第23話 僕も女の子になる

「そうだね。僕も女の子になれば……え?」

 何かの冗談なのだろうと思っていたけれど、エイヴェリーは本気の眼差しで僕を見ていた。

「いやあ、最初の交渉だけでもついてきて欲しいな。なんて」

 エイヴェリーは珍しく気弱になって、そう僕にお願いをしてくる。

 最近、頼み事をする時にも上目遣いで軽くウィンクなんてしてくるものだから可愛らしくて仕方がない。思わず何も考えずに『うん、任せて』と言ってしまうところだった。

「エイヴェリーが偉い貴族とか苦手なのは分かるけれど、貴族出身でない僕がついていっても二人であたふたするだけじゃないの?」

「やっぱり神官さまがいてくれると、向こうの安心感が違うんだよ。頼むよ」

 エイヴェリーが両手をあわせてお願いをしてくる。

 いつも怯むことなく独断専行気味なエイヴェリーを見ているだけに新鮮だった。

(ルーシー姉さんの言う通り、依頼主が女好きなおじさんっていう可能性もあるしな……。いや、それなりに偉い貴族は間違いなく女好きだろう)

 貴族ではない田舎ものの偏見であった。

「よし、分かったよ。とりあえず最初だけでもついていこう」

 決して可愛らしい女の子姿のエイヴェリーの容姿に惑わされたわけではない。友人としてパーティーメンバーとして心配だからだと僕は自分に言い聞かせていた。

「神官が信頼されているんなら、この格好のままでもいいんじゃないの?」

「そうだね。最初はそれでもいいかもね。ただ、あとからやっぱり女の子でしたとは言えない……いや、全然違う美女に変身すればいいのか……?」

 エイヴェリーがなにやらぶつぶつ言って考え込んでいるとルーシー姉さんが追加の情報を与えてくれた。

「今回来ている依頼は、完全に女性のみの依頼で、お屋敷に入れるのも女性だけね」

 割と珍しい依頼なのだとルーシー姉さんは解説してくれる。

「別の依頼を待ってもいいけれど、今回の依頼はかなりの金持ちで、楽な仕事だと思うわよ」

 そんな依頼をする時点で、少なくとも今すぐに危ない人に襲われそうな緊急の護衛とかではなさそうということだった。

「確かに……街中での本気の護衛とか怖いものな」

 専門の護衛の人なら違うのかもしれないが、僕たちはあくまでも冒険者だった。

 外で魔族と相対するならかなりの大きさでも数でもなんとかする自信はあっても、技術のない僕たちは街の中で急に襲われた場合は身を挺して守るしかない。

 そう考えると僕の中の気持ちは、エイヴェリーが心配なので、ぜひこの依頼を受けたい。そのためならできるかぎりの協力はしたいという気持ちに傾きつつあった……が。

「でも、その間、この赤ん坊はどうする?」

 顔をあげてまずクレイグの顔をみたけれど、露骨に目を逸らされてしまった。

 駄目だろうとは思っていたので、こちらも強く頼むつもりもなかった。

「安心せい。娘を三人育てたわしが面倒をみておいてやろう」

 普段は偏屈そうで、昔からひたすら魔法の研究をしていそうなネサニエル爺さんだったけれど、そういえば、各地に孫とかいるんだった。

 僕を実験対象にできるのなら良いと思っているのか、妙に協力的だった。

「一日くらいなら、私も見てあげるわよ。……ほう、男の子なのね。人間の若い男の子……ふふ」

 ルーシー姉さんが僕の腕の中で寝ている赤ん坊に対して、涎を垂らしそうな表情でのぞきこんでいた。 

(助かるけれど……ルーシー姉さんに長い間あずけておくと性癖の歪んだ男の子に育ってしまいそうだ)

 エイヴェリーも同じ気持ちなのか、僕と目が合うと同じようにうなずいていた。とりあえず一日だけ依頼者が問題ないかを確認したら、やっぱり僕が面倒を見よう。

(いつの間にか、僕もすっかりこの赤ん坊に入れ込んでいるよな……)

