2、失礼ね、呪いませんよ

「あぁー? なんだぁ? このお嬢さんは」

「顔がよく見えねぇが、いいとこのお嬢さんだな。ドレスも売れるし、中身も高く売れるぜ」


 下卑た笑いを洩らしながら、無精ひげを伸ばした、とてもとても臭そうな男達が近づいてきます。

 いえ、実際にとても臭いの。

 鼻が曲がってしまいそう。


 武芸の心得? そんなもの、わたしにあるはずがありません。

 いっそ急所を狙う? わたしのひ弱な力では、そもそも阻止されてしまいますし。ブーツの踵が折れてしまうわ。


 ああ、どうかわたしに勇気を。

 天を仰ぎながら、わたしは神さまではなく婚約者の姿を思い描いていました。


 わたしが一歩踏み出すと、男達はさらに一歩踏み込んできます。

 そうよ、もっと近づいて。

 わたしのことがよく見えるように。


「勇気あるお嬢さんだ。散々嬲ってから、売り飛ばすとするか」


 もう、その言葉だけで卒倒してしまいそう。

 でも、だめ。気絶したら目を閉じてしまうもの。

 

 わたしは大きく息を吸って、長く伸びた黒い前髪を手でかきあげました。

 辺りを沈黙が支配しました。

 

「ひ……っ」と引きつった声。

 男どもの顔が恐怖に強張ります。彼らがに手にしていた袋が地面に落ちて、硬貨が零れ落ちました。


「そのお金を、返しなさい」


 わたしが一歩近づくと、賊も一歩下がります。


「ま、魔女? いや、違う。そんな可愛いもんじゃねぇ」

「古代の悪の女神か。俺達を滅ぼしに来たんだな」

「目を見るな。呪われるぞ。こいつは邪神だ」


 まったく、失礼ですね。こっちは年頃の娘なのよ。女性の顔をそんな風に批判するものではないわ。


 ただでさえ三白眼でつり上がった目なのに、それをさらに険しくします。

 氷の伯爵といわれるお父さまにそっくりの瞳。

 お前が男だったら騎士団に入れるものを。そうすれば一睨みで敵も戦意を失うだろう、とお父さまに何度か言われましたけど。

 それも相当失礼ですよ。


「の、呪わないでくれぇ」

「金は返すから」


 おどおどと腰の引けた賊は、後ろに下がっていきます。

 でもね、容姿を気にしているのにそれを散々コケにされて「あら、いいんですよ」なんて言えません。


「返すですって? それだけで充分だとお思いなの? 廃棄するしかない林檎の代金、めちゃくちゃになったお店の修理代金、それから迷惑料。すべて払ってお行きなさい」

「そ、そんな金……あるはずが」


「あら。どうせ博打をしたり、お酒を飲んだりするお金でしょう? 呪われない為にもお布施だと思って置いていった方が身の為でしてよ」

「呪う……やっぱり邪神か」


 賊の声は震えています。


 もうっ。邪神って何よ。せめて魔女くらいにしてほしいものだわ。

 そんな失礼なことを言う輩には、お仕置きが必要ね。

 

 わたしは黒い前髪をかき上げ、顎を上げて男どもを見下ろしました。

 本当は、とても怖いけれど。

 恐怖心を見せてはなりません。


 そうよ。子どもの頃からいかに相手を威圧するか。その練習を鏡の前で重ねてきたはず。というかお父さまに叩きこまれてきたわ。お母さまは「シルヴァは女の子ですから、そのような特訓はおよしになって」と懇願なさっていたわ。


 目つきの悪さをさらに増大させる。そんな訓練が何の役に立つのかと、訝しんでいたけれど。

 分かったわ、お父さま。

 今、この時の為ね。わたしは領民を賊から守らなければならないのよ。


 わたしはここぞとばかりに、三白眼のつり目を細めて、唇を鎌の刃のように歪めて微笑んで見せました。


 効果てきめん。賊は悲鳴を上げて逃げていきました。


 地面には、彼らが投げ捨てたコインの入った財布が落ちています。

 まぁ、お店の修理代くらいにはなるでしょう。

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