——ピンポーン


 バイト二ヶ月目。


 まだ覚えなきゃいけないことばっかりだったけど、少しは仕事ができるようになっていたわたしは、陣内さんの接客をよくするようになっていた。


「ほうれん草のソテーをひとつ」

「以上でよろしいでしょうか?」

「はい」

「それではご注文を繰り返します。ほうれん草のソテーが一点。以上でよろしいでしょうか?」

「はい。お願いします」


 デジャヴのデジャヴみたいなやり取りを終えたとき、テーブルのうえのスポーツ新聞が目に入った。


 上を向いた一面には、『怪人、また現る⁉』という大きな見出し。


 一年くらい前から、スポーツ新聞とかワイドショーとか、ネットとかでも「怪人」が話題になっていた。


 首長怪人ヘルキリンだとか、ライオン怪人タテガミバンチョウだとか、目がいっぱい怪人ミエルデビルだとか……


 そんなの信じるほうがバカだと思うけど、毎回、目撃談がいっぱい出てきて、一週間後にはまたべつの怪人の目撃談で盛り上がって、一週間ごとに入れ替わる怪人を、一年間もずっと飽きもしないでみんな楽しんでいた。


「興味がおありですか?」


 とつぜん陣内さんに言われたわたしは、


「あー、まー、興味がなくもない感じです」


 って、国会答弁みたいなあやふやなことを言った。


「怪人、恐ろしいですよね」

「はあ、まあ……」

「この怪人たち、一週間でいなくなってしまうでしょう?」

「はい」

「これね、なんです」


 ヤバイ。ヤバイ人だ。


「あー、そうなんですね」

「そうなんです」

「えーっと、その……つまり陣内さんは、なんですか?」

「そうなんです。この怪人、さっき倒してきました」

「へ、へえ……」


 ヤバイ。ヤバイ人だよ。マジヤバイ。


「一仕事を終えたあと、ここでほうれん草のソテーを食べるのだけが、わたしの楽しみなんです」

「……お疲れ様です」

「いや、これも世界平和のためですから」


 言って笑う陣内さんの顔には、ウソのかけらもなかった。


「が、がんばってください。応援してます」

「ありがとう」


 わたしはなんとか接客スマイルを浮かべて、カウンターにもどった——

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