第34話 追放されました
戦いは終わり、面倒な後始末もあったけれど僕たちは無事にカッキーサの都に戻ってくることができた。
さすがに疲れ切ってしばらく宿屋でぐったりとしている僕たちだったけれど、ふと窓から街を見ていたら、こちらに向かってくる少女の姿を見つけてしまう。
まさかと思いながら目を凝らしてみても、ついこの間までよく見た少女の格好に見える。
そう、疲れも見せずに訪ねてきたのはマリア姫さまだった。
「えええ」
まさかこんな冒険者しか泊まらない宿屋に、この間の色々な出来事の処理で忙しいであろう姫さまがまた来るとは思っていなかった僕たちは大慌てで身なりを整えて出迎える。
マリア姫さま都の外に出た時と同じようにフード付きのローブを身にまとい冒険者らしい魔法使いの格好をしていたけれど、護衛についているのが前回のような冒険者を装った女騎士さんたちではなく、身分を隠そうとはしない屈強そうな騎士さんたちで数人がしっかりと姫さまを護りつつ付き添ってきていた。
「この度は本当にお世話になりました」
マリア姫さまは安い宿屋の一室で、そう言って僕たち一介の冒険者に向かって深々と頭を下げる。扉は開いたままで背後には屈強そうな騎士さんたちが腕を組んで睨みを利かせているのがすごい圧迫感がある。
姫さまは、自分の見通しの甘さから、大きな被害を出すところだったと反省し、でも僕たち、特にエイヴェリーの活躍でむしろ当初の想定よりも大きな戦果を上げることができたと感謝をしていた。
(確かに、それはそうかも)
姫さまの言葉を聞きながら、僕は内心では自慢げになる。
思っていた以上に、魔族にはマクワース王国の内部まで食い込まれていた。
姫さまがいるので、国王や大臣たちが暗殺されて、いつの間にか入れ替わっていたなどということは起きないだろうと思うけれど、近いことは起き得たかもしれない。
少なくとも魔族が侵攻してきた時に、今回のメイヴェン伯爵に化けていた魔族が手引きして裏切っていたならカッキーサの都が大きな被害を出してもおかしくない。
(偶然な要素も色々あるけれど、僕たちパーティが力を貸したのでマクワース国は救われたと言っても過言ではない……いや、まあ、それはちょっと大げさか)
(今やマリア姫さまの信頼も厚い。これはかなりの報酬が期待できるのでは?)
僕もエイヴェリーも、クレイグもそんなことを思いながら、お互いに期待しつつ目で会話をしていた。
「……ですが」
姫さまは表情を曇らせる。
「大変申し上げにくいのですが……」
本当に悲しそうな声で悔しそうな顔で話を続ける。
期待に胸を膨らませていた僕たちも、雲行きが怪しくなったことを悟った。なんならクレイグは剣の場所を確認していいざという時は騎士たち相手に逃げることまで考えていそうだった。
「キーリーさまは、カッキーサの都を出入り禁止になりました」
姫さまは、申し訳なさそうに、でも、僕の目をしっかりと見ながらそう言った。
「えっ、……僕?」
言葉は理解しつつも、しばらくの間、僕の頭がそんなわけがないと受け入れるのを拒否していた。
自分で言うのも何だけれど、あまりこれといった長所も短所もなく、ただひたすら品行方正で真面目な神官見習いとして頑張ってきた僕だった。
(そんな僕が街を出入り禁止になるような、何かをした記憶は…………あるな)
「もしかして、この間の……ポロアさまが姫さまにした言動の数々でしょうか?」
「……ええ」
うなずいたあと、姫さまは目を伏せる。
「私は、あれがキーリーさまがポロアさまに体を乗っ取られた故の行為で……ポロアさまのことも人となり……いえ、神となり? は存じませんが、あくまでもまだ子どもの私の反応を楽しんでいただけなのだと思っております」
さすが精霊とも話せる姫さまは、僕の体に起こったことをかなり正確に理解しているようだった。
「ですが、あの場にいた護衛のものたちが事実だけを伝えた結果……父上……陛下の耳にまで入ってしまい。激怒されてしまいました」
「そんな大したことじゃなかっただろ……失礼……大したことじゃなかったでしょう? 綺麗な女性に対する当たり前のコミュニケーションじゃないですか」
姫さまの説明に、クレイグは両手を広げつついつもの気楽な調子で反応していた。綺麗な女性に含んでもらえた姫さまはにこりと笑ってくれていたけれど、扉の向こうで腕を組んで控えている屈強な騎士さんたちの視線が更に鋭くなって怖いので止めて欲しい。
「場末の酒場の看板娘じゃないんだ。この国のお姫さまだぞ」
「そんなお姫さまを口説いたキーリーはさすがだなあ」
「ぐっ、だから、あれは僕じゃないって」
クレイグとみっともない口喧嘩みたいになってしまって、姫さまも困惑した表情で僕たちを見ながらも優しくフォローしてくれる。
「その……陛下や大臣たちにはまず体を乗っ取られるというのが理解できなくてですね……更に神さまが体に憑依したとなるとそれはもう奇跡なのではと鼻で笑われてしまい。そして、さらにはその神さまが私のような……そのまだまだ子どもの女性を口説くような性格だなんて信じてもらえなくて……」
姫さまも、父である国王やこの国の偉い人たちを説得しようと頑張ったのだろう。いつもの好奇心旺盛で聡明な少女の姿はなく、意気消沈しているようだった。
「何とか説得をいたしますので、しばらくキーリーさまだけ街を出ていただくというのは……」
「駄目です。オレたちは一心同体のパーティです。一人だけ置いていくなんてありえません」
「そう……ですよね」
姫さまは何とか妥協できるところを探そうとしていた。エイヴェリーというやっと得た良い家庭教師を失いたくないという気持ちは伝わってきたけれど、その当人であるエイヴェリーからぴしゃりと拒否されてしまって更に意気消沈してしまっていた。
そんなやり取りをしている姫さまとエイヴェリーの後ろで、クレイグとネサニエルじいさんが困惑したようななんとも微妙な顔で二人を見ているのが目に入った。クレイグは僕と目が合うと『俺たちそんなに絆のあるパーティだったか?』と言いたげな視線を送ってきたので、僕は『そうらしいよ』と笑いながら軽く肩をすぼめる。
(しかし、姫さまの会話からすると、僕はすぐに都から出ていけと言われているってことか……)
屈強な騎士さんたちは、さっきから僕を見下ろしながら睨んでいる。
こいつを逃がすなと言われているのだろう。
(そりゃあ、こんなに可愛い娘がいたら、父親としては心配だろうけれど……さすがに横暴すぎない?)
