第10話 同じベッドで寝よう

「お部屋はお二人は一緒でよろしいですか?」

 港町に日が暮れ始め、館では温かい食事まで振る舞ってもらった。

 食事が終わり、お茶を入れに来てくれたメイドのエラさんは、そう尋ねた。

「え、あ、いや……」

「よろしいですよね」

 思わず照れて断ろうとしてしまったけれど、エラさんは『婚約者ですから当然ですよね』という雰囲気で話を進めていた。

 かなりの圧迫で断る隙を与えてくれなかった。

 婚約者なんだからもっと大事にして積極的に行きなさいと言われた気がする。それはつまり僕たちの仲がうまくいくようにというアドバイスでもあるけれど、『ウテン卿が夜這いしてくるような隙を与えるんじゃないわよ』と言いたいのではという気もしてしまう。

 確かにウテン卿は隙があれば本当に夜這いしてきそうな気がするので、僕は頭を何度も縦に振りつつお願いをした。少し離れたところでエイヴェリーはそんな僕の様子を見て笑っていて、クレイグはじいさんと二人部屋になったことを嘆き悲しんでいた。

 エイヴェリーはいいのかな。どういう気持ちなんだろう。

 嫌がってはいなさそうというか、喜んでいるようにも見えるので僕は思わず嬉しい気持ちになった。

 いや、落ち着け。

 僕は、何を喜んでいるんだ?

 別に今までだって一緒に寝ることはあったし、この体になった昨日だって、馬車の中で野宿していたじゃないか。隣で寝ていたし。

 そう僕は自分に言い聞かせる。こんなの大したことはない。久々に野宿ではなく、部屋でぐっすり眠れそうなことに喜んでいるだけだと。

 でも、きっと他の人には、そわそわわくわくしながら夜を待っているように見えるんだろうな。



「おー。すごい。柔らかそうなベッドだ」

 エイヴェリーは、僕たち二人が泊めてもらえることになった部屋に入ると目を輝かせて喜んでいた。

「すごい。本当に柔らかい」

 まっすぐ直行するとベッドに腰掛けて、手で触りながら満面の笑みを浮かべていた。

「まあ、しばらく野宿だったしね。固い地面じゃないのはいいよね」

 慣れているとはいえ、昨日の馬車で休めるのがまだましな方な生活が続けば嫌にもなる。体にもよくない。

「んー。お前もよかったね」

 僕たちが拾った赤ん坊は、ベッドの横に赤ん坊用の籠が置いてある中に、柔らかそうなクッションと一緒に入れられて幸せそうに吐息を立てていた。

 エイヴェリーは覗き込んで元気になったことに嬉しそうだった。

「静かな子だよね」

「さっき、おっぱいを飲んだから満足したんでしょ。やっぱり昨日は弱っている感じだったし」

 おっぱいをあげているところをまた見たかったなどとしょうもないことを思ってしまった自分を恥じつつも、こうやって寝ている赤ん坊を覗き込んで二人で語らっていると、もう若夫婦みたいだなと一人思ってしまっていた。

 ふと視線をあげると、エイヴェリーが腰掛けている柔らかそうなベッドはかなり大きい。そして部屋の奥真ん中に天蓋つきで置かれていた。

 これは完全に夫婦用のベッドだ。

(え、今晩、ここでエイヴェリーと一緒に寝るの?)

 そう想像しただけで、僕の心臓はわかりやすくいつもより激しく鼓動していた。

「ゆっくり眠れそうだ。久しぶりのお風呂もよかった」

 ベッドの上に座って弾力を楽しんでいるエイヴェリーはすでに寝巻き姿だった。ふくらはぎくらいまで覆っている白いワンピースパジャマは、露出が多いわけではないけれど、良い材質なのか薄くなめらかな感じがして体のラインがはっきりと分かってしまう。

 風呂上がりの体からは、まだ湯気が立っている気がした。そんなはっきり見えるわけがないのだけれど……とにかくベッドの上のエイヴェリーは温かそうで、柔らかそうで美味しそうな料理みたいにベッドの上に座っていた。

