第28話 気楽な冒険の旅路
僕たちは、ゴブリン退治に向かうため馬車に揺られていた。
僕の隣に腰掛けたエイヴェリーはといえば、鼻歌を口ずさみながら赤ん坊におっぱいをあげている。
目のやり場に困って外を眺めたりしつつも、僕はときどきちらちらとエイヴェリーたちの様子を確認する。
「まんぷくですか~?」
終わったらしくて、エイヴェリーすっかり若いお母さんかお姉さんのような甘い声で、赤ん坊に話しかけていた。赤ん坊もエイヴェリーに話しかけられて嬉しそうに笑っている。こうやってみるともう本当の親子にしかみえなかった。
「じゃあ、キーリーよろしくね」
エイヴェリーはしばらく赤ちゃんを高く抱きかかえていた。どうやらゲップをしたのを確認するとまだ肩のあたりがはだけたままで、赤ん坊を両手で抱えて僕に渡した。
「はいはい」
僕はまたエイヴェリーの方をまっすぐ向けずに照れたままで赤ん坊を受けると、抱っこ紐でくるんでと背負った。
エイヴェリーは新たに購入した剣で前線で戦う気満々だったから、外で戦うようなことがあるときは自然と僕が赤ちゃんの面倒をみることになっていた。
やがて馬車は街の郊外についた。最近、ゴブリンたちが住処にしていると言われている場所のすぐ側まで三台の馬車でやってきたのだった。
「なんなんだ。この状況……」
僕は赤ん坊を背負いつつ馬車から降りると改めて周囲を見回した。かつてない変な待遇に戸惑って変な声がでてしまう。
馬車で目的地の側まで送迎され、身分を隠してははいるけれど明らかに良い装備と良い馬すぎる何人もの騎士の護衛つきであり、村の家畜に被害が出ている程度のゴブリンを相手にするには、パーティの人数も装備も過剰すぎる。
さらには、これは僕たちの都合なのだけれど僕は赤ん坊を連れてきて背負ったままだった。
「こりゃあ、ピクニックか何かか?」
そんなクレイグの軽口を、今回は僕もエイヴェリーもたしなめる気にはなれなかった。
マリア姫さまに万が一のことがあってはならないのは分かるけれど、ちょっとやりすぎだと僕でさえ思う。
「精霊たちによれば、ゴブリンの住処はあの大きな木の下にあります。さあ、向かいましょう」
マリア姫さまは、外へ出ることができたこと自体が嬉しそうに見える。
杖で進むべき方法を指し示すと、僕たちも含めて数多くの従者が一斉に移動を開始しはじめた。
「しかし、姫さまが言う精霊さんたちの情報なんてどれくらい当てになるんかね」
クレイグはネサニエルじいさんに向かって緊張感なさそうに、聞いていた。
「そうさなぁ……魔法使いによるが……」
「クレイグさまが、私と出会うまでは『あわよくば王女さまと一晩を共にして思い出を作ってやりたいなあ』などと妄想していたのに、実際に私を見たら、まだまだ子ども体型で『自分の守備範囲外だな。五年後に出直してきな』と興味をなくしてしまったのが分かる程度ですわ」
いつの間にか、マリア姫さまは隊列から下がってきていてネサニエルじいさんの後ろに立っていた。
「ひえっ」
お姫さまだし、役割的にも魔法使いなのだから後ろの方にいるのが自然なのだけれど、予想しておらず誰も全く気がつかなかった。特に当のクレイグはすごく怖いものを見たという感じで怯えていた。
「も、申し訳ございません」
どうやら図星だったらしい。
クレイグほどの大男が地面に頭をこすりつけて、お姫さまとはいえ小さな少女に謝罪している図は身内ながらちょっと情けない。
考えていることまで分かるのだったら、かなりすごく、そして怖い。ただ、クレイグに関してはそんな失礼な心の内を普段から口に出しているので、それを組み合わせればそういう情報になる気はする。
(それでもすごいな。そして、怖いな)
「いえいえ、実際、私は胸とか全然ありませんしね。これで政略結婚狙い以外で口説こうとする殿方がいましたら、かなり変態です。ええ、自分がよく分かっていますから」
