第4話 乳がでた
「じいさん……」
エイヴェリーは、さきほどからネサニエルじいさんの肉体改造の魔法を受けているのだが……。少し不審そうな目をしていた。
「いつまで、胸を揉んでるんだ……」
「いやいや。これはちゃんと確認しないとな。うーん、我ながらこれは完璧な弾力。まさに男性が思い描く理想の胸!」
おそらくもう魔法は終わっているのにいつまでもエイヴェリーの胸を触っているネサニエルじいさんにエイヴェリーは不審そうだったけれど、じいさんは気にした様子もなく間近で観察して、感触を確かめていた。
これに関しては、本当に自分の成果物の出来ばえを確認しようとしているみたいなのでエイヴェリーもあまり強くは言わずに触られるままになっていた。
(いや、絶対、いやらしい気持ちもあるだろう。じいさん……)
僕はじいさんの手つきと反応に困って少しうつむいているエイヴェリーの表情をもやもやした気持ちで見ていた。
「ほい。よし、終わったぞ」
じいさんはやっと満足したのか手を離してそう言った。
「え、お、おお、確かに何か出てる」
エイヴェリーは片手で自分の胸を触りながら感動しているようだった。
「よし、これでどうだ?」
早速、赤ん坊を胸の高さまで持ってきて、乳首の先に赤ん坊の口を合わせていた。
「お、おおっ。吸った。飲んでる」
その光景を見て、エイヴェリーだけではなく、僕とクレイグ、ネサニエル爺さんも含めて馬車の中は一瞬で歓喜に満ちていった。やはり赤ん坊が笑顔になるとどんな状況であっても嬉しいものだった。
「おとなしい子ですね」
ポロア様の教会にくる赤ん坊はいつも泣いているイメージだったので意外に思いながら、エイヴェリーの胸に吸い付いている赤ん坊のことを見ていた。
「それだけ、もう弱っていたのかもな」
クレイグは僕の横で冷静にそうつぶやいていた。
さっきは喜んでいたが、深刻な表情はもう死ぬはずだったこの赤ん坊を助けている余裕があるのかと言いたいようだった。
とはいえクレイグも、いまさらここで捨ててこいとは言えない。
困った人を助けるのが日課の我らがリーダーだけに、これはいつもの悩みだった。ただ、そんなリーダーのことを文句は言いながらも僕たちはいつも前向きに支えている。
(しかし、今は非常事態だ)
ここは魔族の国の真っ只中で、そして魔族たちは怒りに震えて魔王の仇を探している。
「エイヴェリー。その赤ん坊はどうする? マクワース国まで連れていくのか?」
僕たちは馬車を止めて休憩した。
休んでいる間に、前線まで魔王が討伐された報告が届いてしまう危険はあったけれど、馬も休ませる必要があり、そしてこれからどうやって脱出するかを決めないといけなかった。
「そうだな。人間側の国まで連れていくしかないだろう」
聞かないわけにはいかなかったけれど、エイヴェリーはあっさりと予想通りの答えを返してきた。
まあ、今、近くの魔族の街に預けるとかいう選択肢はない。下手をすれば赤ん坊は食べられてしまううえに、姿をごまかしたとしても僕たちも疑われてしまい危機になってしまう。
「じゃあ、地下迷宮を戻るというのはなしだな」
僕たちは、この国に潜入するのに地下迷宮に潜った。人間の国の方から入り、この国のど真ん中にある出口から出てきた結果、魔王に出くわした。
「この子がいなくてもあの大迷宮は無理だよ。もう一度、踏破できる気がしない」
エイヴェリーは思い出したくもなさそうに遠い目をしていた。
怪物たちが強いというのもあるけれど、やはり迷宮が大きすぎて進んでいくたびに不安になってしまう場所だった。食事睡眠、基本的な生活が一番大変だった。完全に道を覚えていて絶対に間違えないなら話は別だが、もう一度、赤ん坊を連れて戻れる気はしなかった。
「じゃあ、どうするつもりだったんだ?」
僕はぎすぎすした空気にならないように気をつけながら聞いてみる。
赤ん坊はいっぱい乳を飲んで満足したのか、エイヴェリーの腕の中で寝ているようだった。その様子をエリヴェリーは慈愛に満ちたような表情で赤ん坊に視線を向けている。
「暗き森を抜けるつもりだった」
エイヴェリーは、襟を正しながら顔をあげて僕の方を見てくれた。胸はもうはだけてないのだけれど、その仕草だけでもどきりとしてしまう。
「でも、この子を連れては難しいな」
真剣な表情はいつものリーダーのままだった。なんだかんだで、このリーダーの判断を僕たちは信頼しているので僕たちは次の言葉を待った。
僕たちだけなら暗き森の中に入って、密かに魔族の国境警備をしている軍の目を逃れて国境を越えるのは確かに現実的だった。
ただ暗き森ではモンスターも魔族の警備も含めて音が重要だった。いつ泣き出すかわからない赤ん坊がいるならそれは難しいことも間違いない。
「海路だな」
海の方を指さしながら、エイヴェリーは言った。
「海?」
言いたいことは分かるけれど、どこから、どうやってと疑問に思っているとリーダーは振り返り海を差していた指を僕の方に向けた。
「というわけで、キーリー。僕の夫になってくれ」
「え」
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