第12話 僕は嫉妬している
「えっ。なんで」
エイヴェリーは僕の方を振り返って聞いてきた。
「な、なんでってそりゃ、そんな公序良俗に反するような契約は破廉恥で、よ、良くないから」
早口で慌てながらそう言ったけれど、冷静に考えれば、確かに僕が口を出すことではない。
「ふーん」
エイヴェリーは最初は真面目な顔だった気がするけれど、僕の言葉を聞いてすぐにからかうような目つきと口元になって僕を見つめていた。
「へー」
クレイグまで全部分かっているぜという表情でこちらを見てからかっていた。
自分でも分かっている。
これは嫉妬……みたいなものなんだ。
エイヴェリーの胸をクレイグが揉みしだくのを想像してつい頭に血が上ってしまった。
「いいじゃねえか。別におっぱいくらい」
クレイグがそう言うのは予想どおりだったけれど、エイヴェリーも特に否定することなく同意するようにうなずいているのが意外だった。
「部屋でこっそりならいいのかな?」
それどころか、少し声をひそめてエイヴェリーは僕にささやいた。
小悪魔的な誘惑のように聞こえてしまった僕は反省した。頭を壁にうちつけて邪心をどこかに飛ばしたい気持ちに再びなりながら身悶えていた。
「まったくこれだからお固い童貞神官見習いさまは……。よし、無事に帰れたら二人で仲良くリーダーのおっぱいを揉ませてもらおうぜ! ぐぉ」
満面の笑顔でクレイグは僕の方に近寄っては肩を抱きながらそう言った。
それは、さすがにエイヴェリーも不快に思ったのか片手で赤ん坊を抱きかかえたまま華麗にジャンプすると豪快にクレイグの頭をひっぱたいていた。
「純粋なキーリーを変な道に誘うな!」
なんか僕の母親みたいだな。
「えー。大して違わないだろ。リーダーも、まだまだ経験が少ないねえ。この際だから、国に戻ったら俺が手取り足取り、夜の技を教えてやろうか」
「うるさい」
普段だったら、それはクレイグが街の風俗店につれていってやるから金を出してくれという意味なんだけれど、今日のエイヴェリーはその美しい体を狙われているのが分かったのか軽く足でクレイグのお尻を蹴っ飛ばすと僕の後ろに隠れてしまった。
(可愛い)
見下ろすと赤ん坊を抱きかかえながら僕に寄り添っているエイヴェリーの姿が見える。
本当に夫婦みたいだなとか思いながら港までの道を歩いていた。
「おー。きれいな船だね」
港につくと慌ただしく積み荷を運び込んでいる船が目立っていて、思わずエイヴェリーは嬉しそうな声をあげていた。
ただ、国と国とを航海する船としては大きくはない。
半島をまたぐだけなのだからそれほど大きい船ではなくていいのかもしれないし、今は非常事態なのかもしれないけれどこの大きさの船にずいぶん積み荷を詰め込んでいてちゃんと航海できるのか心配になってしまう。
「おかえりなさいませ、キーリーさま。 もうご準備はよろしいですか?」
メイド服姿のエラさんが、今度は港で潮風に揺られながら出迎えてくれた。
「はい。大丈夫です」
「主人はこちらの船の甲板で、皆様がお越しになるのを待っております」
実際には僕たちを待っているわけではないだろう。
とはいえ、忘れ去られているわけでもないようなので素直に感謝しつつ船へと乗り込ませてもらおうとした。
「エラさんは、どうなされるのですか?」
ふと気になって振り返り、尋ねてみた。
「普段はこちらの街でお留守番なのですが、今回は一緒に戻ることになりました。あとでご一緒させていただきますね」
にこやかに微笑みながらそう教えてくれた。
主人と一緒に国に戻れることが嬉しそうでよかったという雰囲気が伝わってくる。
ただ、やっぱり普段と違い、今回は少し危険を感じているみたいだということでもある。
まあ、僕たちのせいなんだけど。
ただ、それについては素晴らしい戦果をあげたのだと開き直るしかなかった。
「はい。……では後ほど」
エイヴェリーは僕たちを先に進むように促した。船に乗るまでは、いや船に乗っても人類側の国に着くまでは何が起こるか分からない。
そう思い気を引き締めているようだった。
「無事に……乗り込めた……か?」
港にエラさん他数人が見ているだけで、僕たちは何事もなく船に乗り込めて少し安心していた。渡り板を歩きながらクレイグは、汗を拭いながらまだ緊張した様子で周囲を見回しているけれど、あとはこの船が出港してくれれば、魔族に捕まって魔都につれていかれることもないだろうというところまできたんだ。
早くその時が来てほしいと願いながら、僕たちは甲板へと降り立つと半日ぶりにウテン卿の姿を見つけた。
「おお、エイヴェリー嬢。本日もお美しい」
嫁だと言っているのに『嬢』と呼びながら、エイヴェリーに近寄ってくる。
とりあえず若い女性を見たら口説かないといけない病のウテン卿に、苦笑いをしながらお礼をいう僕たちだった。
「あ、ウテン卿。今回は船に乗せていただき本当にありがとうございま……す」
しかし、ウテン卿の横にいる魔族二人に気がついてしまった。
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