 美味しそうってなんだ。

 思わず浮かんだ言葉に魔族のような趣味ではないとは自分でも分かっているけれど、じゃあ、性的な意味なんだと思ってしまったところで僕は壁に頭を打ち付けて記憶を飛ばしたかった。

「どうかしたか?」

 本当にどこかに頭を打ち付けたりはしていないけれど、さっきから立ったままで小刻みに頭を揺らしている僕を見てエイヴェリーは心配そうに下からのぞきこんできた。ベッドの上に寝間着で座っているエイヴェリーを立ちながら見ているだけで、本物の夫婦みたいだと思ってしまい頬が赤くなるのが分かってしまう。

「な、なんでないよ」

「そうか。キーリーはもう風呂には入った?」

「え、うん。入ったよ」

「それじゃあ、もう寝よう。休める時にはしっかり休んでおかないとな」

 エイヴェリーはそう言うと、ベッドから立ち上がってこの部屋を照らしている魔法の灯りを消しにいった。

 部屋を明るく照らしていた灯りは消えて、蠟燭の炎だけになる。

 綺麗だ。

 エイヴェリーは片手に蠟燭台を持って部屋の中央の机に置いただけなのに、蠟燭の炎が白い寝間着の胸元を照らして顔も下から赤く色付けをしたその姿は何か絵画の中の光景のようだった。

「キーリー。この部屋全体に加護を。進入してくる敵がいたらすぐに気がつけるように」

 蠟燭を置いたエイヴェリーは僕の耳元に口を近づけながら、真面目な声でそう言った。

「あ、うん。そうだね」

 何か色っぽいことを言われるのではないかと一瞬でも期待してしまった自分が恥ずかしくなって、顔が赤くなる。

 顔がはっきり見える明るい部屋でなくってよかったと思いながら、ポロア様に祈りを捧げる。

「よし、じゃあゆっくり寝ようか」

 祈りが終わり、寝室は静寂に包まれた。もし、誰かが攻撃してきても夜這いをしようとしてきてもこの部屋には侵入しづらく、僕らにとっては気がつきやすくなっているはずだ。 

「あ、でも、僕は床で寝る……よ」

 ベッドに入り毛布をかけて寝ようとするエイヴェリーを見て、すごくいけないことをしているんじゃないかという気持ちになって尻込みした。

「何を言っているんだ。ちゃんと休め。明日は船上かもしれないんだ、眠りたくても眠れないかもしれないぞ」

 リーダーとしてエイヴェリーは僕を叱る。リーダーとしては当然の指摘だ。エイヴェリーの指摘はいつも正しいと思う。

 ただ、寝ながら毛布からを少し顔を出しながら叱っているので、いつものような威厳はなくて、微笑ましい感じさえした。

「ああ、オレが女の体だからって気にしてるのか? そういうところが経験の無さだよな」

 僕をからかうように、にやにやと笑っていた。

 そう言われると悔しくなって僕はすぐにエイヴェリーが寝ているベッドに潜りこんだ。

「気にしすぎだって。よく知れば、こんなものもただの脂肪の塊だって」

 エイヴェリーは隣で笑いながら上体を少し起こすと、自分の胸を自分の両手で下から包み込むように触っていた。

 持ち上げられて破壊的な膨らみになったエイヴェリーの胸を僕は同じベッドの中で間近で見てしまった。

「お、おお。すごい柔らかいな。これ」

 エイヴェリーは自分の体なのに驚いて何度も揺らしていた。

「は、早く寝るよ」

 今度は僕の方がエイヴェリーを叱りつけて毛布を頭から被って寝る姿勢になった。

(こんなの眠れるはずがないだろう……)

 あまりにも素晴らしい揺れ方が目に焼き付いてしまい毛布を被りながらも僕は目が冴えてしまっていた。しばらく悶々としながらエイヴェリーがわずかに動く音やベッドの軋みが気になって仕方がなかった。

 どのみち夜中に何度か赤ん坊が起きるので、僕たちはそのたびに大慌てで面倒をみることになるのだけれど。

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