第15話 「高く売れるぜ」と海賊たちは言った
「遅かったか」
エイヴェリーがウテン卿を探して船室へと向かったのを慌てて追っていくと、しまったとぼやいていた。
「え? し、死んでる?」
狭い廊下に誰か人が血を流して倒れていた。一瞬、ウテン卿と見間違えたけれど、よく見れば違ったおそらく護衛の人が背中から血を流してすでに意識はないようだった。
「どういうこと? 海賊はまだ近づいていないのに」
「手引をした人間がいるってことさ」
ウテン卿に仕える人間か、今回同乗させてもらった商人か海賊と手を組んで情報を漏らしたということだと吐き捨てる。
確かにウテン卿は、今回かなりの財産を持って一度、国に帰るつもりなのだろう。
そのことを知った誰かが、海賊に情報を流してウテン卿の財産を山分けにするつもりだと言われれば納得する。
「ウテン卿の用心棒が信用ならないとなると厳しいな」
「どうする?」
「とにかくウテン卿を守らないと」
そう言うとエイヴェリーは走り出していた。
でも、片手に赤ん坊を抱えた少女の姿だ。今はさらに武器もクレイグに預けてある。
今のエイヴェリーに何ができるのだろうと思うと不安になって、僕が守らなくてはと決意しながら追いかける。
「音がする」
僕の言葉にやっとエイヴェリーは止まって、静かに周囲の音を確認しようとする。
「危ないから、エイヴェリーは赤ん坊とここに隠れていて……」
僕がそう言う前にエイヴェリーは剣戟の音がする方へとすでに走り出していた。
「甲板に戻ってしまったか」
大部屋の先にある階段の上から音が聞こえてくる。
まだウテン卿を守っている護衛の人が生き残っていることには安心したけれど、海賊船が近づいているなら甲板はウテン卿を守りにくくなる。
「じいさんとクレイグと合流したいな」
僕もそう思ったけれど甲板から悲鳴が聞こえてきた。迷っている暇はないとエイヴェリーは甲板へと駆け上がっていった。
「キーリー。オレたちも戻るぞ!」
甲板にあがると、ウテン卿の護衛らしき人たちが戦っていた。
裏切った護衛と、ウテン卿をちゃんと守っている護衛の人はお互いに三人ずつで戦っている。
ウテン卿が無事なことには安心したけれど、船がわずかに傾いて僕たちのすぐ目の前に、剣が刺さり血を流して倒れて動かない男が滑ってきて怯えてしまう。
「まだ、他にもいそうか? キーリー。この子を頼む」
少女姿のエイヴェリーなのに逆に赤ん坊を僕に預けて、この男から剣を借りて戦いに向かおうとする。
海賊船は乗り込んでいる人の姿もはっきりと見えるくらいに近づいてきていた。マストからこちらを見ている少年が、こちらの様子を確認すると下の荒くれ者らしい男たちに命令していた。
「あれに乗り込まれたらやっかいだ」
海賊船もそれほど大きくはない。外からの攻撃でこの船を沈められる力があるようには見えなかった。
そうなると接舷して乗り込んでくる攻撃だけが脅威だった。
海賊船の甲板にはすでに五、六人の男たちがこちらに乗り込もうと待ち構えている姿が見える。なんとか奴らを乗り込ませないために、エイヴェリーは可憐なワンピース姿のままで血の付いた剣を握りしめて海賊船が近づいている左舷側に走っていた。
「リーダー! 戦っていいんだな?」
「クレイグ! もちろんだ。手伝え」
可憐な美少女の姿にもかかわらず、凛々しく指示を出していた。
さすが、クレイグも今、ここが危ないとすぐに思ったようで、海賊たちが乗り込むために縄付きの矢が突き刺さっている箇所を壊していた。
海賊船は、じれたのか一度ぶつかってきて乗り込もうと試みたけれど、クレイグが長剣を振るった威圧に気圧されて一人が海に落ちていくと一旦海賊船は距離をとって並走していた。
戦いはこちらに少し有利になった気がした。
また乗り込もうとしてくる前にウテン卿を襲っている裏切り者を何とかすれば無事に逃げられるとか考えている時だった。
「きゃああ」
甲板の反対側、船室に入る入り口の前で女性が捕まり悲鳴をあげていた。
「エラ!」
「エラさん?」
エラさんは、さっき僕たち話をした場所にそのままいたのだろう。そして、おそらく一緒にこの船に乗り込んだダルトワンの街の人間を船室に誘導しようとしている最中だったのだ。
しかし、親切に安全なところへと連れてきた人間の中に裏切りものがいた。
海賊と手を組んだ張本人に羽交い締めにされると、そのまま首筋にはナイフを突きつけられていた。
「アルヤジ! 貴様か」
ウテン卿はその姿を見て怒鳴っていた。ウテン卿もすぐに海賊を手引したのはこいつなのだと理解した様子だった。