 変なため息が漏れた。

 でも、決して嫌な思いではないと僕たちに気を許して眠っている赤ん坊の寝顔を眺めていた。

「よし。じゃあ、決まり。みんな頼むよ」

「それじゃあ、キーリーも女の子にするってことでいいんかの?」

「え?」

 ネサニエル爺さんが、良い実験動物を手に入れたという目を隠しもしないで僕に迫ってきていた。

「こ、こんなところじゃ嫌だから、せめて宿屋で」

 妙に色っぽい台詞になってしまった。

 周囲はちょっと引いていたけれど、エイヴェリーだけは楽しそうに目を輝かせていた。

 どういう感情なんだそれは……。


「じゃーん。お待たせしました」

 ルーシー姉さんが宿屋の部屋に急遽つくった仕切りのカーテンを楽しそうに少しだけ開けて顔をのぞかせる。

「造形は、ネサニエルおじいちゃん。衣装協力、メイクなど仕上げは私、ルーシーでお届けします」

 何の紹介なんだそれはと思いながら、大人しくカーテンの中で座って待っている。

「当店イチオシの美少女。キーリーちゃんです」

 勢いよくカーテンを取っ払って、待ちわびていた観客に僕を紹介する。観客といっても二人と魔法人形だけだったけれど。

「おおっ」

 男と元男の美少女と、あらかじめそう動くように命令されていただろう魔法人形が拍手とともに出迎えた。

「女性神官の服をベースにしつつ、綺麗な足を出すようにしてちょっと動くと前からは絶妙に太ももまで見えるように調整しました。胸元も胸の谷間がわずかにのぞけるのと同時に中に着ているのが可愛らしくフリルのついた赤いシャツなのも可愛らしさを引き立てるポイントです」

 ルーシー姉さんの解説はあまり耳に届いていなさそうだったけれど、クレイグとエイヴェリーは食い入るように僕を見つめていた。

(どこから手に入れていたんだ。この服……)

 今、僕が着ているのは紛れもなくポロア様を信仰する女性神官用の服だった。元々は露出の少ない清楚な服なのだけれど、胸元と足をちょっと見せるように改造してあってそれだけで妙にいかがわしい。歓楽街で使われているんじゃないだろうかと心配になってしまう。

「リーダーほどは期待してなかったが、キーリーもなかなかいいな。ちょっと幸薄そうで素朴な少女顔と柔らかそうな出るところはでている体。いや、いいバランスだ。むしろこれはこれでイケる!」

 クレイグは僕のことを頭から足先まで舐め回すように観察すると、最後は主に胸に注視しながら大きな声で喜んでいた。

「人を料理みたいに言うな!」

 僕は突っ込んでいたけれど、人から容姿を褒められたことなんてあまりないので、ちょっと照れながらだったんだと思う。

 なるほど、こうやってストレートな感情をぶつけてクレイグは女の子を口説いているのか。

 なんでこんな見るからに軽薄そうな男についていく女性がいるのかと不思議だったけれど、少し気持ちは分かった気がした。

「よし! キーリー、じゃあ、一晩抱かせてくれよ!」

「だ、誰がお前となんか寝るか!」

「ぐおっ」

 なぜかイケると思ったのかど直球に僕に迫ってきたクレイグだったけれど、僕が拒否するより早く隣のエイヴェリーに脇腹に手刀を叩き込まれていた。

「ぐおおおお」

 クレイグは本気で痛そうにうずくまっていた。今は軽装だったけれど、筋肉の鎧で覆われた頑丈なクレイグであるのにも関わらず涙目になっている。

(なんか脇腹、焦げてない?)

 隣ではエイヴェリーが叩き込んだ右手を冷やすように前に掲げながら、クレイグのことを不潔な虫でも見るかのような目で見ていた。

「ク レ イ グ」

 声も含めて、今までで一番怖いエイヴェリーだと思った。

「お前は街という街の酒場にいる姉さんたちとの人間関係だけではなく、うちのパーティの人間関係まで壊す気か」

「い、い、いや。ほらすぐに男に戻るならむしろ後腐れがなくていいかなって……」

「そんなわけあるか!」

 懲りずに引きつった笑いをしながら言い訳をするクレイグに、エイヴェリーはデコピンをお見舞いする。

 次の瞬間、クレイグは白目をむいて宿屋の床に転がっていた。

(ひっ)

 妙に強くて怖い美少女が振り返るのに、一瞬怖いと思ってしまったけれど、僕に歩みよってくるエイヴェリーの顔は今まで一番やさしい笑顔だった。

「うーん。キーリー、可愛いね」

 クレイグと同じように顔から足先まで観察しての感想だったけれど、不快な感じが全くない。すごいと思った。

「い、いや、エイヴェリーの方が可愛いよ」

 本心だけれど、口に出す時には妙に照れて謙遜しすぎている社交辞令みたいになってしまったと後悔している間に、エイヴェリーは一歩、僕のところに踏み込んできていた。

「うわあ。柔らかい。すごい」

 エイヴェリーはほとんど僕に抱きつくように、腰に手を添えながら僕の胸に頬を押し当てていた。

「えっ、エ、エイヴェリーも柔らかいよ」

 動揺しすぎて、同じような変な返事をしてしまった。

(大丈夫。これは女の子同士のよくある可愛らしいスキンシップ……本当に?……大丈夫か?)

 困り果てながら顔をあげると、『良いものを見させてもらった』という表情で満足げなルーシー姉さんとネサニエル爺さんがこちらを見て何度も腕を組みながらうなずいていた。

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