第22話 『君も女の子になってしまえばいいんじゃない?』

「えっちな仕事じゃないわ。そういう仕事は、歓楽街の人に斡旋してもらうのね。お勧めはしないけれど、今のエイヴェリーならすごい稼げるんじゃない?」

 ルーシー姉さんがエイヴェリーの顔と胸を見ながら羨ましそうな笑みを浮かべていた。

「そ、それでっ。女性だけに来る依頼ってどんなのなの?」

 悪の誘いを遮るように、僕は身を乗り出すようにしてルーシーに質問する。

『稼げるならこの体くらいどうなってもいいか』とエイヴェリーなら言いかねない。

「まあ、大抵は貴婦人な方の護衛よ。あとは、家庭教師っぽい仕事もあるわね。形だけでも剣を教えて欲しいみたいな」

 お嬢様たちも強くならないといけないことがあるのだとルーシー姉さんは言う。

 何不自由なく暮らしていそうな貴婦人たちにも色々あるんだなと思うけれど、やはり生きるために剣を振るうわけではないのは恵まれているのだろう。酒場で日頃の生きるか死ぬかのプレッシャーを発散させている周囲の冒険者たちを見ながらしみじみと果実水に口をつけながら思う。

(まあ、この暮らしはこの暮らしでいいところもあるけれど……)

 教会でひたすら祈っているよる生きている感じはする。迷宮で迷って、食うものに困ったりしなければだけれど。

「いいな。その仕事、俺もやりたい」

「こういうやつがいるから、秘密で信頼ある女性冒険者だけにまわってくる依頼なのよ」

「なるほど、よくわかります」

 僕とエイヴェリーは、クレイグを悪い見本として紹介されて素直に大きくうなずいていた。

「困っているなら、私のところに来ている仕事を紹介してあげてもいいわよ」

「うーん。姉さんは、なんで自分でその仕事を受けないんだ?」

「私は冒険に出て珍しいアイテムを手に入れたいもの。お金がよくてもずっと街の中のお屋敷とか窮屈すぎるわ」

 ルーシー姉さんはそう言って両手を広げた。エルフの森育ちからすれば、そんなものなのかもしれない。 

「よし、やってみるか」

 エイヴェリーもどちらかと言えば冒険に出ていきたい側の人間なのだろうけれど、今はそんな事を言っていられる場合でもないので大人しく街の仕事を受ける決意を固めたようだった。

 赤ん坊のこともあるし、この国で報酬がもらえるならそれにこしたことはないので魔王を倒したと認められるかどうかの時間までちょっとお金を稼ぎたい。

「ただ、実際に依頼を受けるまでは、依頼主が誰だか分からないことがほとんどだからそこは気をつけてね」

「気をつける?」

 お嬢様がいざという時のために剣の修業をしていますとか、ご夫人をつけ狙う男がいるので護衛をつけたいですとかいう話は、貴族であればあまり大っぴらにしたくないのは分かる。ただ、こちらが気をつけるというのは良く分からなくて、僕とエイヴェリーは同じように首をかしげていた。

「色情狂な夫人を護衛という名目の監視を頼まれるとか、お嬢様の家庭教師の仕事とかでも、お金を出すのは愛妾を何人も持っているおじさんなわけだから色々あるわけですよ」

 僕たちの顔を見て、ルーシー姉さんは付け加えて解説してくれる。

「女性であっても夫人に迫られたり、ちょっと一緒に晩ごはんをいただいたら、いつの間にか貴族の当主に口説かれていたり……みたいな……ね」

「なるほど……」

「そういうのはあとで修羅場確定なので、流されちゃ駄目よ。いい? エイヴェリーちゃん」

 男女の深い関係での駆け引きについてあまり詳しくない僕とエイヴェリーはただただうなずいていた。

(いや、今の話だと男女でなくても危険なこともあるのか……)

 どうすればいいんだと頭を抱える。

「わかった」

 エイヴェリーの方は、特に悩むこともなくうなずいている。

「まあ、今は冒険者ギルドも胡散臭くない依頼者だけをちゃんと選んでいるからね。大丈夫。……だとは思うけど、相手は大金持ちだったり権力者だったりするわけだから、欲しい物は強引に手に入れようとするかもね」

「せいぜい、ふっかけてやればいいんだな」

「ふふ、エイヴェリーちゃんがそれでいいなら、それでいいんじゃない。でも、女の子になって一週間程度でそんな駆け引きができるかな」

 最後、ルーシー姉さんは煽るようにからかっていた。

(やめろ。そんな風に煽ったりしないでくれ)

 思わず僕は口に出してしまいそうになった。でも、何の立場で何の権利があってそんなことを言えるんだと考えてあくまでも心の中で叫んだだけにしておいた。

 とはいえ、本当に……うまくいくかは分からないけれど、エイヴェリーなら自分が犠牲になって愛人になる代わりに多額のお金をもらう契約をしようとしてもおかしくない。

「ふふ、キーリー君はエイヴェリーちゃんのことが心配?」

 何を考えていたのか、すっかりお見通しのようで、ルーシー姉さんは再度、僕をからかってくる。

「ええ、それは、エイヴェリーですから……無茶しないか心配です」

「心配することなんて何もないだろう。オレはいつだって安全運転だ」

 さすがにエイヴェリーのその発言には『どの口が言うか!』とクレイグや爺さんも含めて全員が突っ込んでいた。

「ええ? みんなそんな風に思っていたのか。オレは、どうやったらパーティが生き残れるかを最優先にしていたのに」

「そりゃあ、迷宮の奥深くまで入ったあとはね。……そこに行くことになるのがたいてい無茶だろう。特に今回はエイヴェリーの得意ではなさそうな分野だし……」

 僕はぼそぼそとエイヴェリーの不安なところを挙げていると、それを聞いた本人はちょっとむくれていた。

「そんなに心配なら、キーリーもついてくればいいんじゃないか?」

 エイヴェリーはいいことを思いついたとでもいうように、口角を少しあげて僕の顔をのぞきこんでいた。

「え? いや、少なくとも外見は女性だけへの依頼なんだろう」

「うん。だ・か・ら」

 エイヴェリーは、机の上で僕の手に自分の手を重ねると愛おしそうに包み込んで握るととんでもない提案をしてきた。

「キーリーも女の子になってしまえばいいんじゃない?」

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