第20話 エルフのお姉さん
「えっ、魔王を倒したの?」
ルーシー姉さんは、僕たちの卓の真ん中に座って酒杯を手にとってすでに上機嫌だった。
日も傾いてきて、より騒がしくなってきた酒場の中だったので、その驚いた言葉はあまり周囲には伝わることはなかったのでちょっと安心したような気もするし残念なような気もする。
「ちょっと姉さん、それは俺の酒」
「わしの食い物なんじゃけれど……」
席の端に押しのけられたクレイグとネサニエル爺さんは文句を言っていたけれど相手にされていなかった。
「あら? クレイグもいたの?」
特にクレイグに対しては、辛辣で冷たい視線を向けている。
まあ、ここまではいつものお約束のやり取りだ。
「そりゃないぜ。エイヴェリーやキーリーとはだいぶ態度が違わないか?」
「お姉さんは、若くて可愛らしい人間の若い男の子が大好きなの」
「二百歳のルーシー姉さんから見たら、俺どころか、爺さんさえも若いだろう?」
「まだ、百九十九歳ですぅ」
不機嫌そうに言いながら、クレイグの酒を飲みネサニエル爺さんの食い物に手をつけていた。
ちゃんと自腹でたくさん注文したところを見ているので、本当にご飯を横取りするだけということはないと分かっているけれど……これもいつものお約束みたいなやり取りになっているのを僕は内心では面倒くさいなと思いながら眺めていた。
「お前たちは、可愛くないんだもん。それにカッキーサの都に住む全女性の敵であるクレイグ君は、よく酒場に顔を出せるわね」
「い、いや、今は全女性に対して紳士な俺ですよ」
紳士とは……。
僕は呆れた視線でクレイグを見ていた。
でも厚かましいこの男が、ルーシー姉さんには押されまくりなのを見ると、何か昔、あったのかなとか思ってしまう。
「それで……その拾った赤ん坊を助けるために女の子になった……と」
ルーシーお姉さんは、肉を頬張ったまま目を閉じてしばらく考え込んでいた。自分で言った言葉をもう一度よく噛み締めて理解しようといった感じだ。
「はあ、偉いけど、相変わらず無理無茶無謀ね。エイヴェリー君は」
『私がついていないと駄目なんだから』とため息をついていた。心なしか長い耳がたれて見える。
「別に……こんなのは一時的なもので、爺さんにすぐに戻してもらえるから」
改めて自分の体を見ながら、エイヴェリーは強がっていた。
ちょっと爺さんが目を逸したのが気になったけれど、何も言わないでおこう。
「魔王を倒してこの国に来たら、それはもう報酬もたっぷりもらって何なら国王からお褒めの言葉ももらうくらいかなと思っていたんだけど……」
残念ながらあまり信じてはもらえずに、エイヴェリーの剣を渡して審議中だった。これに関しては、口だけでは簡単に信じてもらえないこともあるかなということも予想済みではあったのだが……。
「あの剣。海賊どもの血もたっぷりついちゃったからな」
エイヴェリーは、残念そうにぼそりとつぶやく。
可愛らしい少女の姿で『血がたっぷりついてしまった』とか言うと妙に怖いギャップがあって、僕だけでなくルーシー姉さんも背筋に寒いものを感じて気圧されていた。
「仕方がないよ。戦い方を選んでいる余裕はなかったし、悩んだりしていたら僕たちも全滅していただろうしね」
僕は慌ててフォローするけれど、エイヴェリーはまだ『もっとうまい殺し方があった』などと普段の前向きで温厚な人柄からは想像もできないほど海賊たちに恨みつらみを言っていた。
「魔王って前線にでてこないからね。正確には賞金首でもないのよね」
「えっ、ああ、そうか」
人類と魔族は基本的には敵対しているけれど、毎日のように全面的に殺し合っているわけではない。魔族もそれぞれの縄張りにグループがある豪族みたいな勢力の連合体だった。
この間、世話になったウテン卿も親しげにしていた魔族がいたし、海賊でさえ人間と魔族が混ざっていた。
魔王は、その中央にいるもっとも勢力の強い豪族のリーダーのことだった。強い故に余裕があるので、普段は人間側の領地にちょっかいを出すようなことはしないし、その必要もない。