傷つけたとかなら分かるけれど、うちの神さまもつい昔の癖で口説いて抱き寄せただけだというのにと不満に思ってしまった。
「私でできる限りの報酬はお渡しいたします。国からの報酬も渡せるように働きかけていきますので……」
そう言ってマリア姫さまは頭を下げる。
姫さまにそこまでして頭を下げられたらそれ以上何も言えなかった。僕とエイヴェリーだけでなく、クレイグとネサニエルじいさんも仕方がないという表情でうなずいていた。
(でも、姫さまもここまですぐに僕たちを出ていかせたいのは何かあるのかな……何か嫌な予感があるとか……)
姫さまの表情を横目で覗いて確認したけれど、何も悟らせてはくれなかった。
「分かりました。すぐにカッキーサの都をでていきます」
エイヴェリーは姫さまと同じ様に頭を下げて、そう返答した。
つまり、僕がカッキーサの都からの追放されることが決まった瞬間だった。
「私は、都に残るわ」
そう言って、ルーシー姉さんは僕たちに向かって手を振った。
カッキーサの都に入るための大きな門の前で、僕たちは新たな旅に出発するところだった。
「姫さまが心配だからね」
悪く思わないでと言いたそうに片目を閉じながらルーシー姉さんは、僕たちに謝っていた。
ルーシー姉さんも、僕と同じ様にマリア姫さまの態度に何かを感じていたのだろう。単ににぎやかな街が好きだというのもあるだろうけれど、エイヴェリーの代わりの家庭教師を引き受けつつ、何かあった時にすぐに駆けつけてあげたいと思っているようだった。
「はい。姫さまをよろしくお願いします」
僕もエイヴェリーも姫さまのことは心残りではあったので、ルーシー姉さんに後を頼むことにした。
「それで? キーリーたちはどこに向かうの?」
「僕の故郷に帰ろうと思います。ここからは近いですし、ポロア教の教会もありますので、この赤ん坊も預けることもできるかなと」
「おー。それはいいね。何かあってもすぐに駆けつけられるし」
お互いに何かあるかもしれないと不安だったのか、僕たちの行き先を聞いてルーシー姉さんは嬉しそうに笑っていた。
「キーリーの実家に、ご、ご挨拶……」
なぜかエイヴェリーは緊張しているようにぼそぼそとつぶやいていた。
「何を緊張しているのか分からないけれど、僕の両親はもう亡くなっているから……」
「そ、そうか。そう言えば、そんなことを言ってたね。じゃあ、教会の人たちが育ての親みたいなものなんだっけ」
「え、あ、うん、まあ」
なんで固くなっているのか、僕には分からなかったけれど、田舎の教会の仕組みを説明するのも面倒なのでとりあえずうなずいておいた。
「なに?」
「いんや、別にい」
ただ、ルーシー姉さんはそんな僕たち二人を交互に見ながら、にんまりとした顔で笑っていたので、なんとなく恥ずかしくなってしまう。
「それじゃ、ルーシー姉さん、落ち着いたら連絡します」
僕は赤ん坊を背中に背負いながら、ルーシー姉さんとカッキーサの都に別れを告げた。
「おかしいな。僕たちは、この都で成り上がる予定だったのに……」
寂しさを感じながら、僕たちは歩きだした。
「まあ、面白そうだから。いいんじゃねえの」
クレイグは、腕を頭の後ろに組んで笑っていた。
こんな僕を見捨てずに着いてきてくれるパーティ仲間には感謝しかない。
そう温かい気分になっていた僕だったけれど、もちろんそんな仲間意識だけではなくてクレイグの視線はエイヴェリーに向いていることに気がついた。
(まあ、こんな面白そうなリーダーはちょっといないよな……)
クレイグはもちろん、当然。エロいことも考えているだろうけれど、それは置いておいても、今のエイヴェリーは可憐で美しいだけではなくて、ちょっと異常な強さをみせつけている。
(何かすごいことをしてくれそうだと期待しちゃうよね)
「ポロア教の教会があるのなら、ポロアさまが話してくれれば俺たち、特別待遇で迎えてもらえんじゃね?」
不意に思い出したかのように、クレイグはそう言いながら僕の背中にいる赤ん坊の顔を覗き込んでいた。
クレイグは、赤ん坊の中にポロアさまが潜んでいるのだと思っているみたいだったけれど、残念ながら何の反応もなかった。
「あれ?」
「今のところ、エイヴェリーが派手に戦ってピンチの時にしかでてきてくれないみたいなんだよね」
「ちえ。なんだよ」
『役に立たない神さまだ』と文句を言いながらも、クレイグもみんなも笑顔で久々の旅を楽しんでいるようだった。
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第2章完です。
すぐに第3章も書くと思いますので、よろしくお願いします。
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