第29話 女の子の戦い方

「あそこがゴブリンの住み処ですね。」

 そうマリア姫さまが言い、まっすぐ指を差した。

 僕たちは岩陰から指し示された方向を覗き込むと、遠くの木々の間に小屋らしきものが見える。

 元々は人間が使っていた小屋だろう。しかし、今はゴブリンが乗っ取っているようで何匹かが動いていることも確認できた。

 僕たちは、もう姫さまの能力を疑っていないし、ついてきた冒険者を装った騎士さんたちも無言で臨戦態勢を整えている。

「ところでエイヴェリーは、女の子の体になってもその剣は問題なく振るえるの?」

「ん?」

 ふと目の前のエイヴェリーを見て気になった。

 クレイグほどの大剣ではないけれど、男の時に使っていた剣と同じような大きさの剣だった。姫さまの護衛らしき女騎士さんを見ても短めの槍か細い剣を持っているだけだった。

 自分が女性の体に変化したことのある身としては、やはり力仕事は厳しいと感じる。

「これくらいなら大丈夫」

 でも、エイヴェリーは涼しい顔で言い切った。

「筋力は確かに男の時より落ちているけど、オレは補助魔法もあるしね」

「それはそうだけど……」

 自己強化魔法なのは分かるけれど、そんないつも魔法を使っているわけにもいかないだろうと心配していたら、エイヴェリーは勝ち誇ったように笑っていた。

「ふふ。キーリー。オレはこの体のすごいところに気がついてしまったんだ」

「?」

「女性は力では勝てない。でも、軽量だから素早さを生かして戦えると言う人がいるけれど……あれは嘘だ」

 エイヴェリーは腰に手を当てて、僕に説明をしてあげようという姿勢をとっていた。

「鍛えておけば、剣でぶつかりあったりした時の力はまだ対抗できる。一番どうにもならないのはスピードだ」

 エイヴェリーの言葉には、少し離れたところにいる女騎士さんたちが思い当たることがあるのかわずかにうなずいていた。

 僕は、何が言いたいのかよく分からずに、あまり筋骨隆々なエイヴェリーも見たくないという程度の感想しか持っていなかったら、不意にエイヴェリーは剣に手をかけて僕の方を向いてニヤリと笑った。

「つまり速さを補助してやればいい」

 エイヴェリーは、そう言った次の瞬間に見えなくなった。

 僕の真正面にいたのにも関わらず見失ったのだった。

「え? すごっ」

 僕だけでなく、クレイグたちやマリア姫さまも騎士さんたちも誰もその姿を捉えることはできないままに、いつの間にか僕の後ろに移動していた。

 これがもし戦いの中だったら、僕はもう気が付かないうちに首を斬り落とされてしまっていただろうと思ってぞっとした。

「いつの間に補助魔法を……」

「女の子は子宮に魔力をためておいて、無詠唱で使うことができるのさ」

「し、子宮?」

 意外な説明をされて、僕は照れながらも困惑していた。

「そんなことできるの?」

「それは、本当です」

 話半分で聞いていた僕だったけれど、横からマリア姫さまが教えてくれたので信じてもいい話なのかなと思った。

「ただし、自分で剣を振るって戦う人でないと結局のところは詠唱が必要になるので、意味はないですけれど。あと、大人の女性だと月に一回流れてしまうので、また魔力を貯め直さないといけないですし、そもそも初潮を迎えてしまうとあまり魔力を貯める効率は良くありません。ですので、私などはあまりしないですね」

