第33話 『何をしているのかな? キーリー』
剣を構えてものすごい速さで駆けていくエイヴェリーの姿を見ながら、ポロアさまはつぶやいた。
(格好いい。そして可愛いよなあ。キリ坊もそう思うだろ)
(そ、それはそう思っていますが……)
(あれでこそ私たちの花嫁候補にふさわしいな)
(『私たち』ってなんですか、それに花嫁って)
さっきから信仰する神さまに向かって、田舎の村のちょっと年上の男友だちみたいな態度で会話をしてしまっていることを反省したけれど、ポロアさまは気にした様子もなかった。
(あとはいつも通り加護を与えればいい。エイヴェリーを中心に強力な護りが展開されるだろう)
『もう安心だ。見ているがいい』とでも言いたそうなポロアさまは、すでに勝ち誇った顔でただエイヴェリーの後ろ姿を目で追っていた。
「とりゃああ」
ものすごい速さで駆けるエイヴェリーが雄叫びをあげながら力いっぱいに横から魔族に切りかかる。
魔族は対応することさえできずに、一振りで首を落とされていた。
「次!」
無謀に突っ込んできた人間の女の子としかみていなかった他の魔族たちは何が起きたのか理解できていなかった。ただ、この少女の姿をした剣士が脅威であることだけは本能で感じとった数体の魔族はとにかく動きを止めようとエイヴェリーの前に立ちふさがった。
しかし、並んで防御の態勢を整えようと思った魔族たちの真ん中にいた魔族はすでにエイヴェリーの剣に突き刺されていた。
「なに?」
あまりにもあっけなく倒れた仲間の魔族を見て、左右の魔族は驚き、恐怖していた。この人間の女の子は俺たちの理解を超えている。古から人間を脅かしてきた戦い向きの大きく屈強な魔族たちが諦めたかのように動けなくなり、すでに逃げ出すものもいた。
(【加護】いらなくないですか……)
エイヴェリーの衝撃的な強さに僕は呆然として、思わず信仰する神さまにぼやくという前代未聞なことをしてしまった。
祈るまでもないというか、祈る対象が僕の体を借りているのだから僕はもう何もせずにただエイヴェリーの戦いぶりを見ているだけになった。
(い、いや、ほら、私が与えた対魔族用の祝福があってこそのあの強さだから……)
(それは、ちょっとは影響あるかもしれませんけれど……)
一振りで首を落とせるのだったら、もうそれは僕たちの手助けなんていらない気がしつつエイヴェリーの姿を追っていたけれど、視界に別の魔族の姿が入った。
「ルーシー姉さん!」
最初からずっと潜んでいた魔族の射手が、焦ったのか空を飛んでエイヴェリーに狙いを定めていた。
僕はその魔族を見て、ずっと射手を射ることを狙っていたルーシー姉さんに向かって叫んだ。
「あいよ!」
ルーシー姉さんの祝福を得た矢は、飛んでいた羽つき魔族の心臓を貫いた。
「ぐぬう」
苦しそうな声をあげながら、最後の力を振り絞ったのか矢を放っていた。
「エイヴェリー!」
僕は逃げろと叫んだ。
でも、何もなかったかのように、おそらくかなり強いのであろう魔族から放たれた最期の矢はエイヴェリーに届く遥か手前の何もない空間で弾き返された。
「え」
「ほら、【加護】が役に立ったじゃないか」
魔族も味方の騎士さんたちも何が起きたのか理解できずに固まっている中で、僕の体でポロアさまが自分の力をアピールできて嬉しいのか喜んでいた。
ただ、エイヴェリーは元々魔族の弓兵の存在には気がついていたようだった。メイヴェン伯爵に化けていたボスらしき羽つき魔族はさすがに一度はエイヴェリーの攻撃を受け止めた。それが精一杯だった。
エイヴェリーは一度、放たれた矢の方を見上げて視線を向けたけれど、届きさえしないことを確認するとそのままボスの魔族に止めをさしていた。
「すごい」
「まるで、戦いの女神さま」
女騎士さんたちも、親衛隊の人たちも返り血を浴びたエイヴェリーの姿を少し畏怖しながらも強さを称えていてもう拝み倒しそうな勢いだった。
海賊たちとの戦いのときは、神話で伝え聞く戦いの女神キューティーテさまと姿が似ているからなぞらえるように称賛されていたけれど、今回はでたらめな強さに女神さまくらいでないと例えられないようだった。
(確かに……信じられない強さだ)
改めて見回すと、羽つき魔族が二体、戦闘兵魔族が五十体以上横たわっていた。
エイヴェリーの力だけではなく親衛隊の協力もあってのことだけれど、魔族討伐の騎士たちの遠征軍だとしても、なかなかこの戦果はあげられないだろう。
今までも優秀な剣士でリーダーだった。僕はそのことを良く知っていたけれど、どこか器用貧乏なところがあってあまり評価もされてこなかった。
でも、女性の体になって全てが噛み合ったかのように、剣も魔法も相乗効果で最大の力を発揮している。そして、見た目の美しさとギャップの強さで今度は実力以上に注目を浴びていた。
(いいこと……だよな)
元の……男の姿のまま評価されたほうがいいのだろうという気はしたけれど、もうマリア姫さまにも親衛隊にも一目置かれる存在になったようだった。強さを称えて、少しでもお話をしたいものたちにエイヴェリーはすっかり囲まれてしまっているのを僕たちは微笑ましく見ていた。
「エイヴェリーさまはすごかったです。キーリーさまも本当にありがとうございます」
マリア姫さまは、僕なんかへのフォローも忘れずに走り寄ってくれる。僕からすればさすが人の上に立つ人は、まだ若くても気配りが違うなあと感心するしかなかった。
「あ、あのそれで……。キーリーさまのあの祝福や加護は……すごかったのですが、何だったのでしょうか?」
マリア姫さまは、遠慮がちにそう尋ねてきた。
勝ったから細かいことはいいだろうと僕たちや騎士の人たちはそう思うのだけれど、国家の安全に関わる王族のものとして、また精霊の声が聞ける魔法使いとしては気になって聞かないわけにはいかないのだろう。
(どうしようかな。マリア姫さまならちゃんと話せば信じてくれるだろうか……)
この若いながらも賢そうな姫さまには、素直に『信仰する神さまが、赤ん坊に乗り移って時々力を貸してくれるんですよ』と言ってみようと思った。
しかし、そう決意する前に僕の体は一歩前にでて姫さまの手をとっていた。
「えっ?」
(え?)
