第7話 海辺の館のメイドさん
「海だ」
久しぶりに海を見て、僕をはじめ、エイヴェリー、クレイグ、ネサニエルじいさんも思わず喜びの声をあげた。
でも、僕はすぐにこれからのことを思って緊張した面持ちになってしまう。一芝居が失敗したら、僕たちはどうなってしまうか分からない。おそらくは生きて帰れないだろう。そうでなくても、魔族の町だ。今回の件で怒りくるった魔族たちが人間を見ただけで襲ってくる可能性もありえると思った。
「どうするんじゃ? そのなんとかという貴族だか商人だかの屋敷までは、魔族に変化していくか?」
ネサニエル爺さんも怖がりながら、僕とエイヴェリーにそう質問した。
「いや、このまま行こう。もし途中で魔族に襲われるようなら、ウテン卿の船に乗る意味もないだろう」
水色のワンピースを着た可憐な少女にしか見えないエイヴェリーは、冷静にそして決して揺るがない豪胆さを隠しきれない表情でそう言い切った。
(さすがは僕たちが見込んだリーダー)
以前から優秀だと思っていたからこそ一緒にパーティを組んでいるのだけれど、この窮地でも動じない態度は見た目が美しくなってしまったこともあってなおさら頼もしくみえてしまう。
「僕はこの格好のままでいいの?」
「いいよ」
神官服のままの僕は、打ち合わせはしたけれど不安になっていた。
「帽子だけ変えてくれればいい。今だと見習いだと見る人が見れば分かってしまうし、少し世俗にまみれた神官という雰囲気を出してもらった方がいい」
エイヴェリーは僕が不安を感じているのが分かったのか、馬車を降りてからも説明を続けてくれる。
「ウテン卿は魔族と貿易をしているような強者だからね。相手の得意分野で話すとボロがでてしまうかもしれない。だから、君は今から基本は真面目だけれども金と女が大好きな野心溢れる神官だ」
エイヴェリーはなぜか楽しそうに僕を見ながら、そう言い聞かせた。
「ま、キーリーが本当は金も女も大好きなのはそのまんまだろう」
「クレイグ!」
ちょっと、いやこの数時間でかなりそんな気がしてしまっていたけれど、からかってくるクレイグにお前にだけは言われたくないと僕は文句を言う。いつもよりちょっとだけムキになってしまったのは、図星だと思う何かが僕の中にあったのかもしれない。
「俺はこの格好のままでいいのか? 特に設定とかないのか?」
「護衛だから、そのままでいいだろう。お前は喋らない方が安全だ」
「へいへい」
クレイグは、自分でも演技やうまい言い訳などできないと思ったのか納得して大人しくリーダーの言うことに従う様子だった。
「クレイグ。これだけ預かっておいて」
エイヴェリーは軽い調子で、細身の剣をクレイグに手渡した。
「これは? リーダーの剣か」
こんな細い剣なんて自分では使わないけどとでも言うようにつまむようにして眺めていた。
「そう。オレが持っているわけにはいかないけれど、証拠の品だからね。できれば国まで持っていきたい」
「証拠? なんのだ?」
「魔王を刺した剣だ。魔王の血がついている。ちゃんと鑑定してもらえればそれは分かるだろう」
「なるほどねえ。確かに、俺たちが魔王を倒したとか口で言っても信じないやつもいるだろうしな」
この状況でそんなことにまで頭がまわるリーダーに対して、クレイグもいやらしく体を眺める視線から、感心している視線に変わっていた。
「逆に魔族に囲まれて調べられるような事態になったら海に捨ててくれ」
「おっかねえな」
「ま、そんな事態になっていたらもう手遅れかもしれないけどな」
冒険者として覚悟を決めたように二人は笑っていた。やはりこういった度胸のあるやり取りを見ていると、二人とも年はそれほど変わらないけれど場数の違いを感じて僕は引け目を感じてしまう。
「さあ、じゃあ、行きますか。頼んだぞ、キーリー」
「あ、ああ」
僕はまだどこか覚悟も決まらないままに、大富豪の館へと向かった。
街の入り口に馬車を止め、いつでも逃げられるように魔法人形のヒゲを御者台に乗せたまま待機させておいた。
街は普通に魔族が歩いているけれど、人間がいないわけでもなかった。見たこともない顔だということは分かるのか、数人の人間を珍しそうにかつ不審な目で見ている魔族もいたけれど、途中で声をかけられることもなかった。
館までの距離が遠くなかったこともあるけれど、特に揉め事もなく館の門をたたくことができた。
「ふう。まずは一安心」
問答無用で魔族に襲われることもなかったので安心はしたけれど、逆に言えばすぐに逃げられる場所でもない街の中まで進入してしまったことにもなったので余計に緊張してしまう。
「どのようなご要件でしょうか?」
メイドさんが屋敷から門まで足首までのスカートを少し引き上げながら、小走りで僕たちのところまで向かってくるのが見えた。
ものすごく大きな館で大きな庭があるというわけでもなくこぢんまりとした海辺にあるいい雰囲気の館だった。メイドさんはすぐに僕たちの元へとやってくると、周囲を一度見回しながら僕たちの返事を聞く前に門を開ける素振りをみせていた。
(共存していそうだけれど、やはり魔族を警戒はしているのだな……)
僕はメイドさんの視線からそう推測しながらも、顔には出さないように気をつけた。
「実は街道の魔族が殺気立っておりまして、身の危険を感じていたところ。ウテン卿が船で国にお戻りになるという話を聞きまして、よろしければ一緒に乗せていただけないかと思って訪ねさせていただいた次第です」
僕は、なるべく慌てすぎないようになるべくゆっくりと話すことを心がけながらメイドさんに説明した。
(まあ、嘘は言っていない。ウテン卿が国に戻るであろうことは僕たちの推測だけれど……)
「なるほど……。確かにそれはお困りでしょう」
メイドさんは一瞬で僕たちの姿を確認すると、同情したようにつぶやきながら考え込んでいた。
やはり僕の神官姿とエイヴェリーが抱いている赤ん坊は、胡散臭さを隠しつつ同情をさそうのに効果があるようだった。
「分かりました。旦那さまにお会いできるように取り計らってみます」
一旦、門を開けて中へと入れた上で、メイドさんは、力強くそう言うと館へと戻っていった。
「偉いメイドさんなのだろうか」
僕はメイドさんの背中を見ながらそうつぶやいた。少なくともただ家事をしているだけではなく秘書のようなこともやっているのだろうというのが短い会話の中でも擦ることができた。
「そうだね。それに少なくとも魔族の怪しい動きは知っているようだったね」
エイヴェリーは僕の隣で同じように緊張した面持ちでメイドさんの背中を見送っていた。
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