静かにマリア姫さまは怒っていた。
途中からはクレイグがどうとかではなくなかなか大きくならない自分の体に、そしてなんなら世界に怒っているかのようだった。
「そうです。ネサニエルさま。私の胸も大きくできますか?」
マリア姫さまは、ふと思いついたようにネサニエルじいさんに声をかけた。もう土下座したままのクレイグの存在は忘れてしまったかのように、ネサニエルに並んで会話をしていた。
得意な分野は違うみたいだけれど、魔法使いとして尊敬している感じが伝わってきて、ネサニエルじいさんは実はすごいんだなと僕たちは感心しながらおじいちゃんと孫娘みたいな二人を見守っていた。
「できるが……成長期の体にはしないほうがいいじゃろ。体の成長に合わせて、一時的な变化を何度もするのはよくないんじゃ」
「なるほど……ですが、私、成長するんでしょうか?」
マリア姫さまは、真っ平らな自分の胸を両手で触りつつ悩んでいた。おそらくこの一年くらい期待していた成果には全くなっていないのだろう。
「それは、分か……ああ、おそらく……、いや、間違いない。成長するとも」
じいさんはそんなことを聞かれても分からないと困っていた様子だったが、途中からは励ますように言い切った。
(来年はもう会うこともないだろうと適当に答えることにしたな……じいさん……)
「男の方からすれば、エイヴェリーさまくらい胸の大きさがちょうどいいですよね。ね。キーリーさま」
姫さまの相手はもうじいさんに任せていいと油断していたら、急に振り返られてそんなことを聞かれてしまった。
「えっ」
そんなことを聞かれてもと思うのだけれど、横目でエイヴェリーを見ると、胸を隠すこともなくじっとこちらに視線を送りひたすら僕がなんて答えるのかを待っているようだった。
(せめて怒るとか、照れるとか、いっそ自慢するとかして欲しい……)
「う、うん。そうだね。世の中の男は胸は大きければ大きいほどいいかもしれないけれど、僕はこれくらいの大きさがいいと思うよ」
横からの圧力で、僕は言わされたみたいなぎこちない答えになってしまった。
「そうじゃろ。わしが長年研究した結果じゃ。世の中の男性の理想が詰まった造形になっておる」
「ええ、そうですね。私から見ても素晴らしい大きさ、形だと思います」
ネサニエルじいさんは、そんなことをどう研究したんだと内心では呆れながら聞いていたんだけれど、意外にも隣のマリア姫さまが偉大な師匠を見るかのように目を輝かせて賛同していた。
「それに素晴らしい柔らかさ、弾力だと思います」
エイヴェリーの胸に手を当てながら姫さまはそう言った。今は革の胸当てをつけているので、残念ながらその柔らかさを確認することはできない。
(触ったのか……しかも、そんな柔らかさを堪能するくらいに……いや、女性同士なのだから別に普通……なのか?)
「そう思いますよね。ね、キーリーさま」
こんな若い女の子でなかったらやはり権力を振りかざしての駄目な行為なのではと、悶々としていたら姫さまは不意に振り返って同意を求めてきた。
「え、そ、そんなちゃんと触ったことはなくて……いや、とても柔らかったですけど、他の女性の胸を触ったことがないので比較できないっていうか……」
大人しく聞いているけれど、『なんだこのヘタレは』と言いたそうな姫様の視線が怖い。
「ひ、姫さま……。あ、あの……」
そんな姫さまに対してエイヴェリーは珍しく慎重に声をかけると、耳元で囁き。二人で何やらヒソヒソ話していた。
「なるほど……エイヴェリーさま。頑張ってください」
姫さまは、僕の方を一瞬見た後で、エイヴェリーを励ましていた。
なんか、二人が獲物を狙うような鋭い眼光で僕の方を見たのが気になるけれど、何も言わずにゴブリン退治に向かうことにした。
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