第13話 エイヴェリーの身体検査

(しかも、羽つきか……)

 遠目から見たシルエットでは魔族も人間とあまり差はない。硬そうな角と肌が目立つくらいだった。ただ、たまに背中に羽がついているような魔族がいる。

 その羽根が浮力という点であまり役に立っているとは思えないのだけれど、羽がある魔族は自由に魔力が使える傾向があり、とにかく力がすべての魔族においては偉い存在になることが多い。

 つまり、おそらくウテン卿がこの地方で懇意にしている有力な魔族というのがこの二人なのだろうと推測できた。

「ああ、こちらは私の友人です」

 僕たちの視線に気がついたのか、ウテン卿は振り返り魔族二人を紹介してくれる。

「この街に滞在できるのもこの二人のおかげなのです。ただ、帰国するにあたって少しこの船を調べさせて欲しいということなのですが、協力していただけますか?」

 ウテン卿は恭しく頭を下げながら僕たちに尋ねてきた。

「ええ、全然、構いません」

 エイヴェリーはにこやかな笑顔で応じていた。全く動じない胆力に感心したけれど、確かにまさか『調べられるのは嫌です』とこの状況で言えるわけもなかった。

(売られてしまったか?)

 エイヴェリー以外の僕たち男三人はウテン卿をそう疑いながら手を震わせながら戦う準備も始める。

 ただウテン卿の表情も少し強張っているようだった。

 僕たちを騙す気はなく、予想外ではあったのだろう。ただ、ウテン卿からすれば、僕たちが連れていかれて無事に出航できるのならそれはそれで万々歳なのだろうという気もした。

「こちらは私どものお客人です」

「ふむ。いつから、この街にいるのだ?」

 偉そうな魔族二人がこちらの顔ぶれを見回した。気がつけば後ろには護衛らしい数名の魔族が控えている。この魔族たちは空も飛べそうなので海に飛び込んで逃げても無駄そうだった。もしばれてしまったらと思うとかなりの危機的な状況なので僕は冷や汗を流してしまう。

「昨日からです」

 エイヴェリーは全く動揺する様子もなく堂々と……でも、少し媚を売るような視線で答えていた。

「お、おおう。そうか」

 魔族は二人は何故かたじろいだようだった。なんでだろう。エイヴェリーを見る目がちょっと違う気がする。

「話によると例の一味は、男四人組だとか……。この者たちは家族のような集まりです。全く違うのではありませんか?」

 ウテン卿は丁寧に説明してくれる。

 昨日、話した赤ん坊のことは黙っていてくれている。まあ、ということはウテン卿も少しは僕たちのことを疑ってはいるのだろう。

「確かに……。この子はお前たちの子か?」

 魔族の一人が、赤ん坊に向けていた視線をあげて、僕とエイヴェリーを見ながら聞いた。

「私が産んだ子ではありませんが、養子にして私たちで育てたいと思っています」

「う、うむ。そうか、それは立派な心がけだな」

 魔族はあまり血縁関係を重視しないと聞く。だから才能あるものを集めて育てる魔族は尊敬され、力を得るのだと。

 そんな魔族にはエイヴェリーの言葉は、自然なことでかつ立派な行いだと感じられたのだろう。

(それはそれとして……妙にこの魔族、照れてないか……?)

 単に人間にしては偉い心がけに感激しているだけではなさそうだった……。

(ま、まあ、無事に出航できそうなら……いいか)

 こうなると赤ん坊を拾えたのは、幸運だった気がしてくる。

 もし赤ん坊と出会わずに森を突破できて戻れたかというと、魔族の動きの速さからすると難しかったかもしれない。

 僕はエイヴェリーの英断に感謝していた。

「だが、男三人は連絡を受けている姿とぴたりと一致するな」

 もう一人の魔族の言葉に、僕たちはギクリとした。

「背の高い戦士と、老人と……普通の神官と……」

 羊皮紙のようなものを広げながら、僕たちと見比べていた。

「ふむ。そちらの女性の体を調べさせてもらえないだろうか」

 魔族の男は、しばらく悩んだあとで不意にいいことを思いついたという表情でエイヴェリーに視線を向けた。

 僕たちとウテン卿にも同意を求めている。魔族に何の権利があるんだとは思ってしまうが、この魔族たちの了承がないと安全に船をだすことはできないのだろうと思うと押し黙るしかなかった。

「女装している男なのではないかと疑っているんですね。わかりました」

 エイヴェリーは、少し怒ったようにそう答えながら、僕に赤ん坊を預けようとする。

「よっぽどのことがなければ手を出すなよ」

 本当に怒っているわけではなく演技のようで冷静に僕に釘をさしていた。

「すまないね。レディ」

「おっ、で、ではこちらの部屋に来てもらおうか」

 さきほど、もうフレンドリーになっていた魔族の方まで圧力をかけるようにエイヴェリーに迫っていた。

「分かりました」

 エイヴェリーはもう一度視線で余計なことはするなよと釘をさしながら、大人しく偉い魔族二人に挟まれて船室へと入っていった。

 船室の扉の前には、護衛らしき魔族が二人立って見張っていた。

「だ、大丈夫かな」

「大丈夫だろ。かなり知性のある魔族だったし、食べられやしないって」

「わしの魔法は完璧じゃ、辺境の魔族ごときには分かりはせん」 

 僕がおろおろしながら心配している横で、クレイグとネサニエルじいさんは楽観的にぼそりとつぶやいていた。

「いや……でも、なんかあいつらの目……いやらしくなかったか?」

 僕が心配しているのはそこなのだ。

 つい、力を込めてそんなことを話してしまって後悔した。

「そりゃ、あんな美少女の身体検査するなら……興奮するだろ」

 クレイグはあまり心配はしていなさそうで、リーダーが少しいやらしいことをされるのはむしろ楽しみというようだった。

「じゃが、魔族だぞ。人間の女に欲情するか? ああ……わしの完璧な造形は魔族をも魅了するのか」 

 じいさんは、陶酔しながら自画自賛していた。

(いや、でも意外に当たっている気もする……)

 人間から見て妙にセクシーに見える魔族もいるしなと思いながら、部屋の中でのエイヴェリーのことを想像すると悶々としてしまう。

「それじゃ、服を脱いでもらおうか」

 部屋から、魔族のそんな声が聞こえてきた。

 なにげに周囲の男たちは、見張っている魔族も含めて音を立てずに聞き耳を立てていた。

(男って……)

 悲しいかな。こういう時だけは、人間も魔族も分かりあえる気がしてしまった。

 衣擦れの音、そしていやらしそうな魔族二人の声。かすかに聞こえる吐息のような声……。

 船室の小さな窓から、エイヴェリーの裸の肩が見えた時にはもう僕は限界だった。

「待て、待てって!」

 船室に突撃しそうな僕をクレイグが抑え込んでいた。

「本気になれば、あんな戦闘向きでない魔族なんてリーダーなら簡単に倒せるって。やられねえよ」

 クレイグは、僕を羽交い締めにしながら耳元で囁いた。

 まあ、こいつはこいつなりにエイヴェリーのことを信頼しているのだ。

 そう理解すると少し落ち着いて、僕もエイヴェリーの判断に従うことにして大人しく待つことにした。 

「それに、なんか興奮しないか? こんな状況」

「しないよ!」

 僕はクレイグを蹴飛ばした。

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