第32話 【祝福】を授ける赤ん坊

「い、今のはあくまでも非常時の魔力補充だからな、ノーカンだから」

 半ば強引に僕の唇を奪ったエイヴェリーが、今更ながらに僕と目が合うと照れながらそう言ったあとで後ろを向いた。

(あれ……もしかして、僕のはじめてのキスは男になるのか……いや、しかし、今は女の子の姿だし……)

 とエイヴェリーの背中を見ながら悶々としている。

 でも、そんなことで悩んでいる余裕もなかった。

 今、僕たちは正真正銘の屈強な魔族の部隊に襲われている真っ最中だ。

 そう、それどころではない。

 とは思いながらもついエイヴェリーの背中に視線が向いてしまう。

「【強化】加速」

「【強化】強靭」

「【耐性】毒」

 エイヴェリーは、溢れ出る魔力を使って、シンプルに魔法をいくつも詠唱して自分を強化していた。

 詠唱しなくても自己強化できるんじゃなかったかなと思ったけれど、体内の魔力タンクは温存しておいて溢れ出る魔力でまずは準備をしておこうということなんだと理解した。

「【エンチャント】……」

 仕上げに自分の剣に追加魔法属性を付与しようとしたところで、エイヴェリーは一度止まって、頭だけ振り返って僕の方を見た。

「対魔族用の【祝福】をこの剣にしてもらった方がいいか」

「そう……だね。対魔族用とかは難しいけれど、あくまでもちょっと強くとかなら……」

 僕が使える【祝福】はあくまでもちょっと当たりやすくしてくださいとか、ちょっと更にダメージを与えてくださいとかそういったものなので、これだけエイヴェリーが自己強化しているとどれくらい効果があるかは疑問だった。

 情けないけれど、その剣には炎でも纏わせておいたほうがいいのではと言おうと思った時だった。

「任せておけ!」

 僕の後ろからそんな声がした。

(まさか……)

 僕はありがたいことのはずなのに、どこか面倒なことになりそうな予感に怯えながら少しずつ視線を後ろに向けていく。

 すぐに元気そうに可愛らしい拳を突き上げている赤ん坊と目が合ってしまった。

「えっ?」

 エイヴェリーも僕が元気よく返事をしたのかと思っていたら、どうやらいつもお乳を与えているおとなしい赤ん坊から声がすることに気がついて驚いていた。


 海賊との戦いの時とは違い、今は最初からはっきりと僕の背中の赤ん坊から声がする。

「任せておけ。私が、とびきりの対魔族用の祝福を自ら授けてやろう」

 もう一度、赤ん坊からそんな声がした。今度ははっきりと僕もエイヴェリーも、さらにはマリア姫さまや護衛の騎士たちもその様子を見てしまい驚いた表情のまましばらく固まっていた。

(ポロアさま? ポロアさまなら、そ、それは一番効果的だろうけれど……)

 僕は面倒なことになりそうな予感がしたけれど、今はそんなことを悩んでいる余裕なんてなかった。

「この剣に【祝福】をお与えいただけますか。ポロアさま」

 エイヴェリーは、海賊との戦いの際の出来事を思い出して、すぐにそう理解したようだった。

 判断も速く、剣を僕と赤ん坊に向かって差し出してきた。

「任せておけ。……しかし、この体ではうまく動かせんな。おい、キリ坊ちょっと体を借りるぞ」

「え」

 キリ坊というのが、どうやら僕のことを言っているのだと気がついた時にはすでに体を乗っ取られていた。

 僕の意思とは関係なく体が動いていて、エイヴェリーが差し出した剣を受け取っていた。

 何かを唱えながら、剣に人差し指を這わせていく。

(なんか妙に艶めかしい動きだな)

 僕の声、僕の指なのにも関わらずそう思いながらただその儀式を見ていた。

 唱え終わると、エイヴェリーの剣は派手に光り輝いた。

「お、おお?」

 姫さまの護衛の騎士たちからも『何だその剣は』という驚きの声があがる。

 眩しい輝きはすぐに落ち着いたけれど、持っていればただの剣ではないのが分かるのかエイヴェリーは慎重に何回か剣を振って感覚を確かめていた。

 どうやらものすごく軽く感じるらしいようで、振り終わったあとで『これならいける』と満足そうにうなずいていた。

「ありがとうございます。ポロアさま。では、行ってまいります」

「まあ、ちょっと待て、加護を与えよう」

 そう言って、ポロアさまは僕の声で前線に戻ろうとするエイヴェリーを引き止めた。

「は、はい」

 エイヴェリーはちょっと僕が相手の時とは少し違う神妙な面持ちで、僕の目の前に戻ってきた。

「私、自らが与える特別な加護だ」

 僕の体を借りているポロアさまは、僕の顔で押し付けがましくそう言うと、エイヴェリーの肩に手を乗せる。

(直接、体に触れる必要はないのでは……)

(ある。ある。直接触れた方がこの娘には効果的だから)

 僕の心の声に、ポロアさまが返事をしてきたのでなんとも言えない気分になってしまう中で、僕のもう片方の手は、エイヴェリーの頭の上にかざされた。

 僕の手がはっきりと光を放っているように見える。

 自分の体なのに良くわからないと不思議な気持ちでただ見ていたけれど、これで本当にすごい加護があるのだろうかとも疑ってしまう。

(あくまでもこれは、私の愛でる対象をはっきりさせる儀式だ)

 僕の不審な気持ちを察したのか、尋ねたつもりもないのにポロアさまが解説をしてくれる。

(め、愛でる?)

(うん、可愛いだろう)

 そう答えたポロアさまに動かされている僕の手はエイヴェリーの頭を撫でるように触ったあとは、指先だけが触れながら顔を下の方へと移動していった。

 そのまま僕の手はエイヴェリーの頬を優しく包み込むように触れている。

 最終的には真正面で向かい合い、肩に手を載せて引き寄せてもう片方の手は優しく愛でるように頬に触れている格好になった。

 顔が近いエイヴェリーは、一瞬だけ困惑の表情は浮かんだけれどそれ以降はもう全てを委ねるように身を任せている。

(なんかキスを待っているみたい……)

 さっきの唇の感触を思い出しながら、僕の視野いっぱいに映るエイヴェリーの顔を見ながらそんなことを思ってしまった。普段の僕なら真っ赤になりながら身悶えてしまいそうだったけれど、今は幸か不幸かポロアさまに体を乗っ取られているので、冷静にそのままの姿勢を維持したまま数秒がたった。

「よし、いっておいで」

 僕の手が肩と頬から離れて、エイヴェリーを押し出すような形になった。それまで静かだったエイヴェリーは、目が力を取り戻して元気な声で答える。

「はい!」

 それだけを言って、振り返ると剣を構えたまま全速力で前線へと駆けていった。

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