第6話 海へ行く前に着替えよう

「ヒゲ。ダルトワンの町に向かって欲しい。ここからは北東の方角だ。こっち」

 エイヴェリーは指を指しながら、魔法人形にヒゲに教えていた。

「ハイ。リーダー」

 魔法人形のヒゲは可愛らしく敬礼をして応じていた。

 ヒゲはじいさんが作り出した魔法人形なのだけれど、そこはじいさんのこだわりで全く人形には見えなくって、変な口ひげこそついているけれど、小人の男の子のようにしか見えなかった。

 寝てばかりのじいさんを連れて行く価値の九割は、この高性能な魔法人形にあると言っていいと僕たちはいつも笑っている。

「確か積み荷の中に……」

 ヒゲが馬を操り、馬車は再び魔都からの脱出したときよりはゆっくりと進みだした。僕なんかが操るよりもはるかに優秀なので安心して任せて戻ると、荷馬車の中で何やらエイヴェリーがごそごそと積み荷を漁っていた。

「何をしてるの?」

「さっき、見た時に服があったんだよね。人間用か魔族用かは分からないけれど」

 エイヴェリーは僕の疑問に答えながら、荷馬車の片隅に積んであった木箱からいくつか布らしきものを取り出していた。

 昔は魔族は服なんて着なかったらしいけれど、今は人間側に影響されたのかほとんどの魔族が服を着ていた。なので基本は敵対しつつも、人間側の憧れの服を手に入れたりする魔族の金持ちも多いらしい。

「おっ、これなんかいいんじゃないか」

 綺麗な水色のワンピースを両手で広げて僕にも見せてきた。

「えっ、あ、ああ、うん」

 どう答えればいいんだと思いながら僕ははっきりしない事を言いながらうなずいていた。人間側のいいところの商人を演じようというのは分かるけれど、どうなれば正解なのかは分からなかった。

(可愛くて似合うと思うとでも言えばよかったのか?)

 悶々と考えている間に、エイヴェリーはすでに着替え始めていた。

 赤ん坊に乳を与えるためか上半身の革鎧はとっくに脱いでいて、今は男物のシャツに手をかけていた。

「あんまりじろじろ見るなよ」

 エイヴェリーといえどもさすがに照れるのか、それとも僕をからかっているのかは分からないけれど、シャツを脱いだあと完全に裸になった上半身の中で揺れる胸元を隠しながらそう言った。

「あっ、うん。ごめん」

 そう言いながらも、ここは馬車の中で隠れる場所もないので視線を逸らすだけだった。そして、逸した先ではクレイグがいやらしい視線を隠そうともせずに楽しい見せ物の観客であるかのように腰を落ち着けて観察していた。いつの間にか元気に起きていたじいさんもクレイグの隣で仲良く並んで見ていた。

「まったく、もう。お前らは女の体なら何でもいいのか」

 今まではあまり女の子になったからと言っても動じることもなかったエイヴェリーも、さすがに食い入るように着替えを見られて恥ずかしそうだった。

「いやいや、わしは自分が制作したものが実際にどう動くか確かめないとな!」

 じいさんは出会ってからこの数年で一番、元気な声だった。

「いやあ、じいさん素晴らしい仕事だぜ。つんと上向いた胸もたまらないが、この背中から尻の流れるような丸みは完璧だね。これはもう、どんな男も後ろから抱きしめたくもなるってもんよ」

 実際に触れはしていないけれど、クレイグはエイヴェリーの体を間近で指さしながら評論していた。 

「うるさい。馬鹿ども」

 エイヴェリーは本気で怒ったような鋭い視線を二人に向けた。あまり普段は怒ったりもしないけれど、リーダーとして時々怒る時には戦いでは無類の強さを誇るこの二人も縮み上がっていた。

「キーリー。この格好はどうだろう?」

 さっき広げてみせた水色のワンピースを着てエイヴェリーは、僕に聞いてくる。

(水辺にいる妖精だろうか)

 美しかった。

 どこかこの世のものではない気がしてしまうほどに僕は、魅了されていた。

 魅了の魔法がかかっているのではと疑い、魔法であって欲しいとも思ったけれど、ポロアさまの信徒である僕にはそんな魔法は効かないし魔法を使った形跡もなかった。

「キーリー?」

 首を傾けて、顔を覗き込まないで欲しい。僕の動揺が伝わってしまいそうだった。

「う、うん。綺麗だけど……。魔族の国までやってくる商人のリーダーとしては可愛らしすぎるんじゃないかな」

 リーダーに向かって、『綺麗』とか『可愛らしすぎる』とか思わず言ってしまったことに恥ずかしい気持ちもあったけれど、どこか『よく言った自分』という気持ちもあって満足していた。

「やり手の商売人役はキーリーだから。オレはあくまでも若くて商売に野心のある神官が選んだ嫁さんとして、大富豪殿にも何となく安心できそうと思ってもらえて……なんなら、いやらしい視線を向けてくれればそれでいい」

「え、あ、そうか」

 商人役は僕なのかと気がついて、これからのことを考えると不安になってしまった。

 エイヴェリーの方は少し楽しそうな笑みを浮かべていた。僕に綺麗とか言われて嬉しいのだろうか。僕が明日、女になったら誰かに綺麗と言われて嬉しいだろうかと考えていまいち想像もできなかった。

「それとも、大富豪に色目で見てもらうなら、こういった服の方がいいかな?」

 積み荷の中から他の候補の服も広げて見せていた。

 明らかに布面積が少ない服だった。

 夜のベッドへとお誘いする愛妾かそういう商売の女性でなければ着ない服だろうと、女性の経験のない僕は思ってしまうのだった。

「そ、そういう服はエイヴェリーには似合わないから。今みたいにちょっと可愛らしいくらいがちょうどいいよ」

 思わず着ている姿を想像してしまった僕は、恥ずかしくて目を逸しながらそう答えた。後ろではクレイグとじいさんが着てほしかったのか不満そうに文句を言っていた。

「そうか。分かった。じゃあ、よろしくな。旦那さま」

 エイヴェリーの満面の笑みに、僕はさきほどの不安なんてどこかに飛び去ってしまっていた。

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