第31話 魔力を補充させて

「伯爵はご病気で伏せっているとお聞きしていましたが、お元気そうで何よりです」

 マリア姫さまは、伯爵軍の圧力を感じながらも怯むことなくメイヴェン伯爵と会話を続けようとする。

 狙いは何なのか。

 本当に目の前にいるのはメイヴェン伯爵なのか。

 まだ幼さの残るこの姫さまは、それを自分が確かめる義務があると考えているようだった。

 守ってくれる味方を信じているとはいえ、立派な軍の一部隊にこうも敵意を向けられたことはもちろん初めてだろう。

 それでも姫さまは震える手足を隠すように、歩きをとめず手を振りながらメイヴェン伯爵とその軍に声をかけながら近づいていく。

「魔王を討伐したパーティは、私の友人です。危害を与えるつもりなら許しません」

「我が領地に侵入したからにはまとめて処分です」

 伯爵はそれだけを言うと首を大きく横に振った。

 何かの合図だったのか、さきほどの盗賊風の男を始末したのと同じ方向から矢が飛んできた。

「姫さま、お下がりを!」

 女騎士さんたちやクレイグが盾となりマリア姫さまを僕がいるところまで後退させた。

 わざわざ伯爵自らが出てきたからには、敵対する気を隠さないのだろうとは思っていたけれど、まさかいきなり攻撃してくるとは思わなかった。

 そのまま、伯爵の後ろで待機していた兵たちも突っ込んでくる。

「姫さま。大丈夫ですか?」

 慌ただしく転びそうになるマリア姫さまを僕は支える。

「精霊の声が聞こえません。何かが変です」

 姫さまは、僕の心配とは少し違うことを不審に思っているようだった。

 確かめる時間もなく林の周囲に慌ただしく兵がなだれ込んできた。

「姫さま。お味方です。もう大丈夫です」

 僕は姫さまを安心させようと、周囲の兵たちを確認する。

 王族の護衛をしている親衛隊だ。今回は姫さまには内緒で少し離れたところから、護衛をしているのだが、姫さまには精霊たちの報告によって最初からわかり切っていた存在だった。

 親衛隊の存在を知っているからこそ、姫さまは怯えながらも強気に立ち向かっていけたのだろう。

 立派な装備なんてものではなく、きらびやかにさえ見える鎧や剣や槍を携えて重厚そうな音を立てながら僕や姫さまを左右から追い越して前線へと展開する。

「王族の護衛のための部隊であれば、伯爵領であっても通行可能な取り決めです。お忘れではありませんよね」

 姫さまは僕から離れて、しっかりと立ち上がり伯爵を指さして今回の件の正当性をアピールしていた。

 形勢は一気に逆転した。

 数十人の部隊である伯爵の兵に対して、馬こそないものの百を超えるであろう兵たちが立ちふさがった。

 林の中で姫さまを殺害したり捕まえたりするのはもう不可能だ。

 林を抜けて、姫さまがカッキーサの都に戻れば伯爵は先程の攻撃した件で反逆の罪に問われるのはもう必然だった。

(それなのに……)

 メイヴェン伯爵は慌てる様子はなかった。

 メイヴェン伯爵本人は、覚悟というか諦めているのかもしれない。

 でも、部下たちも慌てたり動揺したりする様子もないのは奇妙に感じた。

 王国から、反逆の罪で討伐の対象になってしまうのだと想像すればどんな軍でも不安を掻き立てられると思うのに全くそれがなかった。

「そちらの狙いは分かった上で、こちらの領地に引きずり込んでしまえば何の証拠も残さず姫さまを捕まえることも殺すこともできるという判断です」

 伯爵はあまりにも穏やかな声で言ったので、敵対する宣言なのだとしばらくは気がつけなかった。

「やはりあなたは本物のメイヴェン伯爵ではありませんね」

 姫さまがそう言って指をさすとわずかにニヤリと笑った気がした。さきほどまでのメイヴェン伯爵らしい大げさな演技が面倒くさくなったかのように、それ以上はべらべらと語ることもなくすぐに戦闘の構えになった。

