第2話 僕たちのリーダー(♂)が美少女になった理由

 僕たちは魔王を倒した。

 魔王城に乗り込んでというわけではなく、たまたま外に出ていたところに出くわして倒すことができた。

 そのまま逃げ出すよりは、変装して魔王城の城下町で馬車を奪って逃げた方が早いと提案したのは、このエイヴェリーだった。

 大胆な作戦で魔族の馬車を奪うことに成功して、脱出できた。……まではいいのだけれど、魔王が倒されたという知らせもちょうどこの国中に駆け巡ってしまったところだった。

「たぶん、魔族のおやつだったんじゃねえの?」 

 僕の後ろから背が頭一つは高いクレイグが、赤ん坊の顔を覗きこみながらそう言った。

「おやつ……」

 僕は赤ん坊の顔を見ながら息を吞んだ。

「そうかなと思う」

 エイヴェリーも美少女の容姿のまま真剣な顔でそう言う。

 状況からすれば、この荷馬車は地方から魔王城に荷物を届けて卸している最中だったのだろう。

 魔族は人間を食べる。特に人間の赤ん坊を好むと言われてきた。

 今の魔族はちゃんと人間と対話をすることができて、人間なんて食べないという魔族も増えてきた。

 でも、一部の好事家を中心にだけれど、まだまだこの風習は残っている。

 こういう赤ん坊を見てしまうとやはり魔族と人間はなかなか相容れないのも仕方がないと思うしかなかった。

「この子も魔族の中の偉い人に、献上するために運ばれてきたんだろうな」

 クレイグは、僕の肩越しに赤ん坊を覗き込みながらそう言った。

(いや、お前。エリヴェリーの胸ばかりをじっと見ていない?)

 あまり赤ん坊には興味なさそうだけど、楽しげな目つきをしているクレイグを軽蔑しながら見ていた。いや、気持ちは分かるけれど。

「それで……何で、エイヴェリーが女の子に?」

 そう尋ねたら、ちょうど赤ん坊が今まで大人しかった赤ん坊が泣き始めた。

「あー。よしよし。じいさん、なあ、オレのおっぱいでないんだけど」

 すっかり存在を忘れていたけれど、じいさんと呼ばれたうちのパーティの魔法使いネサニエルは荷馬車の隅っこで杖を抱えて座っていた。

 白髪と長い白髭を蓄えた貫禄ある魔法使いは、いい腕をしているのだけれど残念ながらもうかなりの年齢なので一度魔法を使うとかなり眠たそうだった。

「なるほど……?」

 僕とクレイグは、じいさんとおっぱいの間で視線を行き来させるとなんとなく状況が掴めた気がした。

「お腹空いてそうだから、ミルク飲ませてあげないとと思って」

 エイヴェリーはそんなことを言った。予想通りではあったけれど、決断が早すぎて呆れてしまう。

「女の子にならなくても何かあったんじゃないの?」

「それがさ。この積み荷の中にあったお酒を、ミルクとかに変えられないかっていったんだけどそれは駄目だって言われてさ」

「魔法ギルドの禁忌だからじゃ」

 じいさんが、座ったままで目だけを開けるとぼそりとそう言った。

「禁忌……?」

「少しでも、石を金に変えたりすればそりゃあもう怖い呪いが待っているんじゃよ」

 緊張しながら聞いたのに、じいさんはちょっと大げさな面白い反応だった。

 怖がって損したと思いながらも、魔法使いにとっては常識でかつ怖いことなのだろう。

「そうか、経済を混乱させるような魔法は駄目なんだっけ」

「ギルドによるがの。じゃが、物を別の高価な物に変えるのはどこでも禁止だ」

 そう言った後でじいさんは、楽しそうに今は美少女になっているエイヴェリーの方を見た。

「ただ、肉牛を乳牛にするくらいなら、うちの魔法ギルドでは許されるといったらのお」

「オレから乳が出るようにしてもらえばいいって思ってな」

 いつもながらにエイヴェリーは人助けの決断に迷いがなくて笑ってしまう。補佐する立場としては早すぎてついていけなくて時々困ってしまうのだけれど。   

「それならばと、わしの製作技術の集大成として、この美少女の体を作り上げた!」

 じいさんはたちあがると別に聞きたくもないことを熱弁しはじめた。

 ここの体のラインが! ここの丸みが! と言いながらエイヴェリーの体を人差し指の先でなぞりながら解説していく。

「確かに、いい体だよな。胸もでかけりゃいいってもんだじゃねえ。足も細くて長ければいいってもんじゃねえ。さすがだぜ、じいさん。分かってやがる」

 僕の肩越しにクレイグが何やら顎に手を当てながら評していた。エリヴェリーの体をとても楽しそうに上から下まで舐めるように観察しながら。

「でも、じいさん。この体、乳でないみたいなんだけれど……」

 エイヴェリーの言葉に、じいさんは一瞬首を捻ったけれど何か忘れていたことを思い出したようだった。

「そりゃー。子どもができないと乳はでんよ」

「えっ、あ、そ、そうか」

 エイヴェリーは自分が迂闊だったとでもいうように髪をかきむしっていた。昔からよくやる動作だったけれど、髪が伸びている今だと妙に色っぽくて見とれてしまっていた。

(お、落ち着こう。こ、これはエイヴェリーだから……)

「じゃ、じゃあ、どうすれば……」

 エイヴェリーは焦っていた。確かに今、馬車を止めて近くの魔族の町によってミルクを買うわけにもいかない。そんなことをしている余裕はない。すでにパーティは一歩間違えれば、全滅の危機にあるのだから。

「わ、分かった。……よし、キーリー」

 エイヴェリーは赤ん坊を抱えていない方の手を伸ばすと、僕の手首をつかんで引き寄せると真剣な眼差しで懇願してきた。

「オレと子作りしてくれないか?」

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