第16話 海賊への反撃

 エイヴェリーを二人の海賊の男が挟んで品定めをしているようだった。

 いや、品定めをしている素振りをしながら自分たちが楽しんでいるようだった。

「いいねえ。ちょっと強気な方が変態な金持ちには人気らしいぜ。俺もそんな女が大好きだ」

「ちょっと細いけれど、でるところはでていい体だな」

 一人の男は、エイヴェリーの頬に手を伸ばして顔を軽く掴むと首にまでおろして撫でていた。もう一人の男は腰を掴むと少しずつ上に手をあげていって、下から胸を持ち上げてその柔らかさを楽しんでいるようだった。

「うっ」

 エイヴェリーもさすがに上と下から胸に手が伸びてきて、声がでてしまった。

 嫌がっているのだと思うのだけれど、僕には、妙に色っぽい声に聞こえてしまって動揺していた。

(どうする?)

(やっちまっていいか?) 

 僕とクレイグは、血走った目になってこの海賊どもをぶっ飛ばしたいと思っていたけれど、エイヴェリーには視線で制止されてしまう。

(駄目だ。今じゃない)

 冷静に考えれば、そうだ。

 でも、冷静になんてなれるかとも思う。

「ぐへへ」

 同じ様な気持ち悪い声を出しながら、二人の海賊はエイヴェリーの左右から体を押し付けて、汚い大きな手はそれぞれ片方ずつ胸を掴んでは揉みしだいていた。

(拘束もしないで吞気なものだ)

 若い女性を連れ去るつもりなら、どこかで戦うか逃げないといけない。エイヴェリーなら一人で海賊の隠れ家から脱出することもできるかもしれないけれど、他の女性はそうもいかないだろう。

「お前ら! 遊んでいるんじゃねえぞ。さっさと女も運べ!」

 親分に見つかり二人の海賊は怒鳴られていた。

「ちえ。へへ、あとでたっぷり可愛がってやるぜ。楽しみにしてな」

「商品に手を出して大丈夫か。怒られねえか」

「もう、子持ちみたいだし、ちょっとくらい遊んでもいいだろ。へへへ」

 海賊は僕に抱かれている赤ん坊をちらりと見ながら、エイヴェリーから離れた。

 離れた瞬間に両手をあげたままエイヴェリーは、自分から大人しく海賊船の乗り込むように歩きだしていた。

「お、おい。勝手に行くんじゃねえよ」

 縄で縛ろうと思っていた海賊の一人が慌ててあとを追いかけていた。

 もう一人は僕たちを牽制するように剣を構えながら威嚇しているのだけれど、他からも女の人の悲鳴が聞こえてきていた。

「やめて! な、何をするの」

「うるさい。とっとと歩け!」

 エイヴェリーの目の前では、エラさんが両手を縛られて無理やり海賊船の方に運ばれようとしていた。エイヴェリーとは対照的にエラさんは運ばれるのを嫌がり力いっぱいの抵抗をしていた。

「お、おい。やめろ。その人には手をだすな!」

 ウテン卿が叫んでいた。苛立った海賊の親分が少し傷つけてでも大人しくさせようと鞘がついたままの剣を振りかざそうとしていたところだった。

「は、話が違うじゃないか」

 ウテン卿は、海賊の親分とアルヤジに懇願していた。

「『金目のもの』をいただいたら、命はとらないって話ですからね。何も嘘は言っていませんよ。正直、この船で一番高く売れそうなのは女たちだ。なかなか若くて綺麗なのがそろってる」