 姫さまから男子にはちょっと刺激的な単語を聞かされてしまってそれ以外のことがなかなか頭に入ってこずにしばらく腕を組んで考えこんでいた。

「つまり、自ら剣を振るいつつ魔法も使えて、月のものもない女性だけが有効な技だと……。なるほど……」

 それなら、確かに当てはまる人は少ないかもしれない。

 世の中の魔法使いや魔法剣士が女性ばかりではないのも納得できると僕はうなずいていた。

「えっ。そうなのか」

 当のエイヴェリーがその話を聞いて驚いていた。

「よく分かっていなかったけれど、パワーアップできたから喜んでいた感じか……」

「ま、まあ、そうだな」

 僕の指摘に、エイヴェリーは目を逸しつつうなずいていた。

 エイヴェリーは呪いのアイテムとかでも、力になるならあっさりと使ってしまいそうなところがあって僕としては危なっかっしいところがあると常々思っている。

「もしかして、オレは子どもを作れないのか?」

 僕が不安に思っていることとは、全然違うことでエイヴェリーは心配そうな表情をしてネサニエル爺さんにそう聞いていた。

「産みたいんか? それなら、産めるようにしてやるが……」

 ネサニエル爺さんは、わざわざあんな痛そうなことをしたいなんで奇特な奴だと言いたげな顔をしていた。

「そ、そうか、よかった。いや、今はいいけれど」

 エイヴェリーは、嬉しいようなほっとしたような顔をしていた。

 それは、別にいいんだけれど、なんで僕の方を見るのか……。

「えっ、できるのですか? す、すごいです」

 マリア姫さまが、尊敬の眼差しで爺さんを見つめていた。

(確かに、王族からすればとても意味のある魔法なのか……)

 マリア姫さまほどの人が、こう何度も褒め称えていると、爺さんに対する僕たちの今までの雑な扱いを改める必要があるかもと思ってしまう。



 

「準備できました」

 ルーシー姉さんが、騎士さんたちやクレイグたちが配置についたことを後衛の僕たちに伝えにきてくれた。

「私の弓を合図に攻撃を始める……で、よろしいですね?」

 ルーシー姉さんはマリア姫さまに確認していた。

「はい。問題ありません」

 マリア姫さまも、実戦ははじめてなので僕たちにお任せしますというスタンスだった。僕たちも姫さまも精霊さんから何か報告があるかだけを気にしている。

「じゃあ、始めるよ」

 ルーシー姉さんは今度は僕に対してそう言うと、エイヴェリーと並ぶ場所まで素早く戻っていった。

 キリキリと音を立てて、ルーシー姉さんが弓を力いっぱい構えて矢を放つとゴブリン一匹を見事に射抜いた。

 そして、続けて小屋に派手すぎる爆発音が響いていた。

「作戦通りだけど、目立ちすぎ」

 僕も姫さまと足並みを揃えつつ、前の方へと進んでいった。

「まあ、でも楽勝かな」

 油断は禁物だけれど、見る限り僕の加護も回復魔法もほとんど出番がなさそうだった。

 それだけクレイグと四人の騎士さんの力は圧倒的だった。不意打ちを食らったゴブリンの反撃は全く前衛にダメージを与えることができずに追い詰められていく。

 迷宮なら固い前衛が多すぎても困ることがあるけれど、この開けた場所であれば何の心配もなさそうだった。

 そんな中、エイヴェリーはといえば、クレイグたちを見下ろしながらじっと遠くを見つめて立っていた。

(罠を警戒している……のは分かっているけれど……もっと遠くを気にしている?)

 雲の間から光が差し込みエイヴェリーを照らしていた。小規模な戦いではあるけれど、その美しさも相まって伝説で聞くところの戦場で指揮をとる戦乙女のようだった。

(こういう時のエイヴェリーの勘は当たるんだよね……)

 精霊と会話するような力はないけれど、周囲のわずかな違いも感じ取る力があるのだと思っていた。

「あ、手前の岩にもゴブリンが! 東の方に向かって逃げていきます!」

 女騎士の一人が叫んでいた。

 ちょっとわざとらしく聞こえてしまったけれど、姫さまの耳に届けるために大きな声と手を振っていた。

「東はメイヴェン伯爵領ですが……。仕方がありません。許可はあとでとりましょう。被害が出る前に追いかけましょう」

 姫さまと僕は、緊張しながら当初の予定どおりに東の伯爵領に向かって進みはじめた。

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