数年前まで住んでいたスレネスの町に歩いて進んでいる。


 マリア姫さまからは、それなりの報酬をいただくことができた。

 魔王を倒したとかカッキーサの都を救ったとかといった活躍に見合う報酬かと言えば、全然そんなことはないけれど、ゴブリン退治とそのついでのトラブルへの報酬だと思えば、かなり色を付けてくれた報酬だった。

 でも、馬車で向かったりしないのは、スレネスの町がカッキーサの都から、それほど遠くはないのにも関わらず少し小高いところにあるちょっと辺鄙な場所のせいだった。

 要するに馬車の業者が出入りしていない田舎。

 馬で向かうこともできるのだけれど、しばらく滞在するなら、馬の世話をするか、馬を売るかを考えないといけないので歩いて行ったほうが楽なのだ。


 夕日が照らす中、小高くなってきた丘から見下ろす平原の風景は、美しい眺めだった。

 平原の先にあるカッキーサの都は巨大な城壁に囲まれて、高い見張り台があるのでまだ肉眼で見ることができたけれど、かなり小さくなってきてしまって遠くまで歩いてきたのだなと実感する。

「今日は久々に野宿かな」

 暮れてきた日を見ながら、エイヴェリーは言った。しんどそうな身振りをしたけれど、ちょっと楽しそうな表情にみえた。

 面倒だし、危険もあるし、寝心地がいいわけはないのだけれど、たまになら楽しいと思うのは僕も同意だった。

「ここを拠点にするか」

 エイヴェリーは、林の奥深くまではいかない程度の木々に囲まれた少し開けた場所を指さしていた。

「いいんじゃない」

 僕たちはうなずくと落ちた枝や葉を拾い、掃除兼焚き火の用意をはじめた。

 近くには小川もあるので水を飲みつつ、水筒にもたっぷりと補充する。最近ではあまりしなくなったけれど、手慣れたものだった。ネサニエルじいさんが、ますます枝拾いなどでは動けなくなってきているのが残念だったけれど、それくらいは僕たちでやればいいだけのことだ。

「でもよお。やっぱ、いいよな」

 クレイグが、不意に僕の肩を抱き、頬を寄せながらそんなことを言ってきた。

 野営の準備はもうほぼ終わっている。

 僕も、野生の獣避けの加護を祈り終えたところで、小川から汲んだ水で、お茶でも淹れようとお湯を沸かしながら一息いれようと思っていたところだった。

「何が?」

 視線は、どう見ても防具を外してくつろごうとしているエイヴェリーに向いている。何が言いたいかは大体わかっているけれど、一応聞いてあげることにした。

「パーティに綺麗な女がいるっていいよな。それも『もう歩けない』とかいうお客さんじゃなくて、ちゃんと自分の足で歩くどころか先導してくれるのがさらにいい」

 エイヴェリーの尻をいやらしく凝視しているらしいことはともかく、言っていることには同意だったので特に否定せずにうなずいていた。

「うん? 何か、いやらしい話をしている?」

 エイヴェリーは振り返ると、こんな時だけ妙に仲のよさそうな僕たち二人を見て不審がりながらそう言った。

「そ、そんなことないよ」

 分かりやすく僕は挙動不審になってしまった。

「もっと、その綺麗な足を出して俺たちに見せてくれてもいいのになあって、話してたところだ」

「ちょっ」

 話してもいない話題のことを言われて、僕はさらに大慌てになってクレイグの口をふさいでいた。ただ、こんなことをしたら、まるで本当に僕が言っていたみたいで逆効果な気がした。

「ふーん。キーリーはこんな足が好きなんだ?」

 エイヴェリーはにんまりと笑いながら、片足を僕たちの方に伸ばして見せてきた。

 防具を外したとはいえ、ズボンは穿いているのでいやらしくはない。……ないはずなのだけれど、何故か僕もクレイグも息を飲んでいた。

「うん、いや、まあ。綺麗で好きだけれど」

 つい出てしまった素直な感想に、からかっているはずのエイヴェリーもちょっと困惑したような反応だった。

「え、あ、ああ、ありがと」

 エイヴェリーが照れているのを見て、無自覚のうちにカウンターを決めていたのだと分かり嬉しくなる。いや、別に勝負をしているわけじゃないけれど。

「……まあ、でも、冒険で太ももを見せるような服を着ている女は戦力だと思われていないし、戦力になる気もないのだろう。ただのパーティのマスコットだ」

 男だった時は、誰であっても何があっても女性には優しかったエイヴェリーだけれど、今は相手によってはわりと辛辣なことも言うようになった気がする。

 そんなに長い時間が経ったわけではないけれど、この少女の体になってから何かあったのだろうか、あるいは女性のことを分かってしまったとか。

「そんなことを言うと、キューティーテさまの信者に怒られるよ」

「はは、違いない」

 少し不機嫌そうなエイヴェリーを和ませるためにそう言うとエイヴェリーは少し男前に笑ってくれた。

 戦いの女神キューティーテさまは、描かれた絵画ではたいてい綺麗な足を出している。神話のことだからあくまでも後世でのイメージでしかないのだろうけれど、短いズボンに何故か腰のまわりだけを守るみたいな防具をつけている服装が定番の描かれ方だったからだ。