「もちろん、私、ポロアが自ら与えた祝福ですともマリア姫さま」
僕の口から甘ったるい声を出しながら、マリア姫さまの手を引き寄せると、もう片方の手を腰にまわしていた。
(しまった。まだポロアさまに体を乗っ取られたままか)
海賊の時のように危機を脱したら消えてくれるものだと思いこんでいただけに、完全に油断していた。いや、油断していなかったら、なんとかできたのかというとさっぱり分からないのだけれど。
「えっ、あの? キーリーさま? ではなくてポ、ポロアさま?」
腰に手を回されて体を密着した状態のマリア姫さまは、僕の顔とかなり近くになり困惑していた。
ただ、少しどきどきしている感覚が僕の胸にも伝わってくる。
それでもマリア姫さまは、まだ精霊さんたちの力なのかなんとなく僕の体の状況を理解しているようだった。
それよりも問題は周りだった。護衛の騎士さんたちは、僕たちの会話を聞いてはいたけれど明らかに不審者を見る目で僕のことを睨みつけていた。
(まあ、神さまの名を語って姫さまに密着する男がいたら、それは犯罪者だと思うよね……)
この場所に来るまでに築いたわずかな信頼関係があっという間に崩れ去ったのを感じていた。
ただ、騎士さんたちも先程から奇跡的な現象を何度も見ているのですぐに組み敷いて捕まえるようなことはためらっているようだった。
「ポロアさまともなれば、私のような小娘には興味はないのではないですか?」
僕の目の前で、少しひきつりながらも何とか余裕を見せようとマリア姫さまは笑みを浮かべながらそう言う。
「いや、私くらいになるともう女性らしい女性には飽きてしまってね。むしろ、ちょっと変わった人の方が愛せるのさ」
ポロアさまが僕の口を借りてろくでもないことを言っていた。
「か、変わった?」
「美少年もいい。美少年が、女性の体になって戸惑いながら受け入れているのもたまらない。そして、全く体が成長していないけれど、性的なことに興味津々なお姫さま。うーん、たまらないね。どう? お兄さんと一晩いけない遊びをしてみない?」
そう言いながら、顔を近づける。さすがに、唇を重ねようとはしていないみたいだったけれど、顔と顔をくっつけようとしたところでマリア姫さまには両手で押し返されて拒否されていた。
「さすがに失礼ではないですか? た、確かに成長していませんが」
マリア姫さまが気にしていることなのか、そこにはちょっと怒っていた。
僕に対してなのか、一応は神さまのポロアさまに対してなのか信頼があるようで、いきなり腰に手を回されたりしても嫌な顔をせずにむしろちょっと楽しそうな笑みさえ浮かべていてくれたけれど、これにはさすがに不機嫌そうに拒絶していた。
姫さまが嫌そうな態度をとったので、どうするか決めかねていた護衛の騎士さんたちもこんな男からは引きはがすべきだと怖そうな顔で僕に近寄ってきていた。
しかし、騎士さんたちもそれどころではない事態を察して、足を止めた。
「キーリー。な に を し て い る の か な?」
ふと横を見るとすでにすぐ側に、全身に魔族の返り血を浴びたままで、特に剣はたっぷり魔族の血がついていながらも何故か何度も光る剣をぶらりとぶらさげたエイヴェリーが立っていた。
(ひえっ)
あまりにも強い怒気に、神さまであるはずのポロアさまが怯えていた。
「いや、こ、これはポロアさまがね……」
「へえ。ポロアさまは、お姫さまが好きなんですか。キーリーもずいぶん長いこと体を貸しているんですね」
笑みを浮かべたままでそう言ったけれど、目は全く笑っていない。怖い怖い。
(無理無理。勝てない。逃げるからあとよろしくね)
そう言い残すとポロアさまは僕の体からいなくなった。後ろの赤ん坊ももう言葉を発する様子もない。
「に、逃げやがった」
どんな神さまだと思いながらも、確かに今のエイヴェリーなら普通に神さまだって倒せそうな気がしたので賢明な判断かもしれないと思った。
「すいません。ごめんなさい。もうしません」
なんで僕が謝らないといけないのか。仮に姫さまを口説いていたのが僕だったとして何が悪いのかとも思ったけれど、エイヴェリーの迫力に何も言えずにただひたすら平謝りしていた。
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