「へへ。大人しくしねえと、可愛いメイドさんの顔に傷がつくぜ」
「ひっ」
小太りのいかにも小銭を稼ぐのが好きそうな商人のような男は、エラさんの目にナイフを突き刺すかのような動きをみせて脅しエラさんは恐怖のあまり目をつぶり顔を背け後ろから抱きかかえられたまま体を震わせていた。
「困っているところを何度も援助してやったというのに」
「そもそも、あんたがダルトワンの街に来て派手に商売するから俺たちの儲けが減っちまったんだよ。しっかり回収させてもらうぜ」
アルヤジと呼ばれた小太りの中年は、気持ち悪い笑いをして商人としては最高に情けないことを言っていた。
「まあ、この船の金目のものさえいただけば、命は助けてやってもいいぜ」
にやにやと笑って、アルヤジはエラさんの体を触りながらウテン卿に提案していた。
「……本当だな。商人の約束はなによりも重いぞ」
「ああ、誓うよ。命はとらねえ。この船もそのままで乗っていけばいい」
いや、すでに話し方も、盗賊以下でしかないこの男は信用できないと僕たちは思いながらもウテン卿の言葉を待っていた。
ウテン卿は目を閉じてしばらく考えこんでいた。
ウテン卿としてはまだこの男をどこかで信じたい気持ちがあるのかもしれない。
それに、何よりもエラさんを助けたいという気持ちがあるのだろう。
「分かった。そちらのいうことに従おう」
ウテン卿も自ら手に持っていた小さな剣を甲板に投げ捨てて両手をあげた。
「本気ですか。メイド一人のために」
護衛の一人は食い下がっていた。今ならまだ人質は犠牲になっても、逃げられる可能性はあるのだと。
ウテン卿は護衛たちはすまなそうに軽く首を横に降った。
雇い主にそう言われては護衛たちも武器を捨てるしかなかった。
アルヤジと呼ばれた小太りの男は、内心ではびびりまくっていたのか安堵した気持ち悪い笑みを浮かべていた。
エラさんがウテン卿にとってただのメイドではないということを知っていたのだろう。賭けにでて成功した喜びでいっぱいのようだった。
「僕たちはどうする?」
ウテン卿に船に乗せてはもらっているけれど、僕たちの雇い主というわけではない。
「エラさんは助けたい。ここは一旦、大人しくしておこうか。オレたちは、国に帰れればそれでいいしな」
エイヴェリーはそう言いながら奪った剣を置いて下がった。
「海賊が約束を守ってくれるか……だけどな」
クレイグもリーダーのこういう判断には文句は言わない。
ただ、海賊に乗り込まれてしまうのは不安そうに長い剣を甲板において両手をあげた。
「よーしよーし」
「やったぜ。ひゃっはー」
僕たちも抵抗をやめると、海賊たちも船と船の間を梯子でつないで楽しそうで頭のおかしい叫び声をあげながら乗り込んできた。
「よくやった兄弟!」
海賊の親玉らしい屈強な男と、さっきのアルヤジは固く握手を交わしていた。
「命は取らないでやってほしい。この船の積み荷は持っていっていい約束だ」
「わかった! 野郎ども金目のものを運び出せ!」
横から見ていると、脅されて金をひたすら出させられていそうな二人組みだったけれど意外にもしっかりと共存している間柄のようだった。
海賊の親分の命令で、他の海賊が船室へと入り貨幣や貴重そうな積み荷を運び出していく。
「そんなに人数はいないな……クレイグ、ところでオレの剣はどこだ?」
「あそこの袋の中」
エイヴェリーとクレイグは、二人とも両手をあげて大人しくしたままで、小声で会話をする。
小躍りしながら積み荷を海賊船に運び込んでいく海賊を見ながら、わずかに視線を下にずらすとクレイグがいつも背負っている大きな袋が甲板に転がっていた。
僕たちとすれば、あの剣さえ持って国に戻れればそれだけで名誉であってもしかしたら一財産なんてこともあるかもしれない。
僕はそんなことを考えたけれど。エイヴェリーの目つきからすれば違うようだった。いざという時にはこう反撃するという作戦を考えて、クレイグと共有している様子だった。
「うへへ。綺麗なお姉ちゃんだな」
「これは高く売れるぜ」
次に運ぶものを探していた海賊たち二人が僕たちの目の前にいやらしい目つきをしながら迫ってきていた。
「は?」
不思議そうな顔をしてエイヴェリーは、二人の海賊の顔を見た。なんでこっちに来るのか本気でよくわからないという表情だった。
「あっ」
どうやらエイヴェリーは今の自分が美少女の姿だということを忘れてしまっていたのだと気がついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます