4、強敵
ヨハンネスさまはわたしよりも随分と身長が高く、見上げるほどです。といっても、常に前髪の隙間から覗き見しているんですけど。
碧の瞳があまりにも美しく、しかも凛々しくていらっしゃるから。
邪神呼ばわりされるわたしには、眩しすぎるの。
「こら、逃げてはいけないよ」
「ゆ、許してください」
迫って来るヨハンネスさまの胸に手を置いて、何とか押しのけようとするんですが。
非力なわたしでは、たくましい体はびくともしません。
すっぽりと彼の腕の中に囚われてしまっているんです。
「あらあら、仲がおよろしいんですね」と微笑む侍女。
「お熱いですね」と言う御者。
たすけてー。こんな間近に寄ったら、わたしの凶悪な目つきがばれてしまいます。
わたしは瞼を伏せ、さらに顔も伏せてぼそぼそと喋ります。
「あの、中に入りませんか? 車寄せでお話なんて、申し訳ないです」
「悪い人だね。君を愛しいと思うこの気持ちをはぐらかすのかい?」
いえ、わたしの三白眼を見たら、きっとヨハンネスさまは「ひっ」と引きつった悲鳴を上げて逃げてしまわれるわ。
今日をわたしの失恋記念日にしたくないの。
いえ、出来ることならこの三白眼の秘密は、墓場まで持っていくのよ。その為なら前髪を伸ばし続けることも厭わないわ。
「賊の話を聞いた時、ぼくは心臓が止まるかと思ったよ」
「大丈夫です。怪我もないですから」
「本当に無事で帰って来てくれて嬉しいよ」
お願い、もう離してください。限界です。
「許嫁の特権だよ」
そう言うと、ヨハンネスさまの大きな手がわたしの前髪に触れて、おでこを全開にしたんです。
や、やめて……ぇ。せっかくの婚約を破棄されてしまうから。
でも、それすらも声になりませんでした。
顔を真っ赤にしてきつく瞼を閉じるわたし。
彼の反応が分かりません。
だってため息をつくわけでも、悲鳴を上げるわけでもないんですもの。
もしかしたら、驚きのあまり硬直なさったの?
恐る恐る瞼を開くと、ヨハンネスさまはなぜか頬を染めていました。
そして「うん、やっぱり可愛い」と言いながら、わたしのおでこに軽くくちづけたんです。
「み、見ましたよね。わたしの目」
「うん、つぶらな黒目が愛らしいよ」
いえ、白目と黒目の配分がおかしいですよね。
普通、可愛いというのは瞳がつぶらであって。黒目がつぶらって言いませんよね。
「そうだなぁ、正確に言うと。涼やかで格好良くて、愛らしい」
うあー、褒め言葉が増えました。
「凛々しいと可愛いは両立するんだね。あなたと出会うまでは知らなかったことだ」
あ、もう駄目。とても柔らかく微笑む彼の姿が、視界いっぱいに広がって。
わたしは顔だけではなく、耳や首筋まで熱くて、きっと真っ赤な顔をしていることでしょう。
「シルヴァ。あなたはぼくの大事な婚約者なんだ。だからこれからは無茶をしないでおくれ」
そして春風のようなキスを、唇にされたんです。
「わ……わたしは……」
「ああ、恥じらう姿も愛らしいなぁ」
もうやめてぇ。
心臓がばくばくして、胸もドレスも突き破ってしまいそう。
「わたしとの婚約を破棄なさらないの?」
「ん? なんで?」
「だって……わたしは一睨みで賊を撃退するほど凶悪なんです」
「んー?」と、ヨハンネスさまが小首を傾げます。
「それならなおのこと安心だ。ぼくとシルヴァの間に子どもが出来たら。ぼくや側仕えがたまたま近くにいなかったとしても、あなたは自らと子どもを守れるからね。とても素晴らしいと思わないかい?」
こ、こどもっ。
そこまでは考えてませんでした。
いえ、むしろ凶悪な目を見られたら、ふられるものだとばかり。或いは、伯爵令嬢という身分を慮って、形式だけの結婚になるのかと。
「ぼくは君を守るが、君は自分のことも守るんだよ。愛しいシルヴァ」
「……ぃ」
「聞こえないよ?」
ああ、そんな輝くような顔をわたしに寄せないで。
ヨハンネスさまの美しい碧の瞳に映るわたしの顔は、これまで見たことがないほどに恥じらっているんです。
「ちゃんと返事をしないと、またキスするよ?」
賊よりもヨハンネスさまの方が、わたしにとっては強敵なんです。
三白眼で目つきの悪い伯爵令嬢は、婚約破棄されたくないのです 絹乃 @usagico
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