第30話 僕たちが賞金首
「たまたまゴブリンが逃げ込んでしまったので、仕方なく伯爵領に入ります。仕方なくです」
僕たちはそう言い訳をしながら、東に向かって進みだした。
林の中に入り視界はかなり限られていたけれど、マリア姫さまの精霊の導きで僕たちパーティは迷うことなく進むことができていた。
「いた」
エイヴェリーは短く声をあげた。
薄暗い林の中、僕にははっきりと見えるものはなかったけれど、目の良いエイヴェリーがそう言うのなら間違いがないのだろう。
「極力、殺さないようにお願いします」
姫さまは深刻な表情で僕たちにお願いをした。実戦経験のないマリア姫でもそれが難しいお願いということはよく分かっているのだろう。
「お任せください」
エイヴェリーは、姫さまの深刻な表情にも爽やかな笑顔で応じていた。
隣の姫さまの眩しそうな表情が印象的だった。『この人が私の騎士だったらいいのに』と思っていそうな潤んだ瞳でエイヴェリーを見送る。
「あれか……」
やっと僕にも『敵』の姿がはっきりと見えるようになった。
ゴブリンではない。遠くからは人間の盗賊団に見える十名くらいの男たちだった。しかし僕から見てもその辺にいる盗賊とは装備が違うのがはっきりと分かる。
今一緒にいる騎士さんたちと同じかそれ以上の装備だった。
「行くぞ」
掛け声とともにエイヴェリーは一人、加速する。さっき見せてくれた補助魔法で自己強化の応用だった。目にも止まらぬ速さで接近すると、音もなく一人を斬り伏せていた。
「何だ! この娘!」
『冒険者の帰り道を襲撃する盗賊団』を装った伯爵の兵たちは混乱していた。帰りの細い道で襲うために待ち伏せていたのにも関わらず背後から攻撃されたのだから。
「こいつだ! この娘が例の賞金首だ!」
「生死は問わねえって話だ……」
メイヴェン伯爵の部下であることは、僕たちは掴んでいる。精霊さんも肯定してくれている。
でも、妙に本物の盗賊団みたいな反応だった。
そういう元荒くれ者を集めて、いざとなったらすぐに切り捨てられるための兵なのかもしれない。
「い、いや。生きて捕まえんぞ」
「へへ。そうだな。楽しませてもらおうか」
エイヴェリーの体を、上から下まで舐め回すように見た後で盗賊団風の男たちは下衆い笑いをしていた。
こういった態度を見ても、伯爵家の伝統ある騎士などではないのだろう。
まあ、近くの人数でいうと九対一であり、目の前のエイヴェリーがあまり強そうではない細身の少女にしか見えないので、楽勝だと思えてしまうのは仕方がない気はする。
「エイヴェリー! 下がって!」
エイヴェリーの実力は分かっているのだけれど、万が一にもこの嫌らしい目で見ている盗賊団風の男たちに捕まってしまったりしたらと想像すると思わず僕は走り出してしまった。
「オレが賞金首?」
当のエイヴェリーは、その可憐な顔を歪めて怪訝そうに首をかしげていた。
装備が整った盗賊団の連中が襲いかかろうとしているのにも関わらず、涼しい表情でたいして気にもとめていないみたいだった。
「どこから金がでるんだ?」
まさに飛びかかってきた男たちをエイヴェリーは高速移動で後ろに下がってかわした。
エイヴェリーの腕や足を抱きかかえて動けなくしようと飛び込んできた男たちは間抜けなことに空振りして腕を交差させながら地面に倒れ込んでいた。
飛び込んできた男たちも、後ろから迫ってきている男たちも何が起きたのか理解できないようだった。
正規の兵なら、ここで体勢を立て直して慎重にエイヴェリーの力を見極めようとしたかもしれない。
でも、こいつらはやはりその辺の盗賊団だった。抱きつくのに失敗した男たちでさえ『何か目測を誤ったかな』くらいの顔をしていて、目の前にぶらさがった美味しそうな美少女を捕まえたいという欲望で頭がいっぱいになっているようだった。
盗賊団はそれぞれにエイヴェリーを捕まえようと飛びかかる。その度にエイヴェリーは加速すると後方に跳んで避けていた。
「くそっ。なんだ。この女? ちょこまかと」
