第17話 ああ、女神様
僕たちを海賊たちは取り囲みにじり寄りながら、攻撃するタイミングを伺っていた。
「魔法使いをあまり知らないんだろうね。知らないから怖がってる」
エイヴェリーはそう言いながら周囲を特にじいさんのいる後ろの方を見回した。
「ヒゲもいるし大丈夫だろう。怖いのは横からの弓矢だな」
「ほんとかよ。その格好で全力だせんのか?」
「十分、十分、いつもよりも動きやすいくらいだ」
エイヴェリーはクレイグの疑問に頼もしく軽い口調で答えていた。
「だから、頼むよ。ポロア神さまの加護を」
エイヴェリーは、僕にウインクしながらそう頼んだ。
いや、なんで可愛らしく頼むんだ。
確かに防具もしていない今の状況で一番、怖いのは弓矢や飛び道具だろう。
「分かった。任せて」
僕はそうはっきりと答えるとポロアさまに祈りを捧げはじめた。
「親分の仇だ! かかれ!」
祈り終わる前に海賊たちが叫んでいた。リーダーがいない影響なのか適当に一斉に突っ込んでくる。
まとまりはないけれど、最初の攻撃をしのげるかがまず問題だった。
正面からの攻撃をクレイグが受け止めると、魔法人形のヒゲが股下からすっと進み伸びる槍で突き立てる。一度見せたのにも関わらず、海賊たちの装備にはこの攻撃は有効で一人の海賊が倒れていた。
一方には上からネサニエルじいさんの派手な火の玉が甲板にぶち当たると破裂した。見た目は派手だけれど、これはどちらかと言えば接近しないように脅かすための花火みたいなものだった。本気の火の玉なんてぶちかませば、この船が沈んでしまいかねない。
反対側の海賊は、クレイグの背中に隠れていたエイヴェリーが姿を現すと海賊たちの間を通り抜けるように素早く動いて剣を振った。あっという間に二人の海賊が首から血を流して倒れていた。
「強い。なんだ、あの女!」
水色のワンピースは、返り血でところどころ赤黒く染まっていっていた。動きやすくするためか、足の方は少し切って動きやすくしている。
「あれはまるで……」
海賊から見ればまだ子どもみたいな少女だった。でも異様な格好で強いエイヴェリーを見て、海賊たちは思わず後ずさりするほど動揺していた。
とりあえず第一波の攻撃は、うまくしのげたらしい。
とはいえ、どこかが崩れれば僕たちはすぐに終わりだ。
クレイグが受け止めきれない攻撃だったら。
ヒゲの攻撃を見切られて、壊されたら。
じいさんの魔法がはったりかそうでないかを見抜かれたら。
そしてエイヴェリーが避けられないような攻撃をしてきたら。
そう考えれば特に弓矢への対応が重要だった。
(ポロアさま。どうか、今だけでも特別な力をお貸しください)
いつもより意思を込めて矢への加護をお願いする。もちろん、一生懸命祈れば効果が強くなるなんてことはない。あくまでも神官として長く仕えていけばこそポロアさまも強く力をお貸ししてくれる。……はずだった。はずだったのに。
『よし。分かった。任せておけ』
「え?」
最初は僕が抱きかかえている赤ん坊が喋りだしたのかと思った。
ただ口が動いているわけではなさそうで、言葉は僕に直接響いているようだった。
『格好良いお姉ちゃんだよな。失うには惜しい』
(いや、でも、この赤ん坊を介しているのか……?)
赤ん坊は僕の腕の中でエイヴェリーの方を向いた気がした。
『うーん。たまらん。そそる体だ』
海賊たちよりもおっさんみたいなことを言い始めていた。
『あ、でも元男の子なんだっけ、いや、でもあえてそれがいいんだな。私の好みだあ』
やっぱり赤ん坊の目で見ているみたいで、細かく手を動かしたりして喜びの表現をしていた。
『そしてあの勇ましさは妹みたいだ。いくぞ。しっかりサポートしてやれ』
そう赤ん坊が言って、拳を握って突き立てた気がした。
(なんだ……今のは僕は幻を見ていたのか?)
変な声は聞こえなくなって、赤ん坊は今まで通りに戻っている気がする。
いつも通りの祈りを終えて、僕のパーティにはポロアさまからの加護が与えられた。
いつも通りの加護。
「えっ、なんだ?」
いや、明らかにいつもとは違う加護が加わっていた。
エイヴェリーの体からまるで光が発せられているかのようだった。
「おお、何か力が湧いてくるような」
エイヴェリー自身も変化を感じ取っているようだった。戦いの真っ最中だというのに足を止めて、今の自分の力を確認せずにはいられないようだった。
「討て!」
親分代理みたいな海賊から、後ろや横に潜ませて海賊たちに命令が飛んでいた。
危惧していたとおり、矢やスリングからの石が飛んでくる。
「エイヴェリー!」
特に謎の光を発していたエイヴェリーのところに矢が集中する。僕はポロアさまの加護でうまく避けられることを願うだけだった。
「え?」
僕たちの心配をよそに矢はエイヴェリーまで全く届かなかった。
エイヴェリー本人も何が起こったのかわざと確かめるかのようにゆっくりと歩いていた。
矢の第二波が飛んできたけれど、今度はエイヴェリーは避けようとも剣でさばこうともせずに矢の動きを目の動きだけで確認しようとしていた。
矢は加護によってエイヴェリーを避けるどころではなかった。エイヴェリーに近づく前にすべて壁ができたかのように弾き返されていた。
海賊たちも二回目ともなれば何が起きたのか理解して動揺している。
「ふふ」
エイヴェリーはどこかの貴婦人のように控えめに口元に手を当てて笑っていた。
すでに血が甲板を流れる船の戦いの真ん中で、美しい少女はわずかな光を発してただ立っていた。
「今回の加護は、やりすぎだよ。キーリー」
僕の方を振り返ると斜めに顔を傾けそう言って微笑んだ。味方である僕でさえその笑みには少し怖いものさえ感じてしまった。
次の瞬間、エイヴェリーは走りだした。
はやい。いつものエイヴェリーよりも更にはやい。
リーダー格らしい海賊を守っている海賊たちを剣でなぎ倒すと、もはや剣を使うまでもないと思ったのか海賊は金的のあと殴り倒していた。
「ひえ」
海賊たちもこの光景を見て、すっかり戦意を喪失していた。
魔法のことをあまり知らないということもあるのかもしれないけれど、何かすごい魔法でこうなっていると怯えているようだった。
(僕たちも初めてみるような光景なんだけれどね……)
そう思いながら、動きがばらばらになっていく海賊たちを見ていた。
「まるで女神サティーテさまみたい」
エラさんや捕まっている女性たちからエイヴェリーを崇拝するような声があがっていた。実際に拝んでいる人もいた。
サティーテさまというのは戦いを司る女神さまで、水色の鎧と赤い篭手が特徴的に描かれることが多い。今のエイヴェリーの姿に似ていると言われれば確かにそう見える。
そして、サティーテさまは、僕が祈りを捧げるポロアさまの妹だ。
「まさか……ね」
さっき僕の頭に響いていた言葉を思い出しながら、赤ん坊に話しかけていた。
『あの勇ましさは妹みたいだ』と言っていた気がする。
赤ん坊は何も答えてはくれずに、いつもより上機嫌にきゃっきゃと笑っていた。
「大物になりそうだな。お前は」
僕は高く抱っこをしてしてあげて、この子を無事に国まで送り届けられそうなことを喜んでいた。
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