第24話 二人で街の外れの屋敷へ
「じゃあ、頑張ってきてね~」
ルーシー姉さんは、赤ん坊の手を握り、一緒に手を振りながら僕たちを見送っていた。
赤ん坊は僕たちがいないと泣いてしまうんじゃないかと思って心配したけれど、少なくとも僕たちの姿が見えている間はちょっと不安そうな目でこちらを見つめていたけれど泣き叫ぶことはなかった。
「あの子。すごい大物になる気がする」
「どうかな。クレイグが抱っこした時には泣いていたからね」
「それはそれで、ちゃんと人を見る目があるのかもしれない」
「たしかに」
そんな話をしながら、女の子の僕とエイヴェリーは都カッキーサの中でも指定された高級住宅地を目指して歩いていた。
女性の姿といっても、おそらく依頼主は冒険者としての女性に依頼したいのだろうから、エイヴェリーもこの間のような可愛らしいワンピース姿ではなくて軽装ながらも剣士の格好だった。
ただ、胸元や太ももなどは見える格好になっていて太ももが特に僕には眩しい。
全部、ルーシー姉さんによるコーディネートだった。
僕もポロア教の女性神官の格好だった。男性とあまり差はないし、肌の露出も少ないのだけれど歩くとふわりと足元までのスカートが広がる。
冒険者らしき若い女性の二人組みは、通行人たちの注目を浴びていた。
「いやあ、キーリーは可愛いな」
そう言いながら、エイヴェリーは僕の腕に手を回してくる。
(えっ、な、何をしているの? ちょ、ちょっと駄目でしょ)
僕の二の腕がエイヴェリーの柔らかい胸に包まれていた。もう、押し当てているとか挟まれているとかそんなレベルではなくて、僕の感覚としては包み込まれている感じだ。加えて肩にはエイヴェリーの頬が擦り付けられていた。
普段は使わないであろう肩の神経が張り詰めて、エイヴェリーの頬の感触を確かめようとしていた。
(いや、今は女の子同士だからいいのか?)
何が『いいのか』なのか自分でも分からないけれど、街の人たちも微笑ましく僕たちのことを見送っている気がする。
「お、お前の方が可愛いよ」
もっと、なんか、こう、からかうように言ったつもりだったんだけれど、妙に自信なく可愛らしい声で発した結果。照れながら、相手のことを褒めているだけみたいになってしまった。
「お、おう。あ、ありがとう」
エイヴェリーはちょっと不意打ちをくらったみたいで、頬を染めながら素直に御礼を言ってきた。
『あらあら』『青春ねえ』と商店のおばちゃんたちが、こちらを見ながら楽しそうに微笑んでいる。
変な見世物みたいになって恥ずかしかったけれど、さっきの不意打ちをくらったエイヴェリーの顔はとても可愛らしかったので満足しながら二人で腕を組みながら街の通りを進んでいく。
「ここか」
目の前には立派なお屋敷がそびえ立っていた。
ルーシー姉さんに渡されたメモを取り出して周囲の様子を確認する。
街の中央からは少し外れた閑静な屋敷が立ち並ぶ一角にあるこのお屋敷で間違いなさそうだった。
「誰のお屋敷なんだろう?」
立派なお屋敷ではあるけれど、周囲と比べるとやや地味な印象を受ける。
ルーシー姉さんの話を聞くと、それなりの貴族の可能性もあると思って身構えていただけに少し意外だった。
もう引退している商人のお屋敷という感じだった。
「手入れはされているけれど、あまり生活している感じはないね。別荘の可能性はあるか」
庭は広い。僕たちはその中を歩きながら、エイヴェリーは芝や植木の様子を見ながらぼそりとつぶやいていた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
屋敷の扉を叩くと、執事らしい人が丁寧に頭を下げながら屋敷の中に招き入れてくれた。
「はじめまして、ギルドより紹介されてまいりましたエイヴェリー・ランプリングです。こちらは連れのポロア教の神官キーリーです」
エイヴェリーも礼儀作法に則って挨拶を返す。こういったところは、さすがに貴族の家柄なのだなと感心しながら流れるような所作を見ていた。
「申し訳ありませんが、依頼内容の説明はあとにさせていただきます。私についてきていただけますか?」
(なんで後なんだ?)
