第50話 秘密の花園に咲くお姫さま

「ようこそ、王宮の片隅に咲く花壇へ。いらしてくれて嬉しいです」

 まだ幼い顔立ちながらもマリア姫さまは落ち着いた仕草と声でわずかに頭をさげ、ドレススカートの裾をつまみながら挨拶をしてくれる。

「お、王女さま?」

 僕はと言えば、そんな挨拶をする人たちと触れることがなかったので、まずは挨拶に驚いていた。

(本当に普段から、あんな綺麗なドレスを着ているんだ)

 続けて、服装に感激していた。

 ティアラこそつけていないけれど、ふんわりとした金色の髪も同じくふんわりとした水色のドレスも思い描いていたお姫様というイメージそのままだった。

 一年くらい前にこの都のお祭りで挨拶したのを見た時にはまだ子供っぽい可愛らしさだったけれど、今は、大人の女性に変わりつつある感じが素敵だと思いながら、つい顔から胸や腰のあたりまでじろじろと観察してしまう。

(よく考えれば、僕たちは一応、客人だから普段着がこれってことはないか……)

 僕が完全に戸惑っている間に、エイヴェリーはさすがに儀礼をわきまえていて片膝をつくと差し出された姫様の右手を優しく包むと手の甲にキスをする仕草をしてそっと離れた。

(それは、女性同士でやる挨拶なのか?)

 僕は疑問に思ってしばらく考えていたけれど、『僕は他の神に仕える神官だからいいか』と真似をしない結論になって一礼するだけにしておいた。

 残念ながらこの国の王族にはポロア神は全く受け入れられていない。少し距離をおいた感じでもそれほど不自然にも思われないだろう。

「どうぞこちらに」

 マリア姫さまが自ら案内をしてくれた先のテラスには、綺麗な真っ白なテーブルがあり紅茶やお菓子が用意されていた。

「私がお茶をいれたのですよ」

 マリア姫さまはそう言った。どちらかといえば、僕たちにというよりかは後ろで静かに待っている執事さんらしき人に勝ち誇っているかのようだった。

「それは……畏れ多いことです。ありがとうございます」

 エイヴェリーは感激しつつも、そんなことをされると断ることもできなくなりそうで困っているように僕からは見えた。

「まずはお座りください。一緒にお茶をいただきましょう」

 姫さまはまず自分が率先して座ると、手を優雅に広げて僕たちにテーブルの席に座るように促していた。

 執事さんが席を引いてエスコートしてくれてくれる。僕までお嬢さんになった気分でエイヴェリーの横で恐縮しながら席に座った。

「私はエイヴェリー・ランプリングと申します。ソメリム地方の出身で今は冒険者をしております」

 緊張も感じさせずに挨拶をしていたけれど、僕にはちょっと違和感があった。どうやら、エイヴェリーとしては貴族の家柄だということは伏せておきたいらしい。

(興味を持たれてランプリング家に娘なんていないだろうと言われても困るかもしれないってことか……)

 本当に細かいことに気が回るなあと感心していた。

「こちらは、私のパーティ仲間でポロア教の神官キーリーと申します。本日は付き添いで来ております」

 油断していたら、僕の方まで紹介してくれたので慌てて頭を下げた。

 エイヴェリーはともかく僕のキーリーという名前はこの地方ではあまり女性名としては使われないんじゃないだろうかと思ってもう少し何か考えておいた方がよかっただろうかと思ったけれど、マリア姫さまも執事さんも気にした様子はなさそうで安心していた。

「付き添いですか……。ああ、私が、人身売買をするような怪しい人間であることも考えたということですね。なるほど……」

 姫さまの不評を買ってしまっただろうかと思ったけれど、納得してくれたようで安心した。

「女性冒険者とは、そういう危険も考えないといけないものなのですね。なるほど……。ところで……、お二人は恋人でいらっしゃるのですか?」

「えっ」

 いきなりの質問に、僕は姫さま相手にも関わらず思わず変な顔をしながら、驚いてしまった。

 ウテン卿の時とは違って、今は二人とも女性の格好だ。

 自分で言うのもなんだけれど、それなりに可愛らしい成人間際の少女二人組に見えるなと満足していただけに意外な言葉だった。

(王族では、そういうのが当たり前とか……。確かに昔、そんな話を聞いた気がする……けど!)

