第5話 そうだ。夫婦になろう

「海? 夫って何? エイヴェリーが、お、お嫁さんになってくれるのか?」

 リーダーが思いついた第一声は大抵は説明不足で良くわからない。これはいつも通りのことだ。

 だから、いつも通りに軽口を交わしているつもりだったけれど、僕の声が最後うわずってしまったのが自分でも分かってしまって恥ずかしい。

「迷宮は無理だ。森の中を突破も難しい。じゃあ、海だが、泳いだり小さな船で渡ったりするのもこの子がいると無理だ」

 僕の動揺に気がつかないまま、エイヴェリーは凛々しい表情で話を続けていた。

「交易船に乗せてもらうってことか」

「そう。ここに近い港に乗り入れている商人の船に乗せてもらおう」

 エイヴェリーはそう言った。

 魔族と人間は基本、敵対している。

 ただ、姿を見たら殺し合うような泥沼の戦争状態というわけではない。

 力が全ての魔族は末端まで統率が取れておらずに、一部の魔族がしばしば国境を越えて攻めてきては撃退されるが、国に残った偉い魔族の中には戦いには消極的な魔族も多く、ちゃんと人間と話ができて商売をしているものもいた。

「冒険者だと商人には相手にしてもらえずに、今だと逆に偉い魔族に売り飛ばされる可能性もあるからな」

 エイヴェリーは美少女の容姿のままで真剣な眼差しをしてそう語ったあとで、不意に僕の顔を覗き込むといたずらっぽく笑った。

「オレとお前が若い商人か貴族の夫婦という設定で、乗せてもらえないか交渉してみよう。あー、いやお前は神官のままがいいか、神官だけれど商売をしているみたいな設定で……」

「な、なるほど」

 やっとさっき言っていたことの意味が分かって安心した。

「じゃあ、俺が夫でいいじゃねえかよ?」

 納得して上で話をしようと思っていたら、横からクレイグが割り込んでくる。

「頼れる男が、夫の方がいいだろ。ぐはは」

 そう言いながら、クレイグはエイヴェリーの肩を抱き寄せてわざとなのか下衆な笑いをしていた。

「設定として、神官だけれど商売人ということにしておいた方が危険が少ない。クレイグだと、気品もないし、頭も悪そうでとてもそうは見えない」

 エイヴェリーは肩に回された手を引き剥がしながら、クレイグにじっとりとした目でそう説明していた。美少女にはっきりと罵倒に近い言葉を浴びせられて、クレイグはショックを受けている様子だったので、僕は楽しくなって観察していたのだが……。

「あと、護衛の一人も連れていないと不自然だ。キーリーが護衛になんて見えないだろう」

「うっ」

 突然の飛び火だった。

 そう言いながら僕の方をちらりとエイヴェリーは見て、これは貧弱で頼りがいがないだろうと再確認したようだった。

「確かにな。キーリーじゃあ、か弱いもんな」

「うん。弱そうでなぜお供についてきているのか説明できない」

 ぐさっと、クレイグに続いてエイヴェリーの冷静な言葉が僕の胸に突き刺さっていた。

 クレイグは立ち直り、今度はショックを受けている僕の方をニヤニヤ笑いながら楽しく観察しているようだった。

 そんなことはない。僕にもポロアさまの祝福があればと言いたかったけれど、この二人の前ではさすがにあまり強気に語ることもできなかった。

「ところで爺さんは?」

 僕のぼそりと言った言葉に、二人は腕を組んでしばらく考え込んだ。

「執事のおじいさんってことでいいんじゃないか」

「そうだな。そんなところでいいか」

 馬車の隅っこで休んでいる爺さんの方をちらりと見ながら二人はそうつぶやいた。

 なんか爺さんについてはかなり雑だな……。

「じゃあ、向かう先は、ダルトワンの町か、ペッグズの港か……」

「だが、ペッグズの港は人間側の船がいるとは限らない」

 僕のつぶやきに、エイヴェリーは爪を噛みながら答えた。今までなら、良くない癖だぞと注意していたけれど、今の姿だとこの癖さえ可愛く見えてしまうから不思議だった。

「ダルトワンの町か……。大富豪なウテン卿が屋敷を持っているんだったか」

「そうだね。だから定期的に船がでている。待っている時間も屋敷に泊めてもらえれば最高なんだが……」

 同じ人間側とはいえさすがにそれは厚かましいかと言いながら、エイヴェリーは笑みを浮かべていた。

 とはいえウテン卿は、周囲の魔族とも良好な関係を築きながら一目置かれている。そう考えれば、ダルトワンの町に向かうのが一番、いいルートだと思う。もちろん、計算した上で魔族側に売られてしまう可能性もあるけれど……。

「よし、じゃあ、ダルトワンの町に向かうことに……」

「ちょっと待て!」

 グレイグが変に考えごとをしているように眉間にシワを寄せながら、大げさに手のひらを突き出してエイヴェリーの言葉をさえぎった。

 またロクでもないことを考えているな……ということだけは分かってしまう。

「だが、いいのか? ウテン家のマーティと言えば、有名な女たらしで助平なんだぞ」

 力説するクレイグに、僕とエイヴェリーは『なんだ、そんなことか』という呆れた目で見ていた。

(あれ? いや、でも……今なら確かに重要か……)

 僕は横目でエイヴェリーの姿に視線を向けた。

「そんな話も聞くけど、別にオレたちにはそんなこと関係ないだろ?」

 わけが分からないというように、エイヴェリーは首を傾げていたけれど、僕とクレイグの意味ありげな視線に気がついたようだった。主にどうしても胸元へ向かってしまう視線に。

「なるほど……?」

 エイヴェリーは視線を下に向けて、自分の服の胸元を広げてじっと観察していた。

 僕も上から覗きこんでみたいという衝動に駆られてしまったけれど、常識人としてぐっとこらえた。

「そういうわけで、貞操の危機になっちゃうんじゃないの? エイヴェリーちゃん」

 クレイグは、遠慮なく高い身長をいかして上からエイヴェリーの胸を覗き込みながら鼻の下を伸ばしていた。

 こいつは本当にくずだなと僕はいらいらしてしまう。

「それなら、これはむしろチャンスなんじゃないかな」

 エイヴェリーは服を戻し自分の胸に両手を当てながら、僕とクレイグに向かってにやりと笑っていた。

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