第27話 まるで夫婦冒険者みたい
「え、あ、あの、姫さま?」
「私は近い年の殿方と触れ合う機会がなくて……このような感じなのですね」
マリア姫さまは、僕にまたがったままで、一心不乱に僕の胸からお腹の方まで手のひらでぺたぺたと触れていた。
「キーリーさま、いかがですか? 私と秘密の交際をいたしませんか?」
お互いの下半身が触れ合っているを感じていて、姫さまは欲情したかのような目つきで僕にそんなことを言った。
「ひ、姫さま。キ、キーリーは、見習い神官の身でして、女性と交際などしたらクビになってしまいますので、ど、どうか一時の気の迷いはなしにしていただきたい」
エイヴェリーが、いつになく大慌てで飛んできて姫さまを制止しようとしていた。
「素敵な騎士さまが守りにきてくださいましたね。残念です」
慌てているエイヴェリーを見ることができて満足したかのように姫さまは、僕の上からどいてくれてベッドの横に降り立った。顔を隠していたフードも脱いでふんわりとした髪が広がった。
「冗談です。二人が実は男の人であることも、好きあっていることも精霊さんたちから聞いておりますので、からかってみました。申し訳ありません」
いたずら好きそうな笑顔で、マリア姫さまはエイヴェリーと僕に視線を向けて謝罪してくれていた。でも、僕には色々なところを触られた感触がはっきりと残っていて若い男性の体に触れてみたいというのは本当なんだろうとなと察したけれどさすがに姫さまにもエイヴェリーにもそんな事を言う気にはなれなかった。
「いえ、別に僕たちは好きあってはいないですが……」
僕は一つだけ訂正する。
「えっ、そんな。私と精霊さんの間でも解釈は一致していますのに……」
間違えたことがとてもショックなようで姫さまは揺らめいていた。
「なるほど……まだ……。キーリーさまは……女性のエイヴェリーさまでないと……。そうですね……もうしばらく見守るといたしましょう」
姫さまはなにやら何もない場所でぶつぶつ言っていた。どうやら精霊さんと打ち合わせをしているらしい。もし、この間、精霊の話を聞いていなかったら、ただのおかしな人にしかみえなかったかもしれない。
「分かりました。とりあえず楽しそうなお二人の話はおいておきましょう」
マリア姫さまは、精霊さんとの打ち合わせでなにやら解決したのか気を取り直して顔をあげて僕たちの方を向いた。
(なんか、僕とエイヴェリーのことを楽しげに観察しているって感じだったのは気になるけれど……)
先ほどからの姫さまが言う言葉の端々に、そんな雰囲気を感じとってしまう。
「まあ、そんなわけでオレたちは、姫さまに弱みを握られてしまったわけだ」
エイヴェリーは、堂々と胸を張りながら情けないことを言っていた。
「ふふ、そんなことで脅すつもりはありませんよ」
姫さまは、笑顔だった。でも、先日までの純粋無垢な天使のような笑顔だとは思えなくなって、何か企んでいるのではないかという印象を受けてしまう。
「偶然ですが、ちょうど良い機会だったと思います。エイヴェリーさまたちは、魔王を倒したと申請しているパーティなのですよね?」
「え、ああ、はい」
姫さまはやはり何も知らない純粋無垢なだけな箱入り娘というわけではない。
色々、情報を集めた上で、僕たちがいるところにまでやってきたのだろう。
(もしかして、姫さまは魔王を倒した僕たちを褒めて王国内にも報奨を与えるように後押ししてくれたりとか……)
そんな希望的な考えもしたけれど、今日の雰囲気からするとそんなことはなさそうだった。
「出会えてよかったです。このままだとみなさんは殺されてしまったかと思います」
「え?」
甘い期待はしないでおこうと覚悟はしていたのに、それを上回る姫さまの優しい笑顔からは想像もできない厳しい言葉が聞こえてきて、宿屋にいた僕たちパーティは言葉を失い固まってしまった。
「このような状況を踏まえて、皆様とゴブリン退治に向かいたいと思います」
宿屋で相談を終えたあとで、僕たちは外に出ると街の出口に再度集まった。
姫さまの宣言は、ずっと街の大きな門の前で待っていたらしい執事のスチュワートさんに向けてのものだった。
(どのような状況なんだ……?)