 次の瞬間、メイヴェン伯爵と名乗っていた人物は顔が割れ膨らむように大きな体になっていった。

「……魔族! 羽つき!」

「化けていたのか」

「しかも兵たちもか……」

 メイヴェン伯爵の配下の兵……と思っていた人たちも次々と姿へと変えていく。

 あっという間にこの林の中に、羽つき魔族に率いられた魔族の一部隊が出現してしまった。

「これはやばい……かも」

 僕は一気に深刻な事態になったことを悟って、頭を抱える。

 魔族といっても、結構種類によって得意不得意の差はあるが、目の前にいるのは戦闘が得意なタイプの魔族だった。

 人間よりも倍とまではいかないまでも巨大な体で敏捷に動ける。

 一般的には、人間の兵が二人か三人がかりでやっと倒せると言われている。

 特に羽つきは、大体が空を飛べることもあり更にやっかいだった。

「ぐっ」

「密集しろ! 陣形整え! 背後を取らせるな」

 さすがは親衛隊の人たちだった。すぐにこの状況を理解してまずはしっかりと防ぐ体制を整えていく。

 羽つき魔族に率いられた数十人の魔族の部隊は、かなり手強い。戦力的にはかなり不利になったと言ってもいい。

「姫さまを逃がせ!」

 前線でぶつかり合う親衛隊の人たちからは、叫びにも似たお願いをされてしまう。

「い、いえ私も戦います」

「駄目です。姫さま、下がりましょう」

 マリア姫さまはそれでもこの場に残って戦おうとする。確かに姫さまの魔法は勝つためには有効なのだろうと思うのだけれど、女騎士さんたちは説得して後退させようとする。

「かなりの手練の弓兵が狙っています」

 僕もそう言って姫さまに逃げることを促した。

 さきほどからの強力な弓兵の存在が気になって仕方がない。

(ルーシー姉さんと匹敵するくらい。しかも、矢は祝福を受けているのだろう……)

 正確に、そして一矢で確実に狙った仕留めていた。

 今は矢避けの加護があるとはいえ、姫さまを狙われて万が一の事態があってはいけない。

(僕は一緒に下がるべきか? いや、ここで親衛隊をささえるべきだけれど……。ああ、赤ん坊が今となっては邪魔だな)

「キーリー」

 姫さまはまだ後退を拒み。僕が赤ん坊を背中に抱えたまま苦悩している間に、エイヴェリーは前線から僕の元へと走って戻ってきた。

「どうした?」

 聞きながら、エイヴェリーが姫さまと赤ん坊を連れて逃げるのがいいと思いついていた。それが姫さまの身を守る方法としては一番良い方法な気がした。親衛隊や僕たちの被害はかなりのものになるだろうけれど、命さえ助かればいい。

「やるぞ。あいつらをぶちのめす」

 エイヴェリーもそんな判断になったのだと思っていたら、逆に勇ましい言葉を聞かされた。

 決して感情的になっているわけじゃない。僕たちのリーダーは頼りがいがあるかと言われれば微妙だけれどいつも冷静に判断をしてくれると、僕もクレイグもネサニエル爺さんも常々思っている。

「えっ、あんな強そうなのに?」

「いける。全然いける」

 そんな無茶なと思うのだけれど、実際に戦った上でのエイヴェリーの言葉なので簡単に否定することもできない。

「そのためには、魔力を補充する必要がある」

「え、ああ。そうなのか?」

「あれだ。昔からよく聞く魔力の補充の仕方だ。協力してくれるか? キーリー」

「え、ああ、もちろん」

 僕はあまり分かっていなかったけれど、エイヴェリーから協力して欲しいと言われたらなんでもするし、断るはずがなかった。

「よ、よし」

 僕の承諾に嬉しそうにそして何かを決意したようにうなずいたあとで、エイヴェリーは僕の両肩を両手でがしっとつかんだ。

 すごい力で僕は身動きができなくなっていた。

 エイヴェリーはといえば先程から勇ましい顔つきなのだけれど、徐々に僕に顔を近づけながら耳が段々と赤くなっていくのが分かった。

「あ、魔力の補充ってそう……んっ」

 気がついた時には唇を重ねられていた。

 魔力の補充というからには軽く唇を重ねただけで済むわけがない。

 エイヴェリーの舌は、僕の唇を割って入って僕の舌を探し当てて絡ませてきた。

 そのまま舌を絡ませつつ吸われている。

(心地よくて、気持ちいい)

 唾液を吸われているのか、魔力を吸われているのか僕にはよく分からなかったけれど、良い気分なのでされるがままになっておいた。

「ぷはっ。ありがとう。すごい補充できたよ」

 エイヴェリーは僕から離れて満足そうにそう言った。勇ましい顔つきのままだったけれど、今は顔を真っ赤にしているのが可愛らしいと思った。

 そんな僕たちのすぐ横で、マリア姫さまは僕たち二人のことをじっと観察していた。

「えっ、あ、あの。いえ、本当にキスによる魔力補充は確かに意味はあるのですけれど、今の時代は非効率的なのであまり使われない方法であったりします。でも、ロマンティックなのでお話ではよく使われますよね」

 ちょっと横を向いたら姫さまと目があった。マリア姫さまはこの非常時にも関わらず目を輝かせながら僕たちの魔力補充の儀式を食い入るように観察しているご様子で。真っ赤になりながら、ごまかすように魔力の補充について解説をしてくれる。

「でも……エイヴェリーさま。魔力がすごい……充実していていらっしゃいますね」 

 姫さまは、何かを感じとったのか、僕から少し離れたエイヴェリーに信じられないものを見るかのように徐々に視線を向けていった。

 僕なんかでもエイヴェリーから魔力が溢れかえっているのが分かる。姫さまを見れば、これはもう前代未聞の事態なのだとでもいうくらいに目を丸くして力があふれるエイヴェリーのことを見つめていた。

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