 アルヤジはとぼけてそう答えていた。

 最初からそのつもりだったのか、海賊がやることを制止できないのかは分からないけれどいやらしそうな笑みに船室の方に隠れていた女性たちも絶望して震え上がっていた。

「そ、その人だけは、ゆ、許さん!」

 ウテン卿は無謀にも食って掛かっていった。ただ、海賊の親分に剣を使うまでもなく片腕をぶんまわされて頬を殴られると甲板に倒れ込んだ。

「約束は守るぜ。変態貴族とかに買われなければ、そのうち、娼館か奴隷市場に出回るさ。その時、お買い上げになってくれればいい。うははは」

 甲板に転がっているウテン卿を見下しながら、海賊の親分は機嫌良さそうに大笑いしていた。

 絶望するエラさんの背中を押しながらも、拘束済みのウテン卿の護衛が歯向かってくる可能性には備えていた。

「ん?」

 そんな中、水色のワンピース姿の少女が一人両手をあげながら近づいてきていた。

 こんな状況になったら、大人しく従うというかむしろ積極的に賊に協力する女もいる。

 海賊の親分はその類だと思ったのだろう近くにくるまで特に何もしようとは思わずむしろ楽しそうな笑みを浮かべていた。

「そこで止まりな!」

 両手をあげてゆっくりと歩いてくるエイヴェリーの媚びているわけでも怯えているわけでもないその瞳に怖くなったのだろう。海賊の親分は慌てて鞘から剣を抜いてエイヴェリーに向ける。

「おい、さっさとこの女も縛り上げろ!」

 そのまま、後ろから追いかけてきている子分に命令した。

 大人しく歩きを止めて、子分の海賊に縛られようとしているエイヴェリーを見て親分は少し安心したような口元になった。

「ヒゲ。起動」

 エイヴェリーは前を向いたまま何かに向かってそう命令した。

「何?」

 海賊の親分は剣を向けられても全く動じていない美少女に明らかに恐れをいだいていた。

 そして梯子の下にある袋から何かもぞもぞと動きだしている音を聞いた。

「まだ、誰かいたのか!」

 海賊の親分は振り返ると音のした方へ剣を向けた。

 しかし、親分の視界には最初、何も映らなかったのだろう。少し拍子抜けだったかのようにまた安心したように口元を歪ませたけれど、足元にいる魔法人形に気がついた。

 魔法人形のヒゲは細いおもちゃみたいな槍を構えている。それでも、真っすぐ伸びて海賊の親分の首に突き刺すと殺傷能力は十分だった。

「ぐっはっ」

 海賊の親分は大声を出すこともできずに謎の空気だけを出しながら倒れた。

「じいさん。海賊船にぶちかませ!」

 エイヴェリーは後ろから迫ってきていた海賊の手をひねりぶん投げると、今度はどこに隠れているのかは分からないネサニエルじいさんに向かって叫んだ。

「僕たちも、よっ。頼んだ」

 僕も目の前の海賊をクレイグの方へと蹴飛ばした。

「任せろ」

 間抜けにも縄を取ろうしていた海賊は、剣もそのまま落としてクレイグに首を絞められていた。

 次の瞬間、海賊船から大きな爆発が起きた。

 マストの上から派手な魔法をぶちかましたじいさんの姿が見えた。足場の不安定な場所から、あれだけの魔法を打てるのはさすがだった。

 梯子も破壊されて、何人かの海賊が海に落ちて海賊船も船から一旦、離れていった。

 ただ、高いところで姿を現してしまった以上、もう何をするのかばればれだし、逃げ場もなかった。

「守ってやらなきゃ」

 僕たちをこの甲板上でじいさんを守りつつ、戦う必要があった。

 狭い船室の中でなら迷宮の中でのように人数の不利を補える戦いができたかもしれないけれど、それはできそうになかった。

「4人対15人くらいか?」

 クレイグも自分の剣を取り戻しはしたけれど、厳しそうな現実に表情は硬かった。

 海賊も頭を失い、人数は減っている。おそらく船に乗りこんできた中には魔法使いはいない。

 クレイグやエイヴェリー、じいさんの実力を考えれば絶対に勝てないわけではないけれど、圧倒的に不利だった。

「悩んでいる時間はない。もう一度海賊船に接近されて乗り込まれたらやっかいだ」

 エイヴェリーは、愛用の剣を手にとって僕たちのところへと走ってきていた。

「幸い。海賊どももさっさとけりをつける気のようだぜ」

「幸いかなぁ」

 クレイグの言葉に、僕は赤ん坊を抱えたままため息をついていた。

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