「じゃあ、先に横にならせてもらっていいか?」

「ああ、いいよ。魔法を使う人が先に寝たほうがいいだろう」

 エイヴェリーに対して僕がそんなことを言う前に、もうネサニエルじいさんは完全に横になって寝ていた。まあ、魔法使いに休息は大事だからねと三人で笑った。

「ありがとう。月があの大きな真ん中の木を超えたら起こしてくれていいから」

 エイヴェリーは笑顔でお礼をいうと毛布を被って横になった。

 その笑顔に和まされながら、僕とクレイグも焚き火を囲んで、体を休める。周囲を警戒しつつ、あくまでも座ったままで防具も最低限つけたままだ。

 とはいえ、この辺の土地には凶悪なモンスターもいなさそうではあるので、それほど緊張することもなく僕もそうそうにぼんやりとしつつ目だけ開けているように頑張っているくらいだった。

「うわっ」

 可愛らしい声ながらも本当に驚いたエイヴェリーの声がして、僕は慌てて立ち上がる。

 気持ち悪いモンスターでも現れたのかと思ったけれど、周囲には何もいなかった。

 ただ、エイヴェリーの側には今にも覆いかぶさりそうに近づいているクレイグの姿があるだけだった。

「クレイグ!」

 僕は杖を強く握りしめながら一歩近づいた。エイヴェリーは一歩下がると片膝をつきながら構えていた。

「いやいや、ちょっと待ってくれ」

 クレイグは僕たちの剣幕にびびったように両手をあげていた。

「俺は、ふと横を見ると魅力的なお尻がこちらに突き出されていたからちょっと撫でただけだ。そ、それ以上のことはしようとしてねえから」

 クレイグは、あまり悪いとは思っていなさそうな態度で両手を振りながら弁明にならない弁明をしていた。僕もクレイグが本当に女の子を襲ったりするようなやつではないことは分かっているけれど、この態度にはちょっと頭が痛くなった。

「目の前に可愛らしい女の尻があったら撫でたくなるもんだろう。なあ、エイヴェリーも男だったんだから分かるだろ」

 何を言ってんだこいつと思ったけれど、エイヴェリーも呆れながらも少し優しく諭そうとする。

「まあ、その気持ちは分かるけれど」

 え。分かるの?

 エイヴェリーの言葉に僕はちょっと驚いていた。神官見習いとして、律して女性の体に触れないようにというか考えないようにしている僕の方が珍しいのだろうか。

「女からすれば、いきなり尻を撫でられるのは恐怖でしかないから」

 今や強そうな魔族さえ圧倒するエイヴェリーなのにそんなことを言う。

 そんな怖いことなんて無いだろうと一瞬思ったけれど、もし魔力が全然なかったならエイヴェリーもわりと普通の女の子の強さなのかもしれない。

「そんなんだから、酒場という酒場で出入り禁止になるんだよ」

「カッキーサの都を出入り禁止になったキーリーには言われたくねえなあ」  

「ぐっ」

 僕とクレイグは、そんなみっともないやり取りを続けていたけれど、なんとなく厳重注意だけで見逃してやるかという雰囲気にエイヴェリーもなっていた。

「ま、もうしないように。怖いから」

 不謹慎かもしれないけれど、ちょっと怖がりながらも強がっているエイヴェリーは可愛らしいなとか思ってしまった。

「キーリー」

 エイヴェリーは僕を手招きした。わりと真剣な声と表情なので何事かと思って身構えた。

「仕方がない。一瞬に寝てくれ」

「???」

「そんなに意味が分からないか? クレイグのやつに尻を撫でられないようにオレの後ろで寝てくれってこと」

 エイヴェリーは不満そうに口をとがらせていた。そんな顔も可愛い。

「オレはここでこっち向いて寝るから、キーリーはここで寝てくれ」

 手を引っ張られて言われるままに、僕はエイヴェリーと同じ毛布に入ってしまった。

「えっ、あの」

 エイヴェリーは少し丸まりながら、横を向いて寝ようとする。思い返せば確かにいつもこんな格好で寝ていた気がする。

 つまり、僕はそんなエイヴェリーの背中を見ながら寝ることになった。

(まあ、これなら……)

 そんなにどきどきすることもなく眠れるかもしれないと思った。

 エイヴェリーの視線の先には、籠の中で寝ている赤ん坊がいる。まるで本当の夫婦みたいだと思い、ちょっと穏やかな気分になっていた。

「ん」

 ちょっとエイヴェリーがもぞもぞと動くと、さっきより密着して後ろから僕が抱きしめているような格好になってしまった。

(いかん。お尻を触ったりはしないけれど、僕のモノが当たってしまう!)

 何とかエイヴェリーに悟られないように、ちょっとだけ体を逃がそうと頑張るのだった。

「いいな。俺だけ一人寂しく見張りかよ」

 クレイグは、愚痴っていた。自業自得なので、同情する余地はないのだけれど、僕はクレイグの方に顔だけ向けてぼそりとささやいた。

「大丈夫、今晩、僕は眠れそうにないから」

 何が大丈夫なんだと言いながら、クレイグも笑っていた。

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