今の魔王というか、すでに元の魔王だけれど、彼が動く時は、本当に人類が脅威になる時になるはずだった。
「本当に魔王を倒す倒したと認定されたとして……。将来の脅威を取り除いたのは間違いないけれど、今、困っていた人や恨んでいた人がいるわけではないから、お金をどこから出すかって話になるんでしょうね」
「この国の王族がどーんと金を払ってくれるってわけにはいかねえか」
クレイグは、元々それほど期待していたわけではなさそうだったけれど、ふてくされたように背もたれによりかかりながら追加できた酒を飲んでいた。
「うーん。あわよくば、跡取りのいない貴族でも紹介してもらって持参金と一緒にこの子を引き取ってもらおうかと思っていたんだけれどなあ」
エイヴェリーも同じように椅子の背もたれによりかかりながら、困ったような顔をしながら僕の方というか、僕が抱っこしている赤ん坊に目を向ける。
本当に赤の他人の赤ん坊なのに、親身に具体的に考えているのは偉いなと感心する。
「エイヴェリーの実の子どもならともかく、どこの誰かの子どもだか分からないのにそれは無理じゃないかね」
もう寝てるのかと思っていたネサニエル爺さんが、不意に目を開けると真っ当な意見を言ってきた。
そう、エイヴェリー自身は、没落したとはいえそれなりに名門の貴族の血筋なのだ。
「そこは、まあ、何とかねじ込めないかなと……」
エイヴェリーがちゃんと領地もある貴族だったら庶民の子でも引き取るんだろうなと思う。
でも、そう言われてエイヴェリー自身も厳しそうだなとは理解したようで腕を組んで考え込んでいた。
「エイヴェリーちゃんが、そのままでどこかの貴族のお嫁にいけば一緒に引き取ってくれるんじゃない?」
「え?」
ルーシー姉さんの軽い調子の言葉に、エイヴェリーは意味が分からないというように目を丸くしていた。
「ランプリング家の血を引いた若くて可愛らしい娘さんなら、連れ子がいたとしても一緒に引き取って妻にしたいというある貴族は結構いると思うわよ。身分は低いけど金はある貴族とか前の奥様が亡くなって、若い後妻をもらいたい名門貴族とか」
ルーシー姉さんの言葉に、『そんな簡単にはいかないだろう』と思いはしたけれど、僕なんかでも割りと具体的な貴族の名前がいくつも浮かんできてしまう。
「実子じゃないけど、なるほど……」
エイヴェリーは顎に指をあてて、ルーシー姉さんの提案に対して僕と同じように具体的な貴族の名前を想像しているようだった。
このままだとエイヴェリーは、『オレ一人が、汚いおっさんに抱かれればいいのなら、それもありか」と言い出しそうだったので止めようとした。
「だ、駄目だから!」
「そんなん駄目だ!」
僕は、思わずそう大きな声を上げながら赤ん坊を片腕で抱きかかえたままもう片方の手を机に勢いよくおいて立ち上がった。見れば、クレイグも同じように立ち上がっている。
クレイグと目があうとちょっとお互いを認め合うみたいな笑みを浮かべたあとで、やっぱりお前とは敵だなという視線を交わしていた。
「い、いや、ほら、このパーティはどうなるんだって……とかね。エイヴェリーにもそんな犠牲になってもらいたくないっていうか……」
僕は、最初の勢いはどこへいったのか周囲の興味も引いてしまった中で、小さい声で言い訳をするように取り繕っていた。
「ふーん」
ちょっと戸惑っているエイヴェリーとは違いルーシー姉さんは、何かを察したかのように僕とクレイグに交互に視線を向けた。
「なるほど、ふーん」
可憐な美少女になったエイヴェリーの方を一度見たあとで、とても面白いものを見たかのように僕とクレイグにもう一度視線を向けると笑みを浮かべていた。
「いや、あの、別に……そんなんじゃないから」
「まだ、何も言っていませんけれど」
僕の弁明にルーシー姉さんがにやにやとした笑顔で応じている横で、エイヴェリーはきょとんとした表情をしていた。
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