第21話 『つまり、えっちな仕事?』

「お姉さんが迫っても、何も手を出さないキーリー君なのにねえ」

 ルーシー姉さんは、酒杯を片手にニマニマと楽しそうな笑みを浮かべながらうざ絡みしてくる。

「い、いや、そんなんじゃないから」

 僕をからかっているだけなのは分かっているけれど、冷静を装いつつも自分でも顔が赤くなるのが分かっていた。

「後妻に行ったら駄目なのか?」

 エイヴェリーはやっと何の話をしているのか理解したようで、僕の目をじっと見ながらそう聞いてきた。

(いや、僕に聞かれても……何か止められる立場じゃないし)

 そうは思ったけれど、止めないわけにはいかなかった。

「そう! このパーティが活動できなくなっちゃうじゃないか。リーダーがパーティを置いていっちゃうなんて駄目でしょ」

 僕の早口で言ったことを、エイヴェリーはちょっと冷めた様な目をしながら聞いていた。

『よくあることじゃん』『そういうことを聞きたいんじゃないんだけどな』と不満そうな顔だった。

「変な貴族や商人のおっさんのところにいかなくても、俺が養ってやるって」

 ルーシーにもエイヴェリーにも無視されてきたクレイグは、エイヴェリーの肩を抱きながらいつものノリでそう言っていた。

 いや、でもわりと目が本気だ。

 僕には分かる。酒場のお姉さんの時と同じでいい雰囲気だったら一晩一緒に過ごす時の目だ。いや、いつもより更に真剣な雰囲気が隠していない。

「今はこの赤ん坊をどうするかっていう話なんだよ」

 エイヴェリーは口を尖らせて文句を言う。

 でも、肩を抱かれて揺さぶられるままになっていた。

 僕としては、その手はもっと強く払いのけて欲しいとやきもきしながらついじっと見てしまう。

「家で大人しく二人とも待っていてくれたら、ダンジョンで稼いで金銀財宝もって帰ってくるって!」

 冗談めかして言っているけれど、わりと本気のプロポーズな気がしてしまう。

 ちょっとルーシー姉さんも僕と同じで、意外そうな顔でクレイグを見ていた。

 エイヴェリーはその冗談をわりと真剣に検討してみているようで、腕を組んでしばらくじっと考えていた。

「お前たちだけで? うーん。全滅しそう」

 しばらく考えたあとで、あっさりとそう結論づけていた。

 僕たちは、今、やっと駆け出し冒険者ではなく良いバランスでリスクの高い冒険にも挑めるようになったところだった。魔王を倒したのは色々偶然があったにしても、そういう一攫千金を狙える機会が訪れるようになってきたのだ。この四人ないしは五人なら。

「危なっかしいよな。はあ、そう考えると駆け出し冒険者って、結婚相手としては無理だな……」

 エイヴェリーのため息は、男だった時のことを思い出しているのだろう。

 一時的な遊び相手としてはモテていたエイヴェリーも、真剣な交際となるとあまり進展がなかった。

 それがなぜなのか、今、女性になってみてよく分かるようになってしまったのだ。

「孤児院に預けるとかは駄目なんか?」

 ネサニエル爺さんは、あまり赤ん坊に興味もなさそうに新しく来た料理をつまんでいたけれど、ダンジョンに潜れないとなると魔法使いとしては死活問題なのか心配そうだった。

「孤児院も調べてみたのだけれど……この街だと胡散臭いところしかなくって……」

 エイヴェリーは、かなりこの赤ん坊に情が移っているようだった。

 まだ出会ってから一週間程度だけれど、なんとしても幸せに育ってもらいたいと色々調べて走り回っている。

「まあ、都だけれど、魔族の国と近くて冒険者がたくさん集まるような街だからね」

 僕とクレイグはしみじみと冒険者として住み着いている分には楽しいけれど、孤児が育つには過酷な街なんだと思う。この子も最悪の場合はまた魔族に攫われてしまったり、売られてしまったりすることもありえた。

「ポロア様の教会で、神官見習いとかでいいから育ててくれるところはねえのか?」

「『とかでいいから』ってなんだよ」

 クレイグの質問に、実際に神官見習いとして育ててもらっている僕はカチンときてしまう。

 とはいえ、すぐに冷静になって悲しい現実を言わないわけにはいかなかった。

「このマクワースの国には、正式なポロア様の教会はないんだよね」

「はあ、マイナーな神様はつかえねえな」

 クレイグは心底、落胆しているようだった。

 この間の海賊との危機的な状況での戦いでもポロア様に助けてもらっただろうと思ったけれど、あまりこの間のことは大げさに言わない方がいい気がしたのでそのことは黙っておいた。 

「まあまあ、二人ともお姉さんのために争わないで」

「ポロア様にはいつも助けてもらっているんだし……ね」

 僕たちの間に険悪な雰囲気を感じ取ったのか、ルーシー姉さんとエイヴェリーが間に入って何とかなだめようとしていた。

 僕とクレイグはいつもこんなものだと思っていたけれど、信仰するポロア様を馬鹿にされて少しだけキツめになっていたかもしれない。

 ちょっと反省して、中身はともかく見た目は美女な二人に大人しくなだめられていた。

「おう、この間も派手に助けてもらったしな。エイヴェリーもなんかもうすごい加護で輝いちゃってな。ポロア様さいこー」 

 他教徒が多いこのカッキーサの都で余計なことを言わないで欲しいと僕は内心では慌ててながら、静かに視線を周囲に向ける。

 わずかに注目を集めたようだったけれど、突っかかってきたり、興味深く聞いてきたりする人もいないようだった。

(まあ、冒険者の多い酒場だしね)

 ほっとして、果実水に口をつけた。

 冒険者は他の地方から入ってきた人も多くて、あとはまあ大げさな話も聞き慣れているのだろう。

 酒場には不釣り合いな可憐な美少女姿のエイヴェリーと街では珍しいエルフ族のルーシー姉さんに注目していた酒場の人たちも、すでに他の楽しそうな話題で盛り上がっている。

 良くも悪くも、僕たちの生活は以前とあまり変わりはなかった。

 魔王を倒した勇者パーティとして、持ち上がられることを夢見ていないわけではないし、まだその可能性はあると思っているけれど、なんとなくこのままでもいいかと思っている僕もいた。

(でも、確かに……お前はどうしようかね)

 この騒がしくなってきた酒場でも、僕の腕の中ですやすやと眠っているこの赤ん坊を見て困り果ててしまう。

「そういえば、女性限定でのお仕事の依頼もあるんだけれど……エイヴェリーちゃん、やってみる?」

「え? 女性限定? なにそれ?」

 ルーシー姉さんのお誘いにエイヴェリーは『そんな仕事もあるのか』と食いついていた。

「まあ、だいたいは一人でもできる短期のお仕事よ。魔王を倒したっていう剣が判定されるまででもどうかなって」

 ルーシー姉さんは、簡単なお仕事であるかのように説明するので、逆に僕とエイヴェリーは不安になって裏があるんじゃないかと勘ぐってしまっていた。

「うーん。つまり、えっちな仕事?」

「エイヴェリー、駄目だからね」

 僕は思わず、それでも前のめりになっているエイヴェリーを制止していた。

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