三白眼で目つきの悪い伯爵令嬢は、婚約破棄されたくないのです

絹乃

1、三白眼の令嬢

 お恥ずかしながら。わたし、シルヴァは三白眼なんです。

 伯爵令嬢という身分でありながら、目つきが悪いんです。

 

 どうしてお母さまじゃなくって、お父さまに似てしまったのかしら。


 どれくらい目つきが悪いのかと申しますと。

 木の枝にとまって、美しく囀る庭園の小鳥。まぁ、なんて愛らしいと微笑んでいると。


「いけません。焼いても蒸しても食べられませんよ」などと道行く人に肩を掴まれる始末。

 通りすがりの男性は、ふつう婦人の肩に手なんて置きません。


 わたしはもう怖くて怖くて、ぶるぶる震えていると。

 その男性は「ひぃっ。ぼくも美味しくないです。むしろさっきの小鳥の方が美味しいはずです」なんて、さっさとてのひらを返す始末。


 ええ。結局その男性は、わたしの側仕えにこんこんと説教され、伯爵であるお父さまの元に引っ立てられていきました。

 

 春になると花や鳥が美しいものですから。つい立ち止まって愛でるんですけど。

 その所為で、いったい何人がいらぬ騒動に巻き込まれてしまったのでしょう。


 仕方がないので、わたしは黒い前髪を伸ばすことにしたんです。

 これなら目つきの悪さを隠すことができますからね。


 ◇◇◇


「シルヴァお嬢さま。大変です」


 馬車に乗って屋敷に帰る途中、突然侍女がわたしに覆いかぶさってきました。

 何事? そう思い侍女に抱きつかれながら、窓から外を見ると。


 まぁ、大変。賊が商店を襲っています。

 あれは山から下りた山賊なのかしら、それとも陸に上がった海賊なのかしら。

 見るからに野蛮な風体に、ガラの悪い顔つき。ああ、馬車の扉も窓も閉まっているのに、男臭いにおいまで感じられて、わたしは卒倒しそうになりました。


 自警団の男性たちは、おろおろとなす術もなく。ああ、ひどい。おかみさんが突き飛ばされたわ。

 道に転がっていく林檎が、馬車に轢かれて潰れています。


「お嬢さま、隠れていてください。伯爵令嬢が乗っているとばれたら大変です」

「きっと大丈夫よ。伯爵家の紋章がついていない馬車ですもの」

「いいえ。あいつらは鼻が利くんです」


 声まで震わせながら、侍女はわたしを守ろうと必死です。

 もしこの馬車まで襲われたりしたら。きっと侍女はわたしを守ろうと盾になるでしょう。

 

 ああ、どうしましょう。わたしの為にぼろぼろになるまで犯されて、殺される未来しか見えません。

 駄目です、そんなの。絶対に。


 こんな日に限って侍女しか連れてこなかったことを悔いました。


「お嬢さまっ?」


 立ち上がったわたしに侍女が悲鳴のような声を上げます。


「ここで身を隠していなさい。大丈夫、何かあったら馬車をこちらへ。御者に命じてくださいね」

「いけません、お嬢さま。お嬢さまには大事な婚約者が。御身を危険にさらさないでください」


 いいのよ。わたしは大丈夫。

 にっこりと微笑んで(といっても目が隠れているので、口許しか侍女には見えていませんが)わたしは馬車から降りました。


 砂埃の混じった風が、わたしの巻いた黒髪とアフタヌーンドレスの裾を揺らします。

 背中には、侍女がわたしの名を叫ぶ声が届いています。

 

 怖いけれど、恐ろしいけれど。

 御者だって、わたしを引き留めるけれど。馬を駆けさせる者が怪我をしたら、退路を断たれてしまいます。


 道には散乱する林檎。通りを行く人達は巻き添えにならぬよう、身をひそめています。

 わたしは土で汚れた林檎を手に取り「あなた方!」と、声を張り上げました。


 伯爵令嬢として、見て見ぬふりはできないのです。

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