盗賊たちはまだエイヴェリーがわざと誘ってから、余裕で身体強化の魔法で逃げていることが理解できていないようだった。
欲望にまみれた盗賊どもの集団はいつの間にか縦に伸びてしまっている。
そこをクレイグと騎士さん四人が横から急襲して、さらには『逃げるゴブリンに扮していた』魔法人形のヒゲが草陰から小さな槍で攻撃する。
「ぐおっ」
ろくな反撃の指示もないようだった。
装備だけはそれなりな男たちだったが、クレイグや騎士たちとの力量の差は明らかであっという間になさけない声だけをあげて半壊した。
「武器を捨てて降伏しろ!」
立っているのが残り一人だけになったところで、女騎士さんがかっこよく剣を前に突き出して降伏を迫っていた。
逃げようと後ろを振り返ると背後には魔法人形のヒゲが回り込んで小さな槍を構えている。
「ひえっ」
あまり見慣れない魔法人形が怖く見えたのか、情けない声とともに武器を捨てていた。
「大人しくしていれば殺しはしない」
「ほ、本当か?」
「知っていることを全部話してくれれば、手荒なことはしないとも。約束しよう」
「お、俺は何も知らねえ」
こいつらは下っ端であって、切り捨てていい男たちなのは分かっている。
それでも断片的でも得られる情報はたくさんあるだろう。
騎士さんたちの説得に、盗賊風の男は捕まることを選び命が助かることを喜んでいた。
「俺たちは魔王を倒したっていうパーティを殺したら、賞金がもらえるって聞いただけなんだよ」
「魔族から、賞金がでると?」
「ああ、そうみたいだぜ。詳しいことは知らねえけど、伯爵がそう言っていたって話だ」
安心しようとしているのか、男は自分からべらべら喋りだしていた。
伯爵の正規の兵ではない。姫さまも誘拐しようとしていたという噂もあったけれどそれもなさそうだ。
下っ端だとしても、伯爵が魔族と通じている証人になる。少なくとも何か余計なことを話さないかと伯爵家を焦らせることはできるだろうと騎士さんたちは、当初の予定通りの戦果があったことを喜んでいた。
(僕たちは首筋が寒いんですけれどね)
実際に魔族が僕たちのことを狙っていて、王国内部にも裏切りものがいるので僕たちの情報が筒抜けだと聞かされれば怖くもなる。
ため息をつきながら、僕たちは今後どうするべきかと腕を組んで悩んでいたところだった。
「えっ」
僕の目の前で、盗賊男の首を矢が貫いた。
安心しきった騎士さんたちの横をすり抜けて、遠くからの弓矢による一撃が見事に決まっていた。
「敵襲!」
慌ただしく女騎士さんたちは姫さまを守るような位置について構えた。ただ、矢はその一本のあとは何も飛んでこなかった。
僕も矢避けの加護を祈ったあとは、しばらく何もない時が流れた。
少しすると多くの鎧がぶつかる音らしい金属音が、不快に近づいてきていた。
気がつけば、林の奥、開けた場所に多くの軍馬が並んでいて、馬から下りたらしい兵の姿が多数見えるようになっていた。
盗賊団を装ったりしていない正真正銘の兵隊たちなのは一目で分かる。
「メイヴェン伯爵。お久しぶりですね」
マリア姫さまは僕の隣でまっすぐにその兵たちが迫ってきている方に向かって声をかける。気丈に振る舞っているけれど、僕からは足が震えているのが分かってしまった。
想定はしていたけれど、狙いの人物が真正面から部隊を率いてやってくることはまずないだろうと思っていた。
(つまり、これは姫さま以外は含めて皆殺しにするつもり……いや、証拠隠滅のために姫さまもという可能性が高いか……)
「これはこれは、マリア姫さま。……そして、魔王を倒した勇者パーティの皆様。我が領地へようこそ!}
先頭にでてきた色白で大きな男が、僕たちに向かって少し大げさな手振りを交えながら僕たちに向かって威圧的に呼び立てる。
この男が、この領地の主であるメイヴェン伯爵なのだろう。
僕たちも張り詰めた空気の中でメイヴェン伯爵に強い眼差しを向けていた。
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