そう思いながらも、特に口には出さずに執事さんらしき人のあとをついていくことにする。
お屋敷の中をまっすぐ通っている廊下を、ひたすら歩いていくと奥の部屋を……超えてしまった。
「??」
「どういうこと?」
そのままお屋敷の反対側の庭にでたときには、これは『見た感じでもう駄目だったから、お帰りください』と言われているのかと思った。
「どうか、こちらにお乗りください」
よく見れば裏庭の木の奥には、馬車が用意してあった。
この馬車に乗っても大丈夫なのかなと、僕はエイヴェリーに目配せする。
「大丈夫でしょ。まあ、ギルドからの確かな依頼でなければ犯罪を疑っちゃうけれどね。可愛いキーリーちゃんを複数の男たちが拐かして楽しんだあと、そのまま売り飛ばしちゃうみたいな」
「ひい」
僕は恐怖で思わず変な声がでた。想像しただけで震えてしまう。これはあまり男の時には感じたことのない恐怖なのだと思った。
「まあ、これはギルドにも正確な依頼者を伝えたくないんだろうね」
エイヴェリーはそう言いながら、臆した様子もなく馬車の客車へと乗り込んだ。
「それができちゃったら、駄目じゃない?」
そう聞けば、エイヴェリーを守るためにも僕も馬車に乗り込むしかなかった。
「間違ってはいないんだろう。つまりこの屋敷もおそらく名門貴族が所有しているのは嘘じゃない。ただ護衛することになるのは、最近スキャンダルを起こした末の娘の家とかそういうことさ」
エイヴェリーはそう言いながら、ちらりと一緒に乗り込んだ執事さんの顔を伺った。
執事さんは眠っているのか微笑んでいるのか分からないくらいに目を細めて、すました顔をしていた。
(おそらく大体あっているのだろうな……)
執事さんは何も答えてはくれなかったけれど、そんな雰囲気だった。
(そうなると、これはかなりの大物貴族なのでは……)
同じことを考えたのか、エイヴェリーは明らかにテンションが落ちていた。私兵をいつも雇ってはいられないくらいの貴族の護衛依頼を想像していたので、勝手に動くのも面倒くさそうな名門貴族の館に足を踏み入れるのはエイヴェリーには窮屈そうだった。
「ん?」
「んん?」
僕たちは、近づいたこともないけれど良く知っている街の中央に向かっていた。中央が近づくにつれて、さすがのエイヴェリーも困惑した表情で僕の方を見ていた。
「王宮?」
「王宮だね」
困惑している僕たちに、執事のおじさんは相変わらずすました顔で何も語ってはくれなかった。ただ、少しだけ僕たちの反応を見て楽しそうな口元になっている気はする。
「もしかしてこのまま、謁見の間で王様と対面かと思ったけれど……」
「さすがにそんなことはなかったね」
馬車を降りると、僕たちは王宮の中でも端っこにあるであろう離れのこぢんまりとした建物へと案内された。
庭の植物たちを管理しているかのように花に囲まれた白い小屋は、近づくとかなり凝った作りで花の中で映えて映える外観だった。
「生活感はあまりないけれど、単なる植物管理用の物置ではなさそうだね」
「昼間は、ここで綺麗な花を眺めながら仕事するのかな」
『優雅だねえ』とちょっと皮肉めいたことを言おうとしたけれど、止めた。止めて正解だったと小屋の奥からでてきた人を見て思う。
「こちらは、王女マリアさまです」
執事の人が一歩下がって恭しく言ったのでなければ、あっさりとした紹介にあやうく聞き流すところだった。
小屋から出てきたのは、僕でも知っているこの国で一番人気のあるいかにもお姫様の格好をした可愛らしい少女だった。
それはそれはそうだ。彼女は、このマクワース国の国王の一人娘。本物のマリア姫さまだった。
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