「いえ、女性同士なのはわかっておりますが、精霊さんたちが二人を祝福しているように見えましたので」

「精霊さん……」

 魔法使いは精霊を使って火や水を放つ。ネサニエル爺さんも得意ではないけれど、精霊を使っていると言っていた。

 でも、実際に見える人は少ない……らしい。

「精霊が見えるだなんて、すごいですね。ええ、私はもう恋人になりたいのですが、キーリーにはつれなくあしらわれていまして……」

 エイヴェリーは自分の頬に手を当てて悲しそうな演技をしながら、僕の方を上目遣いで見てきた。

(やめろ。余計な演技をしてややこしくするな)

 僕はそう怒りたかったけれど、姫さまの手前なので冷静を装いつつ余裕の笑顔で受け流していた。

「そ、そうだったのですね。余計なことを言ってしまったでしょうか」

 マリア姫さまの方が冷静ではいられないらしく。頬を赤く染めながら、興味津々で『今、私は素敵なものを見ている』という目で僕とエイヴェリーを見ていた。

「エイヴェリーさまは、こんな素敵な方ですのにね」

 マリア姫さまは、特にエイヴェリーの方を憧れの眼差しで見ていた。

 可愛くしてもらったけれど、あくまでも田舎娘的な可愛らしさの僕と違って、エイヴェリーとマリア姫はこの王宮の片隅で会っているのが似合う二人なのだと思った。

 何故かいつの間にか、エイヴェリーの気持ちにすぐに応じない僕が冷たいという会話が続いていた。

「私ならすぐ恋人になりますのに……」

 姫さまは少し頬を染めつつ、エイヴェリーのことをじっと見ていた。

(あれ? 女性同士だよね。 う、うん。一目で気に入ってくれたのならいいか……)

「マリア姫は、このように魔法の才能がございまして、実践的な魔法と護身用の剣を教えていただくことを所望されております」

 話が進まないと思ったのか、待機していた執事さんが見かねて依頼内容について説明していた。

「こほん。ありがとうスチュアート」

 姫さまは、さすがに自分でも勝手に盛り上がりすぎたと思ったのか、顔が赤いままながらもなんとか一旦冷静になろうと姿勢を正していた。

「私の方はエイヴェリーさまにお願いできればと思っておりますが、いかがでしょうか?」

 それでも姫さまはぐいっときていた。

 ちょっと違和感はあるけれど、エイヴェリーは気に入られて採用されるみたいなので僕は素直に喜ぶことにする。

「私は魔法については、いわゆる補助魔法がメインなのですが、それでもよろしいでしょうか?」

「ええ、問題ありません」

 姫さまは、エイヴェリーの問いにもきっぱりと返答していた。

(まあ、魔法を極めたいならそれこそ本職の大魔法使いとかも呼べるだろうしな……) 

「正直なところを申し上げますと……冒険の際の出来事をマリア姫さまに語っていただくだけでも構いません」

 後ろでスチュワートと呼ばれていた執事さんが、いきなりぶっちゃけたことをいいはじめていた。

「失礼ね、スチュワート。ちゃんと剣も学びます。王族たるもの護身術は大事とお祖母さまも言っておられたわ」

「分かりました」

 スチュワートさんはやや首をすくめてうなずいていた。

 言葉は丁寧だったけれど、少しからかっているような態度だった。

 この主従は長年の付き合いで信頼しあって、くだけたこともいう間柄なのだと察せられた。

(そして、きっと姫さまは、運動とかは全然駄目なんだろうな……)

 スチュワート執事さんの態度からそういう雰囲気も感じていた。

「では、エイヴェリーさま、よろしくお願いいたします」

 スチュワート執事さんは、丁寧にエイヴェリーに頭を下げて依頼していた。姫さまもあわせて軽く頭をさげる。

 まだ、エイヴェリーはやるとは言っていないのにも関わらず断れる雰囲気ではなくなってあたふたしながらも応じていた。

(まあ、教えるのはエイヴェリーだし……いいか)

 変な気づかいはしそうだけれど、普段の冒険より全然楽だし。エイヴェリーはなんだかんだでいい先生になる気がしていた。

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