第11話 綺麗になったリーダー

「船の準備はできております」

 翌朝、朝食までいただいたあとで、メイド服姿のエラさんは僕たちのところにやってくると頭を下げながらそう教えてくれた。

 あくまで礼儀正しく主人のお客として接してくれていたけれど、僕たち、特にエイヴェリーには親近感を持ってくれているのかにこやかに話しかけている。

 朝食の席にすでにウテン卿はいなかった。変な気を使わなくていいけれど、何があってもエイヴェリーを口説く機会を逃さない意気込みを感じていただけに、逆に不安になってしまう。

「定期的に出している船ではありますが、今回は主人も私どもも一緒に人間側のマクワース国まで帰ります」

 エラさんはウテン卿がいない理由について、聞いたわけでもないのにそう教えてくれた。

「思ったよりもダルトワンの町の周辺も慌ただしくなっているということでしょうか?」

「そのようですね。そのため、主人はこの町に近い有力魔族に話をしています」

 エイヴェリーの質問にそう答えながらもエラさんは冷静に特に心配そうな表情も見せることはなかった。これはきれいな女性には手が早いけれど、主人のことを信頼しているのだなと伝わってきた。

「ご心配にはおよびません。私たちも念のために、魔族の変な一派に巻き込まれないために帰国を早めるというだけのことです」

 エラさんは優しい笑みで、僕たちを不安にさせないためにそう言った。実際、エラさんはそれほど心配していないのだろう。

(まあ、慌ただしい原因は僕たちだしね……)

 エイヴェリーたちとも目配せして、ちょっととぼけているのが心苦しい感じもしてしまった。

 でも、そもそも人間を襲う魔族がいるのが悪いのだと思う。

「主人が戻りしだい出航の準備をはじめます。キーリーさんたちも旅の支度をなさってください」

 

 僕たちは船に乗る前に、一度街の外れに止めてある馬車に戻った。

「ヒゲは……隠しておくか」

 一番の目的は魔法人形のヒゲの回収だった。

 人数として増えた方がいいかもしれないと悩んだけれど、エイヴェリーは一旦ヒゲの機能を停止させることにして袋に詰めていた。

 馬車と積み荷は、ウテン卿ではない別の商人に売り払うことにした。

 魔族は使い魔による監視をすることが多い、この馬車にも実際、ずっと使い魔がついてきていた。

 偉い魔族に詳細な報告をされている可能性もあるから、証拠の隠滅といざというときのために金貨があった方がいい。

 エイヴェリーは冷静にそう判断していた。

「エイヴェリーはずっとその格好なの?」

「え? ああ、国に戻るまでは……何か不審がられそうか?」

 エイヴェリーはクレイグに預けてある愛用の剣以外は武具も一緒に売ってしまった。

 だから、今日のエイヴェリーも可憐な少女にしか見えない水色のワンピースのままだった。

 両腕の力だけで小さな赤ん坊を抱きかかえているその姿は少し意外な印象を受ける。お店の人も幼妻だろうか、それとも年の離れた小さな弟か妹さんを面倒みているのだろうかというちょっと不思議な目で見ている。

「いや、……とても可愛いと思う」

 でも、このワンピースちょっとサイズが小さいんだよなと思いながら、弾けそうな胸のあたりとか少し動くと膝上が見えてしまう足元とかを見て心配になる。

 それに下着とかどうしているんだろう。何もつけていないわけじゃなさそうだけれど、ずいぶん体のラインがはっきり見えてしまっている。

「え、あ、ありがとう」

 エイヴェリーは照れながら、ちょっと体を捻っていた。

 ちょっと僕の視線がいやらしすぎたかとか思ったけれど、それ以上に親しい女友だちにも言わないような褒め言葉をすらりと口にしていたのだと気がついた。

「あ、いや、別にいやらしい意味じゃ……」

 僕が慌てて変な言い訳をしようとしたら後ろからクレイグが絡んできた。

「見てる見てる。キーリーもいやらしい目で見てるから心配ってことさ」

 僕の肩を抱きながらこの男は余計なことを言っていた。

「うるさい。クレイグこそいやらしい目で見るな。大人しくヒゲを持っていけ」

 海風に揺られて朝の太陽に照らされたエイヴェリーの姿は、僕たちには昨日よりもさらに眩しく写った。お風呂に入ったり、エラさんに手入れしてもらったりしたせいかもしれない。

 僕とクレイグのそんな視線に気がついたエイヴェリーは、怒ってクレイグに魔法人形のヒゲが入った大きな袋を押し付けていた。

 少し顔を赤くしながら文句を言っているのがなおさら可愛らしい。

 今回ばかりはクレイグに同情してしまう。何もしていない……わけじゃないけれど、今朝のエイヴェリーを若い男がつい目で追ってしまうのは仕方がないことだと思ってしまう。

「俺ばかり肉体労働で不公平だ。キーリーみたいに同じベッドで寝て抱いてみたいぜ」

 やっぱり、少しでもこの男に同情したのが間違いだった。

「お前はおっぱいがついていれば、何でもよさそうだからな。まじで貞操の危機だから嫌だ。キーリーは女性に対しては真面目だし……あと奥手だからね。オレに手を出すなんてしないよ。まったくね」

 エイヴェリーは僕のことを信頼してくれている。でも、本当に何もしなかったことをちょっとからかっているように感じたのは僕の気のせいだろうか。うん、気のせいだ。

「なんでも良いってわけじゃあねえぜ。若いのに優秀だと思っていたリーダーが、こんな可憐で美しい少女の姿をしているから魅力的に思っているんだ」

 クレイグはいつの間にか、大きな荷物を抱えたままエイヴェリーに並んで口説いていた。

 やめろ馬鹿。今後の人間関係に問題ありそうなことをいうな。

 僕はそう思いながらも、クレイグが言ったことに内心ではうなずいていた。僕が昨日から感じていた良くわからない気持ちを言葉にしてくれた気がする。

「うーるさい。いつも酒場の姉ちゃんに言っているのと同じじゃないか」

 エイヴェリーはそう言って拒絶していたけれど、後ろから見ても顔は赤く照れて、本気では嫌がっていないことが分かる。

 分かってしまう。これは、きれいな容姿とかではなくてリーダーとして褒められてから照れているのだと。

 じいさんも含めてエイヴェリーのことを優秀なリーダーだと思っている。これは僕たち三人の本音だと思うのだけれど、普段はそんなことを口にすることはなかった。大迷宮でも『辛い』『腹減った』『もう帰ってベッドで寝たい』と不満ばかりをリーダーにはぶつけていた。

 それだけに今は実際に口に出して言われたことが嬉しそうだった。

「じゃあさ。無事に国に戻れたら成功報酬で、男に戻る前にそのおっぱいを揉ませてくれよ」

 朝から何を言っているんだ。この馬鹿。

「うーん……まあ、それくらいならいいよ」

 えっ、いいの?

 エイヴェリーがあっさり承諾してくれたので、クレイグは小躍りしながら喜んでいた。

「い、いいわけないだろう!」

 思わず僕は声を荒らげて怒っていた。

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