僕たちのパーティもあまり飲み込めてはいなかったけれど、スチュワートさんはじめ護衛の人らしい人たちは疑問に思いながらも何も言わずに大人しく聞いてくれているようだった
「はい、左様ですか……。エイヴェリーさまのパーティとご一緒ということですね」
スチュワートさんは、覚悟はしていたようだったけれど困ったようにうなずいていた。
まさか本当に姫さまが冒険者の真似事をするだなんて思っていなかったのだろう。
「大丈夫。ちょっと冒険にでる魔法使いの経験をしてみたいだけよ」
マリア姫さまは、自分のことをお転婆で世間知らずで我が儘なお姫さまみたいに説明していた。
周囲の他の大人たちは、そのままの印象を受けて困ったように苦笑いしていただけだったけれど、スチュワートさんだけは長年の付き合いなのか、それだけではなくもっと危険なことをするつもりなのだろうと気が気でない様子だった。
(まあ、数日間の付き合いの僕たちでさえそう思う)
「ですが、護衛のものはつけさせていただきます」
スチュワートさんは、姫さまがこう言い出すのは予想済みだったのか、最初から後ろに護衛の兵らしい人が控えていた。
三人の格好いい女騎士さんと、年配の男性騎士さんが一人のあわせて四人が前に出てきて、僕たちに向かって騎士らしい礼で頭をさげていた。
「よろしくお願いいたします」
四人ともクレイグに比べれば背格好が大きいわけではないし、筋骨隆々というわけでもなく男の騎士さんもどちらかといえば細い体だったけれど、かなり強そうな人たちだった。
何と言っても、その辺の冒険者らしい服を上から羽織っているけれど、中の装備は完璧でゴブリンの攻撃程度では傷つけることさえできないだろうという気がする。
僕たちもその高級そうな装備に気圧されながらも、にこやかに握手をして迎え入れた。
「それでは、近隣の村が飼っていた牛に被害を出したというゴブリン退治にまいりましょう」
姫さまは元気よくそう言って僕たちを先導する。
通りすがりの街の人たちも、この勇ましい少女の言葉に何事かと注目しながらすれ違い、応援してくれる人もいた。
マリア姫さまは超有名人だけに、僕たちも騎士さんたちもフードが外れたりして街の人たちにばれて大騒ぎになってしまわないかとどきどきしながらこの光景を見守っていた。
「赤ちゃん、どうしようか?」
「スチュワートさんに預かってもらおうかなと思っていたけれど……」
とりあえず大騒ぎにはならなかったことにほっとしているとエイヴェリーが近づいてくる。
最近は僕が背負っているのが当たり前になっている赤ん坊を見ながら、エイヴェリーは悩んでいた。
(なんか本物の夫婦冒険者みたいだな)
そんなことを一瞬考えてしまい。僕は恥ずかしくて頭を振ってその考えをどこかに振り払った。
(リーダー相手に、何を喜んでいるんだ。僕は。……喜んでいる? い、いや、元は男のエイヴェリー相手に喜んだりする訳がないじゃないか、あはは)
「キ、キーリー? 大丈夫か? 赤ちゃんが起きちゃうよ」
頭を振り、なにかぼそぼそと話している僕のことを見ながら、エイヴェリーは心配そうだった。
「その赤ちゃんは、連れていったほうがいいかと思います」
慌ただしい中、僕たちのところに、マリア姫さまはすっと割って入ってきてちょっと控えめな声でそう提案した。
「……それは姫さまの作戦に関わりそうな何かがありそうということですか? それとも精霊さんがそのほうがいいと勧めてくれているのでしょうか?」
「うーん。そうですね。両方でしょうか」
僕たちと姫さまはあまり親しげに向かい合ったりはせずに、お互いに街の門の方を向いたまま話していた。
マリア姫さまは、一瞬だけフードをずらすと視線だけこちらに向けて意味有りげな笑みを浮かべた。
(簡単な仕事ではないってことだよね……)
姫さまをこっそり護衛している人やお見送りにきている大人たちもあまり信用できないのだという空気を感じてしまい、僕たちは赤ん坊を背負いながら冒険にいくことにした。
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